魔獣のプライド
フレイとベーヌがシルバーウルフを相手にしている間、クシルの目の前には手負いというには傷が浅い二匹と、左目を失った一匹が臨戦態勢を取っていた。
三匹の中でクシルの魔力針を受けた個体が後ろに下がり、残りの二匹が前衛としてクシルに牙と爪を向け飛び掛かってきた。二匹の攻撃は狩りの為に上層に来たグループらしい連携の取れた攻撃で、一匹目の牙を避けても二匹目の爪が待っていた。
練度の高い攻撃は全てを回避する事が出来ず、避けられない攻撃は剣を持っていない左手に小盾のような形状で展開した魔力障壁で防ぎ対応していた。
”剣魔”のスタイルはただ斬るためにある。それは剣で防御を行わない事を意味しており、剣を防がれるのも鍔迫り合いをするのも”斬る”事が出来てないという事なのだ。斬る為に魔力針で牽制を行い魔力障壁で攻撃を防ぐ、虎視眈々と剣が通る瞬間を狙って。
(来る――)
先ほどと同様の連携攻撃が繰り出されるが今度は攻撃終わりに二匹が距離を取った。瞬間地面が揺らぐ。
[シルバーウルフBは”土魔法:ストーンニードル”を唱えた。シルバーウルフBの”ストーンニードル”]
足元に岩でできた針が形成されクシルに向かって突き出された。それは後ろに下がった後衛を務めていた一匹が発動した土魔法だった。
クシルは発動のタイミングに合わせ地面を蹴り宙に浮く事で岩の針を回避。土魔法が効かなかった事でより一層警戒度を上げたシルバーウルフたちは、前衛と後衛をスイッチして、魔法を放った一匹がクシルに飛び掛かる。そして前衛だった二匹が土魔法の発動を始めた。
魔法を使う魔獣は少なくは無いがシルバーウルフにとっての魔法は特別なものだった。シルバーウルフの中で”強者”とは、地面をかける身体能力を持つものでも、鋭い牙を持つものでもなかった。
シルバーウルフの中で最も強き者とは、地面を操る者の事を指していた。
幼い頃から狩りの仕方と同時に土属性魔法を教え込まれ、そして群れの中でより広範囲で土属性の魔法を発動できた者が”強者”となり、群れのリーダとなるのだ。だがそれはあくまでシルバーウルフの群れの中の話。
群れとしては特別でシルバーウルフのプライドといってもいい土魔法だが、並みの魔導士が操る土魔法と比べるとあまりにも発動が遅いのだ。
先ほどの魔法で言えば、土属性への魔力変換、地面に流し込み岩の針を形成する魔力操作、どちらも丁寧に行われていたが、あまりにも丁寧に行われた魔法は時間を犠牲にしていた。その為、魔力の素養があるものであれば発動タイミングも発動場所もバレバレなのだ。
三匹が爪や牙の攻撃だけで連携攻撃を行えばクシルもただではすまない。だが、土魔法を特別視してプライドを持つシルバーウルフたちは戦う際、”土魔法を使わない”という選択肢が無い。距離を取れば、土魔法が放たれ、グループで戦う場合は、後衛の土魔法主体で前衛が敵を引き付ける。
つまりクシルは三匹の相手をする必要が無く後衛が発動するタイミングと発動場所さえつかめば前衛の相手のみでいい。これが初心者や若手ギルド員の訓練相手に丁度いいと言われる所以だ。
スイッチした事で前衛が一匹となり先ほどよりも余裕の出来たクシルはフレイとベーヌ側の動きを確認することができた。
フレイの剣技が決まるもとどめには至らず、反撃の挙動が見えたベーヌがフレイに声をかけていた。
「そろそろみたいだね」
「クシル! 一匹目ッ!」
「了解」
ベーヌの弓術決まりフレイがとどめ刺した事でフレイからの合図が送られる。
クシルは合図を元に前衛に組みつき、身体の位置を入れ替え、その後に蹴り飛ばして距離を置く。クシルと前衛の間に出来た空間、そこに先ほどシルバーウルフが使った土魔法を真似て岩の壁をせり上げる。これで後衛たちと分断を行う事が出来た。
前衛が居なくなった事で後衛にも動きがあった、片目を矢でつぶされたシルバーウルフが魔法発動を中止し後衛を守るように前に立つ。
分断された向こう側からはベーヌの弓の音が聞こえた。あちらはあちらで次の一匹との戦闘が始まったのだろう。
(折角の戦闘だ、何とか斬りたいんだけど……!)
二匹のシルバーウルフに向き直り体制を整えるクシル。魔法に詳しいという事で防衛に専念してグループを引き付ける役をかって出たが、前衛も後衛も一匹、実際に相手をするのは前衛のみ。であれば、何とかして”斬る”感覚を習得して剣聖の技術に近づきたいクシルは徐々に攻撃を増やしていく。
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終わって見れば作戦通り。二匹目を撃破した後は、再度クシルが三匹目と四匹目を分断。フレイとベーヌが三匹目を相手取り、クシルは最後の一匹と戦闘を継続。
魔力消費はあるものの無傷のクシルに対して左目を失ったシルバーウルフ、死角を狙いクシル優性で戦闘は進んでいった。
決着も時間の問題という所で、最期の足掻きと全身全霊でクシルに牙をむくシルバーウルフだったが、クシルは魔力針と魔力障壁を使う事を止め、剣のみに意識を集中して迎え撃つ。
そして、シルバーウルフの口に合わせて剣筋を立て振りぬく。
「おー真っ二つとは派手にやったな!」
「うん。でもまだ剣に力を感じたから断ち斬ったとは言えないね……」
「こっちも終わったわよ。クシル君も大きな傷は無いわね! これで後一匹なら余裕だね」
三匹の各個撃破が終わったフレイとベーヌ、クシルの手助けへと足早に駆け寄ってきたが、クシルも戦闘終了しており、フレイとベーヌは安堵する。周囲の安全を確認し、いくらかダメージを貰ったフレイはベーヌが準備していた回復薬を口にする。
三人は互いに呼吸を整え依頼の内容にある討伐証明であるシルバーウルフの牙と爪、そして討伐された事で体内を循環していた魔力が固まりできたシルバーウルフの魔石、最後に追加の素材として傷が付いていない部分の皮はいでまとめる。
残りの部位は薬学ギルドで制作された魔除けの粉をかけた上で土に埋める。別途ギルドに報告して回収依頼が出るものもあるが、基本的にはそのまま自然に還す事になる。
戦闘そして素材回収と力作業が続き一端、メインの通路から少し外れた行き止まりの空間に向かい休憩をとる事になった。
「クシルは傷らしい傷無いけど全部避けれたの?」
「いや、避けれない箇所は障壁張って受け止めたんだ、だから傷は無いけど攻撃は食らってるね」
「俺も最初は良かったんだけど二匹目、三匹目となると幾つか攻撃もらっちゃったよ」
「そうよ~二匹分は私がとどめさしたんだから! クシル君とフレイ一匹ずつで私の勝ちね!」
「くー! 次は負けないからなー」
午前中に洞窟に入り現在昼過ぎ。少し遅めの昼食を取りながら先ほどまでの戦闘の改善点を確認しあっていた。二匹にとどめをさしたベーヌがゴキゲンに薬草茶で喉の渇きを潤している。
そんな中クシルは発動していた魔力感知と動体感知におそらく上層の獣やシルバーウルフ以外の物を感知した事に気がつく。
先ほどまで自分たちが居た下層から上層への通路からメインの通路を迷いなく走っておりスピード的にも人間である事が伺えた。
「誰か下から上がって来たみたいだよ」
クシルの声に休憩中ではあるが武器を手にするフレイとベーヌはメイン通路近くまで顔を出し様子をうかがう。緊張が走る中魔燐のランタンに照らされたのは装備から見て魔導士ギルド訓練参加者の一人だった。
洞窟に入る際、各種感知魔法と同時に”情報収集”で五名の魔導士ギルド訓練参加者が洞窟内に居た事までは確認していた。流石に戦闘中にログを読む暇はなくバックグラウンドで”情報収集”を行い記録だけ残していたのだが何かあったのだろう、フレイ達の顔を見るや否や慌てた様子で大声を上げた。
「たす……助けてくれ……!」




