第四話目 タケシ、勉強す
「ねえお兄ちゃん。これ、なんの薬?」
ここはタケシの家である。妹がなにやら薬箱をいじっている。
「……ちょっと待ってろ。今調べる」
薬剤師にとってバイブルともいえる本、「今日の治療薬」を取り出して妹のために薬を調べようとすると、
「わかんないの? 使えないなぁ」
「うるせ。新人薬剤師なんてこんなもんだ」
「膀胱炎になったかもしれないんだよね。なんの薬飲めばいいの?」
「……ちょっと待ってろ。今調べる」
パソコンの電源を入れた。今はインターネットという便利なものがあるのだ。
「……ほんとに使えないなぁ」
「頭が痛かったら痛み止め飲めよ」
「そんなの小学生でも知ってるわよ」
「ナロンエースには二種類の痛み止めが配合されてるんだぞ」
「そんな知識どうでもいい……」
「メチルケトンは水酸化ナトリウムとヨウ素試液を加えるとヨードホルムとカルボン酸……」
「うるさい!!! 今膀胱炎について調べてるんだから黙ってよ!!」
「ヨードホルム反応をなめんなよ」
妹はインターネットで膀胱炎について調べはじめた。薬について何も知らない薬剤師に何か聞く事を諦めたらしい。
「へぇ。膀胱炎って抗生剤飲めば治るんだぁ」
「ほう。そうなのか」
「ねえ、お兄ちゃん、薬局から抗生剤もらってきてよ」
「もらってこれるか」
「もらってこれないの? こないだ痛み止めもらってきてたじゃない」
「あれは期限が切れたヤツだ」
「えっ、飲んじゃった……」
「騙されたみたいに言うな。期限が切れても充分大丈夫だ」
「お腹壊したらどうしよう……」
「大丈夫。壊さない。でも壊したら病院行け」
「お医者さんになんて言えばいいのよ!」
「そこの内科は炎症反応しか見ないから大丈夫。きっと、風邪でしょう、って言って薬くれるぞ」
「……なんか私、世の中の薬剤師とお医者さん両方を信じられなくなったかも…」
インターネットをやめて、今度は悩み始めた。
「だいたい、膀胱炎なんて水でも飲んでりゃいいんじゃないのか? 薬なんて飲まなくても大丈夫」
「薬のことも知らない薬剤師さんの言うことなんて信用できないなぁ」
タケシのプライドは傷ついた。
「よぉっし! 調べてやろうじゃないか! 打倒! 膀胱炎!」
タケシは奮起した。
「あ、もう寝ようっと」
その夜、タケシは膀胱炎について調べまくった。インターネット、家庭の医学、病理の教科書、ありとあらゆる使えるものを使って調べた。こんなに勉強したのは国試の時と卒試(卒業試験)の時以来だった。
「ふむふむ。排尿障害の薬も使うんだな。菌を殺すために抗生剤、と」
その他、痛みが強い時には痛み止めが使われる。また抗コリン薬というのが膀胱の収縮を抑える為に使われる事もある。細菌が原因の膀胱炎とそうでない膀胱炎があり、細菌が原因でないときには抗生剤は効かないので注意が必要である。また抗生剤は下痢になることもあるので、整腸剤が一緒に処方されることが多い。あとは、水分をしっかりとって、休息することも重要である。以上、膀胱炎についてのマメ知識です。何かの役に立ててくださいね♪
「ほう。膀胱炎の薬は市販されてるのもあるのか」
結局、タケシは徹夜をして膀胱炎の作用機序とか膀胱についてなども調べた。作者も知らなかったが、結構凝るタイプだったらしい。
「おお! もう膀胱炎についてはマスターしたぞ! 神になったぞ!!! なんでも聞いてくれ!!」
「朝っぱらからうざいなぁ。朝ご飯がまずくなるじゃない」
妹はトーストを囓りながら、言った。
徹夜をしてタケシは気づいたが、妹は夜中に何度もトイレに行った。やはり膀胱炎の疑いがある。
ふむふむ、とタケシは自分の考えに満足し、適切な対処法についてのアドバイスをするべく口を開いた。
「――ぼう」
「そうだ。お兄ちゃん、今日病院いってくるから。夕飯、自分でなんとかしてね」
「……え?」
「やっぱ病気になったら病院よね〜」
そしてその夜、何か薬が処方されたらアドバイスをしてあげようとカップラーメンを食べながら昨夜の復習をしていたが、結局妹は膀胱炎ではなかったらしいので何の役にも立たなかった。
体調が悪くなったら病院へ行きましょう。