第六話目 タケシ、配達す〜シナリオ編〜
「そこを曲がって、ここを右に行って…。んで、公園を左に…。公園…。公園…? 公園ってどこだ? っていうか、ここ…どこだ…?」
ケータイを右手に、左手には薬を持って。道に迷ったタケシは途方にくれてしまった。
はじめから説明しよう。
事の発端は、一人の患者さんが在庫してない薬の処方箋を持ってきたことだった。
「薬剤師さーん。この薬、ありますかー?」
事務さんが処方箋を持って、調剤室に入ってきた。
普通なら、処方箋を患者さんから受け取って、すぐに事務さんが入力。そしてその間に調剤して、入力が終わった頃に調剤もちょうど終わり、監査して投薬、という流れになる。
しかし、薬局に在庫してない薬が処方された場合は(事務さんは在庫してある薬をほぼ把握してなくてはならないという条件付きだが)、入力する前に調剤室に処方箋が持ち込まれるのだ。
「ないですね」
「ないね。この薬」
処方箋を持って、二歳年下のセンパイと薬局長が顔を見合わせる。
ちょうど粉の調剤が終わったタケシが、次の処方箋の調剤をやろうと思ったところで、呼び止められる。
「タケシくん。タケシくんもここに入って約一週間たつから、そろそろ在庫してない薬が来た時の対処法を覚えたほうがいいと思うの」
きりっと二歳年下のセンパイが言ってきた。薬局長は例によって何も教える気はないらしく、再びパソコンに向かってしまった。
「えっ。在庫してない薬なんてあるんですか?」
タケシは驚いた。何を隠そう、この「調剤薬局病気にばん」は、薬の在庫数にかけては市内でも有数の薬局なのだ。タケシが入社してきてから、どこの病院の処方箋がきても「薬がない」という事態にはなったことがない。
「そうよ。薬なんてね、星の数ほどあるんだから」
「はぁ。で、何がないんですか?」
「この、ルーランっていう薬よ」
「ルーランってなんの薬ですか?」
「ばかもの」
ぺし、っとハリセンで叩かれた。
「自分で調べなさい」
説明しよう。ルーランというのは主に精神科で使われる薬で、抗精神病薬だ。
「調べた? じゃあね、患者さんに言ってくるのよ。この薬はありません、って」
「なかったらどうするんですか?」
「まぁだいたいは小分けで対応できるわね」
「小分け…ですか?」
「近くの薬局を何軒かあたってみて、ルーランを置いてある所を探すの。んで、見つかったら、そこまでてくてく歩いて買いに行くのよ」
「はぁ…。めんどくさそうですね…」
そこで二歳年下のセンパイはにやりとする。
「もっとめんどくさいこと教えてあげる。患者さんとの話し合いの結果、後日とりにきてくれるんならいいけど、来ない、って言ったら届けに行くのよ」
「ええっ、届けにって薬をですか?」
「そうよ」
「郵送じゃ駄目なんですか?」
「まぁそれでもいいこともあるけど、郵送だと日にちがかかるでしょ。だから、今日中に薬を飲みたいって場合は、お届けにあがるの。ま、交渉次第ね、がんばって〜」
ぽん、と背中を押される。
「ちょちょちょちょっと待ってくださいよ。ちょっと考えてから行かせてくださいよ」
「考えるって何を?」
「せりふです。初めての投薬の時みたいな失態は犯したくないですからね。今度はしっかりと案を練っていきたいんです!」
言うと、タケシは椅子に座ってレポート用紙になにやら書きはじめた。そういえば、タケシは凝るタイプなんでした。
「ええっと、前略、竹林さま。今回は不足のお薬が……」
「こら」
ペシ、っとまたハリセン。
「あ、そうか。拝啓のほうがいいかな」
「そうじゃない。手紙じゃないでしょ。シナリオじゃないの?」
「あ、そうか。シナリオ、シナリオ、と。
オレ:実は薬がないんです。手配しますので、後日、とりにきてくれますか?
竹林:そう? わかったわ。わざわざ手配してくれるなんて、なんて優しい方なのかしら!
オレ:ふっふっふ。医療従事者として、これくらい当然のことです。
竹林:ああっ。シビレる! 医療従事者としてじゃない、あなたがかっこいいわ!
オレ:オレに惚れちゃ」
「ちょっと待てい」
ペシっ。そろそろ叩かれるのが快感になってくるころかもしれないなぁ、と思いつつ。
「何その三流なシナリオは。バカバカしくてつい見入っちゃったけど、面白くないので却下ね」
「つっこみどころはそこじゃないだろう」
珍しく薬局長が参入してきた。
「そういうシナリオを書けと言ってるわけじゃないのだよ。ぼくが書いてあげよう」
さらさら、っと薬局長が文字を書く。
「薬局長…。薬局長って…。字、可愛いですね」
薬局長はものすっごい乙女ちっくな丸文字だった。
ほどなくしてシナリオは書き上がった。
「…、っと。こんなもんだろう。タケシくん。行きなさい。患者さんが待ってるぞ」
「はいっ!」
完璧なシナリオを手に、タケシは待合室に向かって声をはりあげた。
「竹林さ〜ん」
しーん。
誰もいなかった。呼びかけた時に誰もいなかった時ほど虚しく恥ずかしい事はないものだ。これは経験したことのある方ならおわかりだろう。
「あ…あれっ?」
「タケシ先生っ。竹林さんは〜っ。トイレに行きました〜〜よ♪」
くるくると回りながら言ってきたのは、舞台女優も兼ねてる事務主任さんだ。
「あ、……そ…そうですか…」
せっかく書いたシナリオを手に、トボトボと調剤室に戻るタケシでした。
(でていったなら一言言ってください事務さん…)
というわけで、タケシはなんとなくせつない気分になりつつ、次回へ続きます。
っていうか、一般的にはこんなに患者さんを待たせる事はないです。あくまでこれはフィクションですからね?
というか、まだ冒頭に話が戻るまではかなりかかりそうです! 構成間違えた気もすると思いつつ!