2話:愚行について
「おはようございます、クレールお兄様。」
食堂へと入り既に席に着いている兄に挨拶をした後、自らも席に着く
「おはよう、カミーラ。今朝も素振りをしていたようだな、相変わらず可愛くない顔をしていたぞ。」
この兄の事だ、どうせ屋敷の中からこちらを観察していたのだろう。
「余計なお世話ですわ、それよりアレン様に伝えていただきたい事が。」
こうして兄へと情報を渡すのも婚約者が問題を起こす度の事、少なくとも週に一度の恒例となっている
本来ならば自分で伝えに行きたいが、一貴族の令嬢が婚約者でない男のもとに通っているというのは外聞が悪い
「ああ、アレクサマか?」
「ええ、昨日の王立学園での事ですが、恐らくお兄様方には伝わっていないので。」
と伝えながら、昨日の婚約者の愚行を思いだしため息が漏れた。
「昨日の剣術の稽古で庶民棟との手合わせがありまして、その時の事ですが……」
事は前日の午後に遡る
王立学園では本来、魔術や剣術等の授業を貴族棟と庶民棟が同時に行うことはない
魔法が使えるのは産まれたときから魔力があるほんの一握りの人間と、産まれてすぐ魔法を授かるのが常となっている貴族や王家に伝手のある商家などだ
つまりは貴族に片寄っており、庶民棟のものの大半は魔力がないため授業を受けることすらできない
剣術にしても、幼い頃から実戦経験のある師の元で鍛練を積んでいる貴族と庶民ではどうしても差が産まれてしまう
そのため、それぞれに適した授業を行うため別々で授業を行っているのだ
ただ、月に一度ほど合同で剣術の授業を行うことがある、実力のある庶民棟の人間が貴族棟の人間と混ざり手合わせを行い、貴族には強い庶民棟の人間に負けないように、庶民にはあのように貴族棟の人間とも渡り合えるようになろうと思わせ、互いのモチベーションを上げるためである
稽古は普段学年ごとに行われるが昨日は、学年に関係なく、実力のあるものが選ばれたのだ。その中に一人、爵位はあるが産まれが庶民だからと庶民棟に在籍している少女が居た
学年が二つ上とは言え女だと侮る者、彼女が騎士の称号を持ち、魔導騎士団長の娘であると知っており、手合わせを望む者と様々だった
しかし、そんな生徒たちの中から手合わせの相手として指名されたのはアレクだった
指名した教師としては王族故に増長するアレクに灸を据える機会がほしく、その少女ならば実力もあり、忖度もしないだろうと思ったのだろう
教師の思惑通りに一瞬で少女の方に軍配が上がった
だが、問題はその先のアレクの発言であった
ーーーーーーーーーー
「そこで奴はその少女に言ったそうですよ、子爵家の癖に庶民棟に居て、どうせ学も金も無く剣しか出来ねぇんだろ、と。」
カミーラから聞いた話をそのままアレンに伝える
王族としてあり得ない発言だ、近年撤廃されようとしている差別を助長する発言である上に、彼女本人だけで無く、彼女の家までも貶め敵に回す事になる
その場はさぞかし凍りつき、アレクを指名した教師は青ざめたことだろう
そして、話を聞くにその少女は
「エサージュ、だよな?その少女とは。あのバカもそこまで頭が回らないとは思わなかったよ。」
「はい、テトス子爵家自体を敵に回す発言です。カミーラがその場で自ら一発入れ謝罪をさせるべきか本気で検討したと。俺もそう思いますよ、あのアホ。」
頭痛をこらえるようにクレールがこめかみのあたりを押さえる
「まぁ、これで元々下がっていた評判を更に下げることとなったわけだ。テトス子爵家は確かに庶民上がりの貴族だが、当主であるアンドリューは魔導騎士団長として今も国に尽くしてくれている。彼を貶めることは他の団員や彼を慕う騎士をも敵に回す事に繋がる。」
「でも、貴方としては同じ王族と考えると信じられない発言だが、この状況では継承権をひっくり返すのに丁度良い、と言う所でしょう?」
「まさか、そんな事は思っていないさ。ただ国を傾けかねないような弟に継承権を預けておくのは愛国民として心配だというだけだ。」
そう言ったアレンはクレールにニコリと笑顔を向ける
「それを踏まえてカミーラからもう一言、直訳しますと、いつまでアホをのさばらせるつもりですか?早急に継承権を取り上げてください。私も婚約破棄をしたいので、と言ったところですね。」
あのアホの婚約者を何年も務めるのは並大抵の気力では持たないだろう
事実、ここ数年のカミーラはとても疲弊しているように思う
「お前も可愛い妹をあんなアホにやりたくないんだろ?相も変わらずシスコンだな。」
「余計なお世話ですよ。貴方だってカミーラとあのアホでは釣り合わないと思っているでしょう?勿体無いと言っていたでは無いですか。」
彼の言う通り、誰よりも可愛く優秀な妹をあんなバカに渡すなど冗談ではない
クレールはシスコンであった
カミーラが怒りを込めて木剣を振り下ろし、怖い顔をして居てもクレールからすれば可愛らしいだけである
何をしていてもとても愛しい
本人には決して言わないが
「ああ、カミーラは全てにおいて十分な能力がある。王家の人間になるとしても申し分はないほどにだ。ただ、アレとはどう考えても差がありすぎる」
「カミーラの教育係も勿体無いと言っていたそうです。もう一度言いますが、とっとと継承権をひっくり返してください。」
「お前に言われずともそのつもりだ。勿論協力してくれるんだろう?」
フッと笑いながら問いかけてくるアレンにクレールは返す
「当たり前です。」
と、完璧な笑顔で
エサージュ テトス子爵家の娘 庶民産まれ
アンドリュー テトス子爵家当主 エサージュと血の繋がりはない