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第十一話目 タケシ、披露す ~知識編~

 あけましておめでとうございます~、という言葉が行き交っていたのも二日ほどのことだ。

 あとは通常業務に戻る。

「あ、今月の曲綺麗〜」

 二歳年下のセンパイが、薬局の待合室で掃除機の音を消してなにやら聴き入っていた。

 この薬局では、耳障りのいいクラッシックを静かに流しているのだ。曲は月ごとに変わる。

 今月の曲は……。

「センパイ、発注終わりましたよ」

「ごくろーさま」

 朝の発注を終えたタケシが調剤室から出てきた。発注の仕事は薬局の在庫を把握するのに都合がいいので、新人薬剤師のタケシがやることになっているのだ。面倒だから押しつけてるってわけじゃないからね!! というのがセンパイの談だ。

「ねえねえ、今月の曲綺麗じゃない?」

 掃除機の端で曲が流れているテレビを指し示す。と、タケシが軽くそれに耳を傾け、即答した。

「ん? ああ、これはアヴェマリアですね」

「アヴェマリア?」

「そう。たしかこれは……」

「えー!!!!!!」

 そ、そんなまさか!? と大げさな身振りで言ってきたのは、劇団と薬局の事務の二足わらじを履いている主任さんだ。雑巾を持ったまま、なんだかものすごい勢いで突っ走ってきた。よほど急いでいたのか、ぽたぽたと雫が垂れたままだ。せっかく掃除したのに! とセンパイが中指を突き上げている。

「これはアヴェマリアじゃないでしょ、タケシ先生!」

「え?」

 あまりに堂々と主任さんが断言するものだから、タケシは二の次が告げなくなっていた。

 さらに主任さんが続ける。

「アヴェマリアっていったらあの有名なヤツでしょ? もっとこう……」

「ああ、アヴェマリアっていう曲はいろんな作曲家が作ってるんです。有名どころはシューベルトからグノー。あとはモーツアルトも作ってるし、リストだって作ってる。外人だけじゃなくて、日本の作曲家も何人もアヴェマリアっていう題名の曲を作ってますよ」

 ちょっと得意げに語るタケシに、主任さんは「Oh My Got!」とやはり大げさに頭を抱えて休憩室に入っていった。まだ掃除の続きもあるだろうに、忙しい主任さんだ。

「へ〜。タケシくん、意外に博識ね」

「博識っていうのかな。まぁ、僕の場合は趣味が音楽鑑賞ですからね。ちなみに今流れてるのは、カッチーニ作曲ですね。これもわりと有名だと思いますけどね」

「趣味が音楽鑑賞っていうと、なんか暗いイメージね」

 センパイのあっさりとした突っ込みに、それは聞き捨てならない、とばかりにタケシは声を張る。

「全国のクラッシックファンに謝ってください! 人間は音楽と共に進化してきたんですよ? 音楽を冒涜するモノは地獄に堕ちます!」

「やー、別に音楽を冒涜したわけじゃないよ? 歌とかは誰だって聴くし。ただ、音楽鑑賞が趣味です、って堂々という人も珍しいなぁ、って思っただけよ。そーこまで興奮しなくても。

でもさー、なんかそんな感じだと、趣味っていうよりむしろ特技の域じゃない? そんなに詳しいと。薬よりも詳しいんじゃない?」

「うーんと、特技は実はピアノだったりするんですけど」

「え! タケシくん、ピアノ弾けるの?」

「一応ね。子供の遊びみたいなもんですけど、今こそ弾く時間は少なくなってるけど、学生時代は勉強よりもピアノ弾いてましたよ。それこそ放っておいたら一日中でも。文字を覚えるよりも前に楽譜見れるようになってたくらいですから」

 わきわき、と指を動かしてみせるタケシ。センパイは、さも感心した風な表情で両手をあげる。

「へぇ〜。すごいじゃない」

「いやぁ、ピアノがないのが残念ですね。あれば、いくらでも弾いてあげたのに」

「ぜひ聴きたかったわ。っていうか、薬剤師よりむしろ、音楽家にでもなったほうが良かったんじゃないの?」

 いたずらっぽくセンパイが目を細める。

「うーん。僕はね、『先生』って呼ばれる仕事にだけは就きたくなかったんですよ。だからピアノの先生とかもなりたくなかった。……それがなぜかこんな仕事に就いちゃって、タケシ先生とか呼ばれちゃってるんだから人生不思議ですよね……」

 と、なぜかすごく暗くなるタケシ。しゃがんで床に「の」の字を書きはじめた。すっかり黄昏れてしまっている。

「い、いや、でも、今の仕事でいんじゃないかな? なんだかんだいっても頑張って仕事してるし、そりゃ薬の事は何にも知らなくてむしろ患者さんに教えられてるくらいだし、調剤ミスだってまだ多いし、だけど……あ、そうだ。まだ一度も過誤起こしてないもんね? えらいと思うなぁ」

 わっはっは、と取り繕ってみせたセンパイだが、タケシはジト目で、

「褒めるかけなすかどっちかにしてください……」

「頑張れタケシくんっ!」

 完全にタケシはいじけた。

「おはよー。なんか今日は騒がしいねぇ」

 場の雰囲気をまったく理解してない底抜けに明るい声で、薬局長がやってきた。

「あれ? どうしたの、タケシくん。なんか目が光ってるよ?」

「人を妖怪みたいに言わないでください! 涙です! 涙! 涙が光ってるんです!」

「いやぁ、それもそれで妖怪じみてるけどねぇ。なに? なんかあったの?」

 センパイが、かくかくしかじか、と手短に説明する。と、薬局長は手を打った。

「そういうことか。何? タケシくん、ピアノ得意なんだ? じゃあおあつらえ向きだね。今度のメーカーさんとの新年会、たしか、ピアノが置いてあるバーだよ。あそこは。店長に交渉してみるね」

「え?」

 二人の声がハモった。

「薬局長さすがっ。美味しいトコ持ってくねー。ぜひ聴かせてよ〜」

「はい! 弾きます! 今だって休みの日は一日四時間くらいは練習してるんですよ。任せてください!」

「んで、何弾くの?」

「猫ふんじゃったです」


「へ?」


 数秒間、時間が切り取られたかのような感覚だった。


「猫ふんじゃった?」

「はい!」

「それを一日四時間?」

「そうです。最近のマイブームなんです。猫ふんじゃった。もうこればっかりで」

「却下」

「え?」

 センパイは面白くなさそうに掃除機の柄の部分をぶんぶんふりまわしながら、

「却下よ却下! いまどき幼稚園児だって自慢しないわよ。猫ふんじゃったが弾けるなんて。っていうかそんなことやってるくらいだったら、勉強しなさい。薬の勉強を!」

「いや……趣味は自由じゃないですか」

「えぇえぇ自由よ確かに。でもね、猫ふんじゃったに四時間もかけてるなんて聞いて黙っていられるわけないじゃない! せめて15分とかだったらまだ許せるものも……」

 だんだん雲行きが怪しくなってきたので、タケシも焦ってきた。

「猫ふんじゃった、いい曲だと思うけどなぁ。弾かせてくださいよ~」

 う~ん、と薬局長が腕を組んでうなる。

「悩まなくていいですよ! 却下ったら却下!!」

「お願いしますっ」

 ふむ、と薬局長が腕をほどいて口を開いた。

「まぁちょっと猫ふんじゃった弾くくらいならよっぱらった人たちの余興としてもいいかもしれないから、場合によっては弾いてもいいよ」

「薬局長!!」

 様々な思いの積み重なった二人の声が再びハモった。

 さーて仕事仕事、と薬局長は調剤室に入っていった。


 さて新年会、ほんとにタケシは猫ふんじゃったを弾くか!?

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HONなび
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