第七話目 タケシ、配達す〜小分け電話編〜
「タケシ先生〜っ。たーけばやしさんが戻ってきーまーしーたーよ〜〜ぉ♪」
では、前回からの続きです。
初めて、在庫してない薬と遭遇した新人薬剤師のタケシくんです。さて、この難関をくぐり抜けて、薬剤師としてちょっとは成長するか!?
「今いきます! 竹林さ〜ん」
呼ばれて立ち上がった患者さんがギロリとタケシを睨んできた。なんだか目が据わってる気がするのは気のせいだろうか…。
(そういや精神病の薬だったもんな)
忘れている方もいるかもしれないが、この竹林さん、抗精神病薬を処方されているのだ。
気をひきしめて、タケシは話しかけた。
「すいません、このルーランっていう薬なんですけど…」
「……何よ。悪い?」
「いえ、全然悪くないですごめんなさい…」
ぎろりと睨まれて、思わず反射的に謝ってしまったタケシだが、ここで負けちゃいけない、とばかりに、
「実はですね、この薬がうちの薬局に置いてなくてですね」
「置いてない!? どうして!?」
「どどどどどどどうしてと言われましても…」
責められるように言われ、いきなり窮地に追い込まれるタケシ。ちょっと初めてにしてはハードルが高すぎた感がある。
「ごめんなさいね。うちの薬局では取り扱ってない薬になるんです」
救いの救世主、二歳年下のセンパイがやってきて、さらりと言葉をすべりこませる。
「そう? どうすればいいの?」
なんだか腑に落ちないというような顔をしつつも、とりあえずは取り合う気になってきたようだ。場の温度がちょっと上がってきたので、タケシはほっとした。
「お取り寄せという形になってしまうんですけど、よろしいですか?」
「取り寄せ? どれくらいかかるの?」
「今手配しますので、ちょっと待っていただけますか?」
「早くしてよね。まったく」
はい、と返事をした二歳年下のセンパイ、調剤室に戻っていったのでタケシも慌てて後を追う。なんともスムーズなやりとりに、タケシは見入ってしまっていた。
「いやぁ、さすがですねぇ」
ぺし、っとハリセンが飛んでくる。
「ほめてる場合じゃないの。タケシくんもちゃんとできるようにならないと駄目でしょ」
「いきなりは無理ですよぅ。それに、もちょっとラクそうな相手から始めないと」
「相手がどんな人かなんてわからないんだから、よりごのみしちゃ駄目。いい? さ、今度は小分けのお願いの電話よ」
「小分けのお願い?」
「そう。近隣の薬局に電話をかけて、ルーランを在庫してたら小分けお願いします、って言うの。じゃ、れっつとらーい!」
一軒目
「すみません、○区にあります、調剤薬局病気にばんの薬剤師のタケシと申しますが…」
「間に合ってます」
ぷつん、ぷーっぷーっぷーっ。
「駄目でした…」
「番号間違えたんでしょ? ほんとに基本に忠実ねぇ」
二軒目
「すみません、○区にあります、調剤薬局病気にばんの薬剤師のタケシと申しますが…」
「お世話になっております」
「お世話になっております。もしお薬在庫あれば小分けお願いしたいんですけどよろしいでしょうか」
「はい。なんでしょう」
「ルーランなんですけど」
「ウーレン?」
「ルーランです」
「ローレン?」
「ルーラン!」
「ローロン?」
「ルーラン!」
「ルーレン?」
「惜しいっ! ルーラン!」
「オシイロレン?」
「どうしてそうなるんですかっ! ルーランです!」
「デウシリロソウラウンデスクルーラン?」
「ある意味惜しいけどほんとにそんな名前の薬があると思ってるんですかぁ!? ルーランですってば!」
「ルーランですね」
「やればできるじゃないですか」
「ありません」
「………」
ガチャ。
「滑舌悪いんじゃないの?」
「相手の耳が悪いんです!」
三軒目
「すみません、○区にあります、調剤薬局病気にばんの薬剤師のタケシと申しますが…」
「お世話になっております」
「お世話になっております。もしお薬在庫あれば小分けお願いしたいんですけどよろしいでしょうか」
「なんでしょう」
「ルーランなんですけど」
「ルーランですか。どこの処方箋ですか?」
「S医院です」
「患者さんの名前は?」
「…? 竹林フサコさんです」
「年は?」
「…えっと…、36歳です」
「性別は?」
「女性です…」
「結婚してますか?」
「いや…知らないです」
「知らないんですか?」
「…え? は…はい」
「チッ」
「チッ、ってなんですかチッて! それにそんなことはどうでもいいじゃないですか!」
「なんていう薬でしたっけ?」
「ルーランです!!!」
「ないですねぇ」
「はじめから言ってください!」
四軒目
「すみません、○区にあります、調剤薬局病気にばんの薬剤師のタケシと申しますが…」
「お世話になっております」
「お世話になっております。もしお薬在庫あれば小分けお願いしたいんですけどよろしいでしょうか」
「なんでしょう」
「ルーランなんですけど」
「ルーランといえば、5HT2/D2拮抗作用があり、セロトニンIA受容体に働く為、抗不安作用もあり、錐体外路系副作用がいくぶん弱い薬ですね」
「……もしかしてバイト君ですか?」
「バイト? 私は正社員ですが」
女だった。
「い…いえ、デジャブです」
「デジャブを小分けですか?」
「できるんですか!? ルーランです」
「デジャブならあったのに…。ピチピチのが…」
「デジャブはアダルトビデオですか!! っていうかあるんですか!? いらないですよ! ルーランはないんですか?」
「ルーランなんてないわよ」
ガチャン!
五軒目……。
「っていうかセンパイ、ほんとにまだやるんですか? 他に方法はないんですか? …ってお菓子食べてないでこっち見ててくださいよ!」
「あら。ごめんごめん。ヒマでお腹すいちゃって。だって、もうお昼の時間だもーん」
「僕だってお腹すいてますよ…。それより、ほんとにいつまでやってればいいんですか? もうどこの薬局にもない気がしてきました…」
「結構諦め早いわね」
「早いんですかっ!?」
「なんか面白いから、市内の薬局全部にかけてもらおうと思ったのに」
「区内じゃなくて市内なんですか!? どうやってとりに行けって言うんですか!!」
「うーん? おろしさんよ」
「…へ?」
「遠かったら、卸さんに頼めば車で持って来てくれるから大丈夫ってことよ」
「ええっ! 初めて聞きましたよ。そしたら、ここの病院の門前薬局(近くにある薬局のこと)にかければいいんじゃないんですか?」
「あら。タケシくん、なかなか鋭いじゃないの。そうね。門前ならきっと置いてるわね」
「早く言ってくださいよぅ…」
というわけで、無事に門前の薬局に連絡がとれて、ルーラン小分けに成功。卸さんにもお願いして薬を持ってきてもらえることになった。よかったね。タケシくん。
「遅くなってすみません。お薬、手配つきました」
「遅いじゃないの!!!」
「……ごもっともです…。いろいろ事情がありまして…。それより、薬、あと一時間ほどで入るんですけど、とりに来て……」
「わざわざとりに来いっていうの?」
「いいいいいいいえ。お届けにあがりますね…。ご自宅どこでしょうか?」
「T区のS町2−3よ」
「わかりました。今日中にお届けにあがりますので」
「早くしてよね」
と言って竹林さんは去っていった。
「じゃ、タケシくん、あとは薬が来たら、お届けに行くだけね。頑張ってね」
「やっぱり僕が行くんですか〜?」
「当たり前でしょ。他に誰が行くの。特別に勤務時間内に行っていいからね♪」
はぁぁ…、と深く息をつくタケシであった。つづく♪