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第十四話目 タケシ、過誤す ~先生なんて照れるぞ編~

 その日の夜……仕事が終わった後、タケシはとある物を抱えてもう一度村林さんのお宅を訪問した。

「あれまぁ。また来てくださったのかい?」

「はい。ちょっとお話があって。あ、その前に、また仏壇に手を合わせていいですか?」

「あれまぁ。それはきっと喜ぶよ~。ほら、上がって上がって」

 そのまま家に上がるとタケシは昨日と同じように仏壇に手を合わせた。

「南無南無~」

 訂正。昨日よりもちょっと長めに手を合わせた。

(よし…! いくぞ)

 心の中で気合を入れてタケシは一つ深呼吸をし、くるりと後ろに向きを変える。村林が微笑ましく見ていた。

「村林さん、これを見てください」

 タケシは、持ってきたものを村林さんの目の前で広げた。それは何枚もの紙が挟まっているファイルで、本来なら患者さんに見せることはないだろうものだった。

「なんだい? これは」

「これは、薬歴やくれきっていうものです。患者さん……村林さんの旦那さんがうちの薬局に来て、どんな薬が処方になっていて、旦那さんがどういうことを訴えていたかを詳細にまとめてある記録です」

 調剤薬局では、薬歴は必ず記載しないといけない決まりになっている。タケシは今日一日かけてこれを探し当てた。薬歴の保管義務は3年。最後に旦那さんがタケシの薬局を訪れたのは3年前なのでギリギリだった。

 村林さんがお茶を飲む手をとめて、紙を覗き込む。そして少しのあいだ間近で薬歴の紙をのぞき込んで目をすがめたりしていたが、見えないらしく、手探りで老眼鏡を探していた。けれど見つからなかったようなので、タケシは声にだして読んであげることにした。


8月1日 

「ちょっとばあさんが風邪を引いてるようなんだ。だからこの風邪薬はばあさんに飲ませようと思って処方してもらったんだ」

 薬の内容はいつもと同じ+PL顆粒

「PL顆粒という風邪薬でてるが、ほんとは人にあげたら駄目なこと伝えてお渡しした。眠気がでることあるので気を付けるよう指導した 薬剤師 S」


8月14日

「ああ、この間の薬でなんかすっごく眠くなったみたいでな。もう飲みたくないって言ってたな。家事ができんと。でも次の日には風邪なんて治っとったわ。俺? 俺は特に変わらんなぁ。いつも通りだ」

 薬の内容はいつもと同じ。ご本人さんの体調も変わりない様子。(PL顆粒で奥さんが眠気がでたようだった)

「このまま続けて飲んでください。(奥さんの風邪が治って嬉しそうだった) 薬剤師 S」


8月28日

「今日、採血してきたんだよ。だからきっと身体に血が足りなくなってるんだな。なんかクラクラするんだ。結果は今度だけど、はっきりいって結果なんてどうでもいいんだけどな。ただ、変な数値がでてばあさんが心配したらやっかいだな、とは思うんだよな。あいつ心配性だから」

 薬の内容はいつもと同じだが今回は7日分。採血した様子。次回結果確認してください。

「クラクラするとのことで、帰り道気を付けてくださいね。 薬剤師 S」


9月1日

 少し早めの来局。薬はいつもと同じ。

 なんだか暗い様子で、いつもの饒舌さはまったくなくなっていた。前回の血液検査の結果はどうだったのか聞くも何も答えてくれずに早く帰りたそうだった。

「続けて服用するよう伝えた 薬剤師S」


9月2日

 本人よりTELあり。

「いつものさ、Sさんっていう薬剤師さんいるかな?」と事務に言っていたようだったがその日不在だったため別の薬剤師が担当した。

「Sさんいないのか? そうか……、ならいい」といってすぐに電話を切った。


9月11日

「なんかな。今度入院するみたいなんだよ。血液検査のなんだかっていう数値が悪いんだって。まったくなぁ。ばあさんが心配しちゃってさ。…そういえばこないだ、あんたに電話したんだけどさ、いなかったんだよな。ちょっと相談したいことがあって」

 薬の内容は同じ。血液検査の結果で異常値でたため再入院の様子。どの数値が悪かったかは聞き出せず。奥さんに心配かけてしまってる事についてとても気にされてるよう。

 相談内容について、以下のように語っていた。

「実はな、この薬……ワーファリンだっけ? これ、たまに飲まなかったりしてたんだよな。いや、これを飲むと納豆食えないってよくいうからさ、昔から俺は納豆が好きで、どうしても食べたい時なんかは薬飲まなかったりしてたんだ。もしかして、今度の入院もそれが原因なのかと思ってさ。俺がわがままいったばっかりに入院になって、ばあさんに心配かけて。それならちゃんと薬飲んで、納豆は我慢しときゃよかったな」

 ワーファリンと納豆には確かに相互作用があるが、どこか誤解されてる様子。以下のように説明。

「納豆がお好きなんですね。たしかに納豆はワーファリンの作用を弱めてしまう事があるので、一緒にはとらない方がいいですが、だからといってワーファリンをやめてしまうと、血栓ができやすくなってしまうのであまり良くないと思います。お医者さんと相談して、納豆を食べながら血液の状態を確かめつつ治療をしていく方針というのも聞いた事があります。お医者さんに聞いてみて、検討してもらってはいかがでしょう? もちろん、ワーファリンと納豆は相性が悪いので一緒に飲むのはおすすめしないのですが、そういう方法も最終的にはあるという事で……」

 結果、村林さん(夫)はこの説明に納得した様子。

「うん。今の説明ですごくよく分かったよ。こんな感じでちゃんと薬剤師さんと話して、ちゃんと薬飲めば病気も悪くならなくて済んだのかもな。もしアイツ(村林さん・妻)が薬飲むようになったら、きっちりとそう言うよ。もうアイツも歳だからな」

 と言って明るく笑っていた。


 それが、薬局で村林さん(夫)の姿を見た最後だった。


「その後で、旦那さんは亡くなられたんですよね? 奥さんがうちにいらっしゃる事になった時にそうお伺いしたと思います。旦那さんは、自分が薬をちゃんと飲まなかった事を最後まで悔いていらっしゃいました。妻には同じ失敗は繰り返して欲しくないと。だから、お願いします。旦那さんの為にも、薬、ちゃんと処方通りに飲んでください。そして、長生きしてください!」

 一気に言って、タケシは荒く息をついた。

 村林さんは目を伏せて、お茶に手を伸ばした。ちょっと遠かったので、タケシが手を伸ばしてとってあげた。

 そしておもむろに、話し出した。

「おじいさんはそんな風に言ってたんだね。……分かった。供えるのが一番いいと思ってたんだけどね。これであっさり昇天しちまったらおじいさんに会わす顔がないよ」

 ずずず、とお茶を飲み下すと、こちらに視線を合わせてにっこりと笑ってきた。

「教えてくれて、ありがとうさん。タケシ先生」

「い……っ、いやぁ、先生だなんてっ」

 タケシは舞い上がった。

「これからも、よろしく頼むね」

「はい! こちらこそ!」


 それから何度か村林さんのお宅にタケシは足を運んだが、薬をためてるようには見えず、その代わりの進歩といってはナンですが、薬の事に対してものすごい興味を持ったようで、毎回いろんな質問をしていきます。……いや、それくらいの方がいいのかもしれないけど。

 薬歴の書き方は実際とは異なっていることをご了承ください。話を少しでも分かりやすくするようにこのような書き方とさせていただきました。

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HONなび
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