第十四話目 タケシ、過誤す ~エゴ編~
薬を交換して薬局に戻ってきたタケシの足取りは、さっきにもまして重たかった。
鉛と化してるかのような身体を引きずって、調剤室に入り、自分の椅子に座った。そして、ほけーっとパソコンの画面に目をやった。
「どうしたの? なんか目が虚ろよ? 怒られたの?」
100%オレンジジュースのパックをストローでちゅーちゅー吸いながら二歳年下のセンパイが聞いてきた。
「センパイ……」
「?」
タケシは、村林さんの家であった事や自分のおばあちゃんの事をすべて話した。
「どうするのが一番正しいんでしょうか? 嫌がる人に無理矢理薬を飲ませて、長生きさせて、ほんとにそれがその人の幸せなんでしょうか?」
「うーん。そうねぇ」
紙パックに突き刺さってるストローが、ぢゅーぢゅるぢゅるっ、と音を立ててる。ジュースの量が佳境を迎えてる音だ。
最後まできちんとジュースを飲み、センパイは紙パックを丁寧につぶしながら言ってきた。
「エゴ。……エゴかぁ。タケシくん。さっき、『薬剤師である自分のエゴ』って言ってたけど、エゴってどういう意味だと思う?」
「んーと? いやよくわかんないですけど、わがままとかそういう意味ですか? ……よく知らないで使ってる、って責めたいんですか?」
「違うわよ~」
言って、センパイはカラカラと笑う。そして、いきなり真面目な表情をする。
「エゴっていうのは一般的にはエゴイストの略。ざっくりと言ったら、自己中心的な人とかかな。さっきタケシくんが言ったわがままな人ってのもそれに該当するわね。でもね、ほんとはエゴってのは違う意味なのよ」
「え? 違うんですか?」
「そう。自分自身のこと。自分イコールエゴなの。自分で考える事。自分が考えた事。それオンリーになっちゃったらほんとにエゴイストだけど、自分で何かを考えて行動するのは当たり前の事。エゴの他に他の人の考えや意見を取り入れれば、それはエゴではあるけどエゴイストにはならないわ。まぁもっとも、取り入れてるつもりで全然取り入れられてない人もいるからなんとも言えないけど。取り入れてないくせに自分では取り入れてるとか言ってる人とかね。めっちゃむかつくわ!」
「……あの、意味が分からないのですが…。そしてセンパイなんだか怖いです」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと……いや、かなり話が逸れちゃったわね……。えっと、薬剤師が病人に薬を飲んでもらって元気になってもらおうって考えるのはエゴイストの考えじゃないわよ。社会通念的に当たり前の事。医者が病人を見たら治したくなるだろうしね。それが自殺しようとした人でも」
「あ……」
センパイは最後の一言をちょっと強めに発音した。
『自殺しようとした人でも』
それはその通りだった。本当に、まるっきりその通りだとタケシは思ったのだ。
「自殺しようとした本人にとったらその時はほんとに余計なお世話だけど、もしかしたら何年後かくらいにその事を良かったと思えるようになるかもしれないわよ」
「そうですね」
「だから、タケシくんの考えてる事は間違いじゃないわよ」
「はいっ!」
「もっとも、薬を飲む事で具合が悪くなったりなんか調子悪くなるから飲みたくなくてとか、そういうのはちゃんとチェックしないと駄目よ。患者さんのQOL(生活の質)も考えてあげながら、薬を飲んでいただくの」
「分かりました!」
次の日タケシは、出勤してくるなりインターネットに釘付けになった。
「他の事例を調べて、なんとか飲んでもらう方法を考えるんです!」
忘れてる方もいるかもしれませんが、タケシは凝り性なのです。
「村林さんみたいなのをアドヒアランスが悪いっていうのかぁ。そういう人に薬を飲ませる為には病識(病気であることを自覚すること)を持たせることが重要である、か。ふむふむ。でも病識は充分すぎるほどあるもんなぁ。患者さんに、病気を治すのだという強い意志を持ってもらって治療に参加してもらう事が大事であり……」
ブツブツ言いながら調べてる様子を見て、二歳年下のセンパイはほほえましそうに見ている。
「タケシくんも立派になりましたねー、薬局長」
「そうだねぇ」
ずずず、とお茶を一口。
「それにしても」
「なんですか?」
「このままだと読者の人に、すっごくヒマな薬局だと思われるよね」
「ていうか、どうして昨日家でやってこなかったんでしょうか……。家にもパソコン、あるはずなのに」