第二話目 タケシ、監査す
「子供用の粉薬の量は、体重で決まるのよ」
二歳年下のセンパイが言った。背が小さくて胸も小さくて可愛らしい。そして更に可愛らしい声でいろんな事を教えてくれる。本来なら薬局長が教えてくれるべき事までなんでも教えてくれる。
なんで薬局長に教わらないのかというと、
「オレの背中を見て学べ!」
という薬局長だったからだ。
当然、薬局長は背中に口があるような妖怪じゃなければ、背中が投薬するわけでも調剤するわけでもなんでもないから、背中からじゃ何も学べない。教えるのが面倒なだけなのよ、と二歳年下のセンパイは、こんなことまで教えてくれた。
ともかく、子供用の粉薬の量は体重で決まるらしかった。
それはなんとなく納得できる。
「わかりました!」
粉薬の極意を学ぶと、タケシは精力的に粉薬にあたった。ちなみに、それを年齢から割り出した平均体重と見比べてその量が間違いないかをチェックするようだ(平均体重は表にして貼ってある)。こういうのを監査する、というらしい。
「2kg!」
「19kg!」
「14.6kg!」
「13.3kg!」
粉薬の処方がくると、早く調剤できるように処方箋のコピーがまわってくるのだが、タケシは計算しまくって(薬の本に公式が書いてある)、監査してコピーに書いた。
書いた。
書いた。
「あれ? これ、変じゃないか?」
処方箋を見ると、どうやら3歳の子供らしいのだが、体重が20kgの計算になる(通常15kg)。
「こっ…これはっ…」
『疑義照会』
という言葉がひらめいた。
薬剤師の大事な仕事の一つだ。
処方箋に疑わしい点があったら、医者に確認しなければいけないという決まりがある。
アコガレの疑義照会である。これをやったら薬剤師として一人前だという台詞をどこかで聞いた事がある。
「すいません、薬局ですけ……」
ぶつっ。電話が切られた。いや、薬局長が切ったのだ。
「タケシくん。何をしようとした?」
「い…いや、疑義照会ですけど…」
「なんの疑義照会?」
「この粉薬なんですけど、量が疑わしいので…」
「タケシくん、よく患者さんを見なさい」
「え?」
待合室を見る。待っている子供は……。
「あっ」
肥満児だった。
「なるほど」
「タケシくん、世の中にはいろんな人がいるものなのだ。処方箋から患者さんを視るのも薬剤師の大切な仕事だよ」
「わかりました!」
薬局に勤めて一週間たつが、初めてタケシは薬局長から教わった。しかも、薬剤師にとってとても大切な事を。
さすが薬局長だった。タケシは薬局長を尊敬した。こういう大切なことを教えてこそ薬局長なのだろうか!
それ以降タケシは、6歳で13kg(通常21kg)の量を見ては、
「これは…栄養失調児か!?」
と思い、3歳で27gの量を見ては、
「メタボの子供か!?」
と思った。
この調子でいけば、粉も極められる気がした。
「うおおおおおおおおおおお」
「タケシくん」
「は、はい?」
「これ、量おかしいよね?」
「え? 3歳で27kgですか? メタボじゃないですか?」
パコンっ!
ハリセンで叩かれた。
「3歳でメタボなわけないでしょ。ちゃんと監査しなさい。疑義照会よ! え? 薬局長に聞いた? 処方箋から患者を視る? 何言ってるのよ。処方箋からなんてわかるわけないでしょ。受付から待合室にいる患者さんを見るのよ。まったく。ほんとに薬局長ったらロクなこと教えないんだから。ちょっと薬局長! 変なこと吹き込まないでくださーい!」
(……変なこと吹き込まれた)
粉を極めるにはまだまだ道のりは遠かった。
っていうか薬局長のばかぁ…(タケシ、心の叫び)