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第十七話目 タケシ、救命す? ~え……人が死んだ?編~

(ヒマだ……)

 タケシがベッドの上で最終的に下した結論は、このようなものだった。


 今日は薬局の仕事が休みの日である。タケシの働いている先の薬局は基本的に年中無休で土日も営業しているため、シフト制の勤務だ。休みも、4週8休は守られているものの、6日連続勤務のあとで1日しか休まずにまた連続勤務があったり、そうかと思えば1日出勤後1日休みが三回くらい繰り返されたりとかなり変則的だ。


 今までは、タケシはまだ新人ということもあって普通に土日が休みで平日が出勤になっていたが、今年で無事に二年目を迎えるにあたって他の薬剤師と同じように変則的なシフトに組み込まれる事になった。


 そして今日は初めての平日休みだった。しかも三日間の休みである。


 朝はいつも通りの時間に乾布摩擦とランニングを行った。前まではウオーキングだったが、やはり男は走らねば! という志の元に最近は走るようにしている。そしていつも同じ時間に走ってるおじいさんに挨拶がてらに「今日は休みなんです~!」と告げ、「なんだい、もうリストラされたのか」と誤解を受けたので誤解を解くためにいつもよりもたくさんのカロリーを消費した。


 で、帰宅し、……することが何もないことに気づいたのだ。ピアノの練習をしてみたが、なんだか気分がノらない。最近は猫踏んじゃったを卒業し、「昔習ったクラッシックの曲をもう一度練習してみるブーム」が到来したが、昔は弾けた曲がうまく弾けないというストレスは思った以上に精神を蝕む。というか普通にイライラする。

 なので最近はピアノにもあまり触れていない。

 やる事がない。


 平日なので、普通に就職している友達はみんな出勤の日だ。


「ヒマだ……」

 大事なことなので2回言ってみたが、口に出して言ったら言葉が宙に浮かんで、誰の耳にも入らずにすぐに弾けて消えた。


 一層空しさが増した。


「タケシー!!!!」

 階下から母の声がしたので、仕方なくベッドから身を起こして部屋を出、階段の下のリビングまで行った。

「なんだよ」

「あんた昼間っからゴロゴロしてないで!! ヒマなんだったらさ、図書館行ってきてよ」

「図書館??」

「返さなきゃいけない本があるんだけど、ちょっと今から急いで出かけないといけないのよ。図書館に寄れれば行くんだけど、逆方向だから。あんたヒマなんでしょ? ちょっと運動がてらいってきてよ」

 と数冊の本をタケシに押しつけてバタバタと家を出てしまった。

 運動は朝やったのだが、否とも応とも言う権利はないらしいと諦めて、自分の部屋に行き、部屋着から普段着に着替えて家を出た。


 外に出たら、天気はさっきランニングしてた時よりもよくなっていて、青い絵の具を薄めて散らしたような青空に、何もしなくてもじんわりと汗をかくほどの日差し。


 ま、いっか。とチャリの荷台に本を積んで走り出した。風を切って走ると、意外に気持ち良くてテンションも上がってきた。


 図書館は自転車で10分ほど。最後の方は少し坂になっているが、自転車で勢いをつけて走るとまったく苦にならない。

 駐輪所に自転車を止めて、図書館に入る。


 図書館の自動ドアを抜けたら、そこは異空間だった。


 図書館というものを少し舐めていた。

 外にいる時は、なんだかんだ人の声や何かの音が絶えず耳に入ってくる。雑音は、空間の拡がりを感じて心地よかった。どこまでも遠くへ行ける気がする。


 図書館の中は、まず、ほぼ無音だ。


 無音というのはちょっと苦手だった。閉塞感を感じてしまう。別にトラウマなどはないが、タケシは自分のDNAにそういうのを拒絶するものが入ってるのだと思う。本能的な嫌悪感がざらりと全身を舐める。

 たまに聞こえる本の音や、トーンを低めた話し声。

 すべてにおいて、こそっとしてる感じがほんとに苦手だった。


 小さい頃から図書館は苦手なはずだったのに、行かないでいるうちにすっかりと忘れていたのだ。


 仕方ないので、本を受け付けのおねーちゃんに返し、さっさと出ようと心に決めた。冷房が利いていて涼しいということだけは嬉しいことだったが、それ以外がサイアクだった。


 だが、問題発生。


 受付にねーちゃんがいなかった。

 これは、年増のおばちゃんならいるとかいうそういうことじゃなく、誰もいなかった。

 誰もいないなんてことがありえるのか?

 はなはだ疑問だったが、ここに本を置いてさっさと出てしまってもいいものか、図書館経験値がほぼゼロのタケシには分からなかった。


 レジの所に人がいなかったらとりあえず店内を探すタケシだったので、ここでもその流儀に則って館内を探した。

 こんな所でいつまでもうろちょろしてたくはなかったが、仕方ない。それらしき人を探して本の棚を早足ですり抜けていく。


「さっちゃん!?」


 ずっと後から考えると、最初に聞こえた声はたぶんこうだったような気がした。

 その時は、何か声がして、その後でざわざわと図書館には似つかわしくない音量の声が館内に拡がったところでタケシが異変に気づいた。


 野次馬根性丸出しで、タケシは声のする方向へと向かった。


「おい、救急車とか呼ばなくていいのか?」

「呼んだのか?」

「何が起きてるの?」

「誰か倒れてるみたい」


「さっちゃん!! しっかりして!!」


 野次馬仲間の声と、さっちゃんの(推定)友達の声で起こった事のだいたいの想像はついた。

 そうなったら、そのさっちゃんとやらがどのような状態になってるのかを確認してみたくなるのが、医療従事者のクセだった。


 この行動が一番良くなかった事に気づいたのは、かなり後になってからのことだったが。


 こそこそっと野次馬の間をすり抜けて、というか強引に前の方に出たりもして、タケシは最前列に並んだ。


 さっちゃんらしき人がほんとに倒れていた。


 医療従事者といっても、タケシは薬を渡すだけなので、ほんとのほんとに病人が目の前で発生するのを見るのは初めてだった。


 図書館の人らしき人が、さっちゃんとその友達2名の近くにいて、電話をかけていた。おそらく救急車を呼ぶのだろう。さっちゃんは、まったく意識を失っているようだった。椅子が乱れているところをみると、意識を失って椅子から落ちたのか。


「あ…あ……あの……しょ……しょうぼ……じゃな……」

 図書館員はまったく駄目だった。

 完全にテンパっていて、おそらく、「消防ですか?救急ですか?」の質問に答えられていないのだろう。


 ずっと同じようなどもった声を出し続けていたし、さっちゃんのお友達2名はさっちゃんを目の前にして泣いてるだけなので、このままではどうにもならない。倒れた理由によっては、一刻も早く救急隊員に来て欲しいのに。


「ええい!!」

 声で自分に勢いをつけて、タケシは野次馬の中から抜け出してまっしぐらにケータイに向かって突進した。

 タケシのいきなりの登場に少し面食らいながらも、図書館員もほとんど呆然としていたのでケータイはすぐに奪えた。

 奪ったケータイに向かってタケシは、救急車お願いします、と努めて冷静な声で伝えた。

 電話の向こうの人に状態を聞かれ、女性が1名倒れてる事を告げ、意識はなく、顔色が真っ青だと伝えた。脈をとったら、とりあえず感じたので手首でよければ脈はおそらくあると思うが医者ではないので詳しくは分からないと伝えた。

 住所を伝え、関係を聞かれたので図書館に偶然居合わせただけの他人です、と伝えた。まもなく救急車が到着すると思うので、それまではなるべく動かさないようにと言われた。持病を聞かれたので、さっちゃんの友達2名に聞いたところ、二人のうち一人が「そういえば心臓がなんとかって。でも全然運動とかも大丈夫だからなんともないんだけどね、って言ってた」とのことなので、そのままの言葉を伝えた。心臓病で運動が大丈夫とかってあるんだなぁ、とタケシはぼんやり考えていた。


 電話が終了したので、図書館員にケータイを返した。

「ありがとうございます!!」

 タケシは涙を浮かべて感謝されるという人生初の体験にちょっと舞い上がってしまった。よく見たら、同じ歳くらいで、髪が長くて、顔がまるっこいところがとてもタイプだった。まるっこい顔を真っ赤にして、タケシに尊敬の眼差しを向けていた。


「今救急車来ますから」

 と言って、タケシは照れ隠しにその倒れてる女の子の方を向いた。じっと図書館員の顔を見ていたら、なんだか変な感じになってしまいそうな気がしたのだ。


 さっちゃんは、改めてみると本当に真っ青な顔をしていた。死にそうな顔色で、怖いくらいだ。前髪を長く伸ばして、普段は横にしているのだろうが、今は少し乱れて顔にかなりかかっているので、怖さに拍車をかけていた。

 

「さっちゃん……」

 友達2名のうちの一人は髪は長かったが、シャギーを入れてあるところがタケシのタイプ外だった。もう一人はショートカットで、全体的に男性的な服装をしていた。顔も、中性的なところが魅力と言えないこともない感じだった。普通に話しかけられたらもしかしたら男性と間違えるかもしれない。

「ありがとうございます」

 ショートカットの女の子がお礼をいってきた。こちらは少し冷静さが戻ってきたようだった。期待を裏切らず、声も低かった。ハスキーボイスとかいうんだろうかとこっそり思った。

 そういえば、心臓がどうのとか言ってたのも彼女だった気がする。

「心臓が悪いの? この子」

「悪いとかはよくわからないんですけど、なんか病名があるって言ってた気がします。でも生活はまったく普通で、陸上部に入ってるくらいだから、ほとんど忘れかけてました」

「倒れたのは初めて?」

「私の知ってる限りでは初めてです。みいこは見た事ある?」

 みいこと呼ばれたシャギーの女の子は、顔を横に振った。声も出せないくらい動転してる様子だった。

「とりあえず、もうちょっとちゃんと横にしたほうがいいんじゃないかな」

 倒れた姿勢のままでいたようで、足のところが机の下に入っていて、上半身がちょうど腰の辺りで椅子を避けるようにくの字に曲がっているのが痛々しかった。


 みいこちゃんからさっちゃんの身体を預かり、邪魔な椅子は避けてまっすぐな形にした。こういうときは頭を上げたほうがいいのか足をあげたほうがいいのかとかそういうのもあった気がしたが、分からないままに下手なことはできない。

 このまま横にすると、頭が下がりすぎてしまう気がして、よくない気がしたので、本を何冊か重ねて枕にした。ショートカットの子が、鞄からタオルを出してさっちゃんの頭を支えている本を包むようにした。そういう気遣いが女性的で、なんだかドキドキした。ギャップがね。


「心臓、動いてるかな」

 みいこちゃんが泣きながら言った。

「動いてますか?」

 とショートカットの子に聞かれた。

(え? オレ?)

 聞かれても、なんて答えていいのか分からなかった。さっきは手首の脈はふれていたが、それがイコール心臓が動いてるかどうかに……いや、脈なんだから繋がるんだろうが、もしかしたら不整脈とか起こしてるかもしれないし、それ以上のこと(手首の脈が触れてること)はまったく分からなかったので、下手なことを答えてしまったら大変なことになってしまう可能性がある。

 とりあえず、もう一度脈をとってみた。

(あれ?)

 何度か自分の手首でも確かめてみたが、……さっきまではドクンドクンとしていた所が、なんともいわない。


 手首では精度が下がるので頸動脈のほうがいいとかいう話を聞いたことがあるが、頸動脈がどこかはまったく分からない。

 でもこれはもしかしたら……噂の……心停止とかいうヤツだろうか……?


 タケシの頭がから冷たいものが背中を通って全身に拡がっていった。

 目の前で、人が死んでしまったのだろうか?

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HONなび
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