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第1話

 こんなことになるなんて思っても見なかった。


「じゃあダーツ部を作ろうよ!」


 この可憐な少女の屈託のない笑顔に、僕の後の人生は大きく狂わされることになる。


――――――――――――――――――――――――


 僕は右京(うきょう)弦樹(げんき)。今日から高校生活を迎える高校1年生。


 朝。陽の光を浴び、俺は朦朧とする意識の中重い体をゆっくりと起き上がらせていく。

 朝は強い方ではないが、最近流行りの「モーニングルーティン」とやらをやっている間に少しずつ目が覚めてくる。

 自室を出て重い足取りで洗面所へ。徐に顔を洗う。

 鏡にはいつも見る、寝たはずなのにあまり良くない顔色に暗い表情があった。正直見飽きてしまったが、それはこれまで歩んできた人生からすれば当然の帰着だっただろう。


 中学時代から勉学に明け暮れ、友人と呼べる人物は片手で数えられる程度。無意識にその寂しさを払拭すべく勉強だけは人一倍努力してきた。典型的な「陰キャ」であることは自覚していた。しかしそれで困ったことは一度もない。


 学校で知り合う「友人」なんて卒業してしまえばもうそこでおしまい。再び出会うとしてもその中のほんの数人だろう。「ずっと友達!」なんて言って馴れ合って、互いに傷を舐め合うのが好きならばそうすれば良い。だがそんな「友人」を作るよりも勉学に少しでも励み安定した職を目指す方が遥かに人生は豊かになる、と思うようになっていった。

 長い間孤独に慣れてしまった僕は、このままではいけないという気持ちよりも、その孤独を受け入れる思考の方が強くなっていた。

 僕の性格はこうして歪んでいったのである。性格が悪いことも十分自覚している。


――――――――――――――――――――――――


「時間は…まあ大丈夫か…」


 簡単な朝食を作って食べる。朝食があるのとないのとでは勉強の効率が違う。

 ゆっくり食べていると遅れてしまうが、事前に電車の時間は調べているから抜かりはない。登校初日から遅刻してしまうようなことがあっては成績に響きかねないからだ。

 そう。性格は曲がっていてもそう言った最低限の礼儀は守れる、家事もできる、真面目ないい子なのだ。

 自分で言うのもどうかとは思うが。


 駅へと向かう途中、見慣れた少年が僕に向かって手を振った。


「よっ!!今日も相変わらずの顔色の悪さだなぁオイ!」

「いってぇ!…お前は少しくらい落ち着けよ…まあ言っても聞かないのは知ってるけど…」

「さすが!俺のことわかってんじゃん!!!」


 バシバシと出会い頭に背中を叩かれた。


 この男子生徒は小学校から付き合いがあり、俺の数少ない友人である須崎(すざき)朝陽(あさひ)だ。

 底抜けに明るく裏表のない性格、整った顔貌、スタイルも良くスポーツ万能ともうモテる要素をこれでもかと揃えている。まさに俺と正反対。


 俺みたいな根暗にも話しかけてくるのだから性格は相当変わっている。元々は一人で教科書を読んでいる俺に話しかけてきたことがきっかけだ。対人関係を全くと言っていいほど絶っていた俺にとって彼の存在は完全に異質だった。だがその性格に救われたのも事実。現在数えられるほどとはいえ友達がいるのも朝陽のお陰だ。

 長い間一緒にいる分気兼ねなく話せる唯一の友人と言ってもいいかもしれない。


「高校楽しみだなー!!色々中学と違って自由だって言うじゃん?やっぱりアオハルしたいよな!」

「んー…まあ僕は平凡に過ごしていい大学行ければいい…」

「ほんとにげんげんは勉強ばっかりだな…そんなことしてると幸せが蜘蛛の子散らして逃げてくぞ!高校からはしっかりアオハルしようぜ!!勿体無いぞ!」

「朝陽みたいなイケメンと一緒にすんなよ…僕の顔見てそれ言えるのか…??」

「なんだよーつれねぇなぁー。げんげんだってもっと女の子と話すようになれば自然と恋愛ルート入るだろ?特別顔が悪いとは思わなーけどなぁ…」


 げんげんと言うのは小学校の時に朝陽がつけたあだ名だ。


「んーまあそれはお世辞でも嬉しいよ。でも僕みたいな奴には僕なりの生き方があるんだよ…」

「ま、そう言う俺もリアルの恋愛ルートの経験は全くないけどな!!!」

「嘘つけ!3人に同時に告白された時どう断ればいいかって泣きつきにきたじゃないか。あれはもうごめんだぞー…」

「あれは悪かったって!!でもほんとにどう断ればいいのかわかんなくて藁をもすがる思いだったんだよ!許してくれ!!あのあとたこ焼き奢ったろ?」


 俺にとって恋愛だの青春だのというのは全く無縁なもので、別次元の世界の話だと考えている。せいぜい知りうる知識も本で読んだ程度で実体験は勿論ない。


 中学卒業まで恋愛もしない、行事でも目立たないところでそれなりに仕事をしてのらりくらりとやり過ごしてきた人間だ。青春を感じる瞬間など毛ほどもなかった。


 勿論憧れが全くないと言えば嘘になるが、ここまで生きてきた経験から、急に高校生から全てが変わるということはない、と諦めている。だからその点「アオハルしようと思えばいつでもできる」という朝陽が羨ましい。


「どーせモテるんだしリアルでも恋愛すりゃイイじゃん…JKは多分可愛いぞー…僕には完全に無縁だけど。」

「んー3次元の恋愛はよくわかんねぇ!それにゲームと違って疲れそうだしなぁ…アオハルするとしたらやっぱり部活だな!」


 クソ!これだからイケメンは!!!!

 そんな調子でこれまでにどれだけの乙女心を粉々にしてきたと…

 僕はその言葉をグッと飲み込んだ。


 今でも鮮明に覚えている。中1の夏のことだ。花火デートシーズンとばかりに彼氏作りに燃える女子達からの熱烈なアピールを受け、朝陽は憔悴しきった顔をして相談しに来た。

 そもそも友人ですら数えるほどしかおらず、恋愛について興味はあっても全く無縁だった俺に相談されても…とは思ったが数少ない友人の頼みということもあって断れなかった。


「そういうところのけじめはしっかり付けないと相手の子に失礼だろ?だから今は3次元に気持ちが向かない以上付き合うのは相手に申し訳ないから断ることにする!」


 これが2人で話して出した結論だった。

 あの時ほど精神的に疲弊することはもう今後ないだろう。


 その後も朝陽は付き合うならしっかり相手と向き合えるようになってから、というのを素直にここまで守り抜いてきている。これもイケメンの余裕というやつか。


 朝陽は2次元の女の子にしか興味はないと公言している。容姿端麗なだけに告白する女子も後をたたなかったが、中学の2年以降はほとんど落ち着いてきていた。

 しかし高校に入ってからはしばらく告白の嵐になることは間違いなしだろう。

 だがそれで俺に泣きつきにくるのは勘弁してほしい。


 朝陽と他愛もない会話をしつつ学校へ向かい、掲示されているクラスを確認する。この瞬間はやはりどことなく新鮮で、新しい生活への期待が少し膨らむ。

 まあ勿論目立たずに勉強するつもりでいるのだからその淡い期待はすぐに打ち砕かれるのだろうが。

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