薬屋フルノー
”薬屋フルノー”塗り薬、粉薬、そしてなんといっても有名なのは水薬、創業400年を超えた老舗薬屋。創業者が魔女に教えてもらったという秘伝のレシピは瞬く間に世界に浸透し今やスタンダードな薬となった。
特に魔力回復薬は当時の流行り病である魔力枯渇に対する薬として世界各国に流通”フルノーと言えば魔力回復薬”と言われる程だった。
その後も創業者一族に受け継がた秘伝のレシピに沿って魔力回復薬を作り続けていたが魔力枯渇自体が収まった事で生産が縮小、そして秘伝書のレシピも薬学ギルド管理となり知る人が増えていった。
最近になって”基礎魔法”の確立に伴い魔導士ギルドの所属人数が増えた事で魔力回復薬の需要が再燃。フルノーでも生産数を増やそうと対応を進めるが、一度縮小した事業を元に戻すのは大変だったのだろう。
体制が大きく変わったのはベーヌの祖父から父親に代替わりした時期。レシピが公開されたとはいえ需要の少ない水薬を作っている所は少なく価格も高かった訳だが、父親は安価で大量に仕入れてきたのだ。お手頃価格のフルノー製の魔力回復薬は”魔力回復薬と言えばやはりフルノー”という評判を得た程であった。
以上が、ポワンシーの持つ歴史書と、実際にフルノーの店で購入した際のポワンシーの感想、最後にベーヌの行動記録と音声記録の情報をまとめた結果だ。
「座学用に歴史書持ってきててよかったよ」
「ありがとうございます。助かりました。やはり代替わりした際に秘伝のレシピとして受け継いできたものを大量生産できるように調整したんでしょうね」
「今や秘伝のレシピとは言え公開してるものだろうしベーヌちゃんは何に引っかかってるんだろうね?」
ポワンシーに薬屋フルノーの事を教えて欲しいと伝えたクシル。「なになに? お困りごと? まずはお姉さんに詳しく話してみなさい!」と根掘り葉掘り聞かれる事になりベーヌの事を掻い摘んで説明していたのだった。
薬学ギルドで魔力回復薬作る過程を見た後にクシルの技術の出どころについて知りたがっているがなぜ? と。
薬学ギルドで別れた後に、「なぜ?」「どうして?」「絶対……聞きださないと……!」という音声記録が残っていた事に気が付き、午前中も平然を装って機会を伺っていたのだと思うと尚の事はやめに手を打ちたかったのだ。
「できました、何本か作ったのでよかったらまとめてどうぞ」
「わ! ありがとう、とりあえず今一本いただきます!」
ポワンシーと会話をしながら、魔力回復薬を作り続けていたクシル。瓶に詰めポワンシーに渡すとそのうちの一本を豪快に飲み干す。
「うわ……! なにこれ! 全然違うじゃん! フルノーの奴よりも全然魔力戻ってきてる気がするんだけど……こりゃーベーヌちゃんも何か引っかかるんじゃないかな……?」
魔石で作るものと、魔力で作る物とでは流し込む魔力の質が違うのだ効果に影響が出るのは当たり前だ。
「でも彼女もこのレシピは知ってるはずでしょう……?」
「うーん……そうだねぇ……こりゃアレだね!」
「アレとは…?」
「考えすぎても答えが出ないので本人に聞く! 私は魔力も回復した事だしクシル君ももう寝る!」
頼りにならないお姉さんだな……と心の中で嘆くクシル。まぁこれ作ったら寝るつもりだったしと内職道具を片付け始め明日の準備を始める。日付が変わる時間、明日は朝から個人訓練の予定だ。
「とりあえずベーヌが知りたい事はわかったので明日聞いてみますよ」
いつの間にか自分のベットに戻っていたポワンシーに一言声をかけると、パーテーションの向こうからガンバレ少年と振られた手が応えた。
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朝、身だしなみを整え食堂に向かう。模擬戦はお昼からとなっているが、個人訓練は時間が決まっていない。朝早くから準備をしているものは少なく食堂に居る人数もまばらだった。
しかし、習慣というものは場所が変わっても残るもの。
「おはよう、クシル君も朝早いんだね」
「おう……クシル…おは……」
いつもの時間に朝食を取っていたベーヌと、それに付き合わされたのかまだ目の覚めていないフレイが目をつぶりながら朝食を食べていた。
「ベーヌに聞きたいことがあったからね」
「あらクシル君から質問だなんて、何かしら?」
自分の分の朝食を準備してベーヌの前に座るクシル、そもそも研究者タイプで人のあれこれを考えるのが苦手なのだ、クシルは単刀直入にベーヌに声をかける。
「あんまり人に興味を持たれるのも気を使い続けるのも苦手なんだ。こういう事はさっさと終わりにしておきたくて。なぜベーヌは僕の魔力回復薬の作り方について知りたいの?」
驚きが顔に出るベーヌ、それを横から見ていたフレイが口を挟む。
「ほら見た事か、クシルは正面からぶつかった方がはやいっていったろ? 回りくどい聞き方で何が知りたいかわかんないのに、顔に出すぎで聞かれている側が困るんだよな」
「うっ、うるさいわね! しょうがないじゃない、正面からぶつかっても応えてもらえないかもしれないじゃない…! それとなく聞きだしたかったのよ……」
魔船でも居眠りしながら耳はベーヌとクシルの話を聞いていたようで、よっぽどフレイの方がクシルの事をわかっているようだった。クシルが回りくどいのが嫌いなように、ベーヌは真正面が嫌いなのだが痛い所をフレイに突かれベーヌはもじもじと指をいじる。
「あなたの魔力回復薬の作り方を教えて欲しいの……だからあなたの師匠にお会いしたいの」
「は……? ベーヌのお家は魔力回復薬のパイオニアでしょう? レシピも知ってるはずなのになぜ……?」
「知っていたのね……えぇレシピも知ってるしその通りであれば私も作れる。でも祖父が作った魔力回復薬と何かが違うのよ。そして薬学ギルドで見たあなたの魔力回復薬あれが祖父が作ったものに一番近かったの」
「いや……僕はそのレシピ見た事ないから何が違うとか答えられな……」
「だから、あなたのお師匠にお会いして作り方を学びたいのよ!」
回りくどく質問していたのを止めた事でヒートアップしていくベーヌ。クシルの質問にかぶせるように言葉が出てくる。
「お父様は薬学よりも経営に力を入れていて祖父の作り方なんて気にもしていなかったわ。 あろうことか魔石を使って大量生産に乗り出して……! 私は違うの、祖父の様な……いえご先祖様の様な薬学も経営も力を入れたお店にしたいの!!」
「だから、あなたの魔力回復薬の作り方をぜひ手に入れておきたいの! そうだ! 今のうちにクシル君を従業員に迎えるのはどうかしら? 師匠もうちの店で働く気は無い? いや……もうこの際……」
ヒートアップが過ぎて暴走を始めるベーヌ。フレイは「いつもの事だから」とまだ眠そうにしていた。
あぁ……記録をさらって適当に話を合わせるつもりだったがそもそも制御できない暴走特急に合わせる話はなかったのか……と天を仰ぐクシル。
「クシル君、私を弟子にしない?」
「いやです!」
呆れた顔のクシルは止まっていた箸を動かし、「私を弟子するとこんな特典があるわよ」という項目を耳にしながら朝食を食べ始めるのであった。
ベーヌとポワンシーについてを少し書きたかったのですが、少しどころじゃありませんでした。
本筋に戻って、次回は基礎訓練の続きのお話しになります。
そして20話…!




