昨日までの日常
無事に戦闘ギルドもすべて廻り日が沈み始めた頃、クシルは来た時と同じように隠密魔法を使って人目を避け転移魔法を使用する。向かった先は”賢者の塔”。
塔の前のゴーレムは素通りできたが、午前中と同様にして塔の中の仕掛けを解除しつつ塔の最上階へと向かう。
「ただいま」
「……おかえりなさい……?」
「夕飯前なのに…太るぞ……?」
怪訝な顔でクシルを出迎えたのは、夕飯前だというのに取り寄せで購入したお菓子を口に放り込むエリだった。
入り口のゴーレムと今朝の爆炎事件で塔への訪問者が減り、自分の時間が出来たエリはここの所まとまった時間がなくできていなかった実験や研究を進め、丁度一息ついた所にクシルが現れたのだ。
「やっと休憩中なんです!! 夕飯は別腹!! というか……そうじゃなくて師匠ここに戻ってくる気なんですか!?」
「師匠じゃないぞ弟子だ弟子、弟子なんだからいいだろ別に部屋余ってんだろ」
「問題アリアリですよ!! 弟子……? には自分の家があるでしょ!! ちゃんとご両親に説明しましたか? してないですよね!? なにも言わずに出かけたの情報収集で確認しましたからね?」
大賢者時代300歳に対して、クシル6年ともなると感覚も狂ってきているようで今朝飛び出してきた家も両親の事も記憶の片隅に追いやられていた。
「そういえば……そうだな……」
「私嫌ですよ? 今の大賢者は若い子を連れ去って弟子にしたとか言われるの! 今でさえ散々な言われようなのに! ともかくここを拠点にするにしてもご両親の了解をちゃんと得てください!」
「それは……出来るかな……」
その時クシルはハッとする。なぜ出来ないと思ったのか、なぜ胸がモヤモヤするのか。その感覚は長い間感じた事のない感覚であった。
「え……弟子ショーは両親が怖いんです……? 怖いものなんてないと思ってたのに!!! でもダメですからね? 私は手を貸しませーん」
その感覚をエリに言葉にしてもらい納得した。それは弟子ショーなんてものじゃなく本当に大賢者の弟子だった前世の時代に感じた事のある感覚だったのだ。
クスクスといつものお返しだと言わんばかりのにこやかな顔を見せるエリに”弟子ショー”なる新しい呼び方に対してゲンコツで応えるクシル。
「暴力反対ですよ!! ほんっとーに弟子ショーはもっと6歳だって自覚持たないとだめです……私の仮説では、前世の記憶が封印されたいただけで魂は弟子ショーのまま、昨日までのクシル君も弟子ショーのかわいい一面だったわけじゃないですか、言葉遣いとかもちゃんとしてたのに……!」
「ええい、弟子ショーなんて呼ぶなクシルでいいだろ……! わかったわかった今朝目が覚めたばっかで行動しすぎたとは思う。ちゃんとこの6年を振り返るよ、師匠」
「ヤメテ……師匠なんて呼ばないで! エリでいいですから! 魔導士ギルドの基礎訓練辞退についてもサインしてもらったご両親にちゃーんと説明してくださいね!」
と、弟子と師匠の新たな関係性を築きながらエリに言われたように6歳までの記憶を顧みる事にした。
ご丁寧に魔科学ギルドで基礎訓練を辞退する方法を聞いていた事を情報収集で確認していたようで釘を刺される始末。
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まずは朝から何一つ声をかける事なく飛び出して夕方まで戻っていない生家へ帰る為に一番近いアンカーポイントへと移動する事にした。
生家から一番近いアンカーポイントの洞窟に転移したクシルは、洞窟のあった山の麓まで来た所で飛翔魔法を使って木々を超え生家周辺へと向かう。
こんな時間に山越えをするような人間もおらず人の居ない道を進んでいくと見た事のある林道を見つける。
その道は、木こりであり父親であるモンマンと良く散歩する道だった。整備され歩きやすくなった道に降りそこからは徒歩で家へと向かう。
辺りを確認しながら進んでいくと、ところどころの木が伐採されておりそのうちの何本かは風魔法や水魔法で切ったような切り口であった。たまに、失敗したのであろう抉れた土地や焦げ付いた木々を見つけた。
(そう……ここは僕の修練場だったな)
父は森林ギルドに所属しており、ギルド管理の林で植林、伐採など林業を生業としていた。そしてその父の仕事時間がクシルの魔法の練習時間だった。
父の知り合いの行商に見せてもらった魔導書がクシルとしての初めての魔法体験だった。魔導書に載っている魔力の扱い方を一目見ただけで理解し実際に行使した事で両親も行商も度肝を抜いたものだ。
その魔導書が”基礎魔法”の指南書でありそれをまとめたのが記憶はなくてもクシル自身なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
結局死んでも治らない知識欲は近くの街の魔導書を読み漁り、父か母が近くに居る状況じゃないと魔法の練習の許しを得る事が出来ず、しぶしぶ父の仕事場で魔法の練習をそれこそ毎日行っていたのだ。
そんな昨日までの自分の記憶を少しずつ思い出しながら家へと向かうクシル。
「ただいま」
「あらおかえりなさい。またこんな時間まで一人で魔法の練習でもしてたの? 一言声かけてくれればお弁当でも持たせたのにお腹空いてるでしょ?」
出迎えはいつも通り母親のミリーが夕飯の支度をしながら答えてくれた。今日は朝に仕込んでいたトマトペーストを使った煮込み料理のようだ。ついこの間までは父の仕事についていく事で魔法の練習の許可が必要だったが、今や魔導士ギルドの基礎訓練に向かう身となり1人での練習も許可されていたのだ。
「ほらお父さんを呼んできて」
父モンマンはというと仕事場に籠り木工細工に取り組んでいた。細工師ギルドへの納品物だ。こうして林業と木工細工を仕事とし日々を過ごす両親。トンビが鷹を産むがごとく魔法の才に恵まれたクシルは街の人間から見たら異質ではあった。
「父さんごはんだよ」
昨日まで過ごしていた毎日に戻る事で大賢者としての意識よりクシルとしての意識が勝ったのか、それとも習慣ずいていたのか無意識に口調が戻っていく。
「あぁ……」
外も暗くなり、物静かな父がそろった所で家族3人夕飯を囲む。1人で3人分よくしゃべる母に寡黙な父が時折相槌を打ちいつも通りの時間が流れる。昨日までと違う事と言えば食後に行われた家族会議だ。
「あの……父さん母さん。僕、魔導士ギルドの基礎訓練を辞退したいんだ。」




