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第1話 『心配性の兄は妹の敵である』


 可愛い妹が今朝物凄いことをカミングアウトしだした。

「ねえねえ、お兄ぃ。わたしね、今日から勇者になることにしたんだ!」

「・・・」

別に妹が天然とかそういうのではない。勇者という職種はないが似たようなものはある。

地球は今から10年前に開星(開国の星バージョン)し、他の宇宙人との交流が盛んになっている。また地球を訪れるのは宇宙人だけではなく、異次元(つまり三次元以外)からの生命体、例えば魔界の悪魔や天界の神様、そしてそれを行き来する天使などなど一昔前では考えられないような存在が現在では普通に蔓延っている。その中で勇者とは宇宙や次元という巨大なまとまりのなかでの犯罪を取り締まる係の総称としてよく言われる。しかし定義はとても曖昧で、ちゃんとした団体や組織に入る場合もあれば、自営業みたいに勝手に勇者を名乗り、人助けならぬ生物助けを行う者もいる。

そんな仕事か肩書きかよく分からないものに愛しき我がマイシスターが「なりたい!」と仰られているのである。ああ、あなや

「いまなんていったの?お兄ちゃんいまいちよく分からない。」



俺の名前は藤咲稔。普通の一般家庭の長男だ。そして長女の藤咲恵那。俺からすれば2歳下の妹になる。可愛い可愛い自慢の妹だ。「そんなことも分からないの?」と言いたげにやれやれといったポーズをとる。

「だーかーらー、私、勇者になるの。アーユーアンダースタンド?」

「それはわかっているけど……それにしてもいきなりだね?そんな兆候無かったよね。」

「お兄ぃ、人は知らないうちに変わっちゃうんだよ。世の中世知辛いよ?」

妹が渋い顔で語り出した。

「えーとね、きっかけは一昨日かな。テレビで有名な対魔師さんが「人には無限の可能性があります。弱者ゆえの知恵は悪の力に勝ります。また決して怠らない性格はいつか下剋上を起こすでしょう。みなさんには可能性があります。私の話に興味を持った方は是非こちら、有限魔術結社へ。」とか言いうのを見てビビッときたんたよ。私も勇者になれるって。」

なんか怪しい宗教みたいだな。せめて、無限にしろよ。

熱い目をして語る妹は物凄く熱い。朝食がホット過ぎるように感じるのもそのせいか。

「お兄ちゃんは反対かなー。だって戦うんだよー。そんな危険な事させられないよー。」

当然勇者には危険がつきものだ。下手をすれば死ぬかもしれない。というか、死ぬ確率のほうが高い。悪魔クラスになると常人では指一本すら触れられない。普通の拳銃では傷一つつけられない相手もいる。それに女勇者といえば…とある危険もつきものだ。

「そこらへんは大丈夫だよ。ちゃんとボロネーズにはいるつもりだよ。」

ボロネーズとは『ボロネーズ大聖団』の略称であり、宇宙でも大手の戦士育成学校である。比較的大勢の人間が在籍しており、名だたる勇者も輩出している。まだ地球が鎖星(鎖国の星バージョン)していた頃、他星からの襲来に備えて作られたものらしいが…

「それにね、わたし…『コメット』に入りたいんだ」

「な、なんと!」

『コメット』とは全宇宙最強と言われている戦闘結社で、メンバーは十数人しかいなく超少数精鋭の結社だ。五年前に『ボロネーズ大聖団』から2人輩出されたと聞いたが基本的にそうそう入れるものではない。

「そ、それは本気なの?」

呆れ半分の声で問いかけるが、絵菜は小柄な体を精一杯使って「マジですポーズ」をとった。

「『コメット』って超難関だよ?マサチューセッツ大学に入るより難しいんだよ?もしかしたら総理大臣や大統領かになるより難しいかもしれないよ?」

「そんなことは承知済みだよ。でもでもだよ、自分の可能性に賭けてみたいんだ。権力者よりもわたしは最強の勇者になるんだ。よーしきたぁ!お兄ぃがなんと言おうと頑張るぞー!」

熱い。妹が熱い。

ま、まあ、お兄ちゃんが言わなくてもお母さんが止めるか…



「別に良いんじゃない?好きなことすればいいんじゃん。」

「わーい、やったー」

母は放任主義だったの忘れていた。

「ちょっと、お母さん!止めないの?」

四十路に入った俺の母、藤咲香織はなんとも思っていないように応える。

「恵那が将来なにしようと勝手だし、親がいちいち口出しするもんでもないでしょ。それに最近は勇者さんの活動も規制されているらしいし。」

親が頼りにならない。いや、まだだ。父さんがいる。父さんならきっと止めてくれるはずだ。


その夜…

「おお、恵那は勇者になるのか。いずれは可愛い娘も旅立っていくものなのだな…可愛い子には旅をさせよというものだ。上を目指して頑張るのだぞ。」

「うん!」

父親も頼りにならない…

「ちょっと、父さん!勇者は危ないんですよ?可愛い娘を危険にさらすんですか?」

「娘が勇気を出して言い出したことに真っ向から否定するのも親の態度ではないだろう。それに、お前だって人のことはいえないだろう。いきなりバイトに行くと言い出したらいつも帰ってくるのは夜遅く、日程もまちまちだ。まさかと思うが人に言えないような仕事をしているのではあるまいな?」

「何言ってるんだよ。ただの接客業だよ。夜遅いのは学校が終わってからだし。」

「それに恵那のやることにどうして兄のお前が口出しするのだ。妹が旅立つのが寂しいのか?それもわからんこともないが、独占欲が強すぎると嫌われるぞ?」

「そうだよ!わたし、口うるさいお兄ぃは嫌いになっちゃうよ?」

「…」

なんと反応していいのやら…

というわけで、俺は妹の説得に失敗した。


翌朝、学校より

「俺の妹が勇気になるとか言い出したんだが…」

昨日あったことを友人に相談(別名、愚痴)をしてみた。

「あの恵那ちゃんがかー…、いつか言いそうな気がしてたけどね。」

「なら言ってくれたら良かったのに…」

友人、そして幼稚園の頃からの幼なじみ小鳥遊優希は語る。

「いやいや冗談、でも言いかねないでしょ。あの性格だよ?テレビの影響を受けて言い出してもおかしくないじゃん。元気で快活で考えるよりも先に体が動いて、何事も深く考えない恵那ちゃんならありがちだよ。」

「妹を馬鹿にしているのか?」

「いや、別に。そこが彼女の良いところじゃないか。それよりも、親は了承したのか?香織さんはどうかとして、忠さんは止めそうだけどなぁ。」

この俺もそう思っていた。その時までは。

「それがだな、父さんは今まで厳しかったから、これかは放任しようとかいう主義になっちゃったっぽいんだよ。」

「へえー、それはそれは、まあ、ありがちだよ。それに忠さん。絵菜ちゃんに嫌われたくなかったんじゃない?娘をもつ父親としては当然の心情だよ。」

(ふんふん、そんなものかー)

わかったような、わからないような…でも娘に嫌われたくないのはわかる。

俺だって、妹にせっつかれれば無闇に突っ撥ねることはできないだろう。

「で、結論。俺はどうすればいい?暖かく見守るか、それともなんとしてでも辞めさせるか。」

俺が自分の対応を決めれないのは情け無いことだが、やむ終えない…

すると優希は割と気軽に答えてくれた。

「はい、どうも。いきなり結論です。別に、勇者になってもいいんじゃない?ちゃんとボロネーズに入るって言ってるんでしょ?なら、安心だと思うよ。向こうも無茶なことはさせないと思うし、ちゃんとクラス分けだってされているはずだよ。」

(まあ、予想通りの答えだよな。)

むしろ俺が過保護なのかもしれない。

(そういえば昔に親に過保護って言われたような…)

親より過保護な兄も珍しいだろう。

「それに…」

「それに?」

優希が何か言おうとしたので聞き返す。

「それに…」

ーーーいざとなったら、お兄ちゃんが駆けつければいいんじゃない?ーーー

しばしの沈黙の後

「……そうだな。そういえばそれがあったな。」

「でしょ?もしかしたら、1番それが安全かもしれないね。そうだ!稔もボロネーズに入れば?絵菜ちゃんを合法的に一日中監視できるよ!」

「するか!というか、したくてもできねえよ…」

どうしてもできない事情がこちらにもあるのだ。

「そうだね。君は無理だね〜。でも、裏方だからこそできることもあるんじゃない?」

「そうだ。それもあったな。」

「でしょでしょ?とにかく、絵菜ちゃんの希望を尊重するのが一番じゃないかな。最初から否定するのはよくないよ。せっかくの芽を潰すことになる。そして、…その芽が伸びるときに絶対絶命の危機が訪れるとしよう。根っこごと掘り返されるようなね…その時に頼れるお兄ちゃんの出番だ。そんな時以外は下手に干渉しないほうが良い。育つ茎が貧弱になってしまうからね。だからお兄ちゃんの役目は暖かく見守ることと、いざという時の切り札だ。」

優希はつまり、と言い、お兄ちゃんの出番はもう少し後ということだ。

「なるほどね……そうするか。」

「うん、それがいい。ちょっと長くなったけどね。まあ、言いたいことはそれだけだ。」

やっぱり優希に相談して良かった。

優希はいざという時には頼れる親友だ。

「本当、ありがとうな。相談にのってくれて。こんな事相談できるのはお前だけだしな。おかげで、兄としての正しいことが出来そうだ。」

俺が素直に褒めると優希が照れた。

「いやいや、ただの一意見だよ。でも、役に立てて良かった。君の相談役は昔から僕だしねー。これからもどんどん相談してくれ。君が求めるところにはいつも小鳥遊あり、だよ。」

優希がおどけたような調子で言う。

「なんだよそれ、なんかよくわからんがいやらしいぞ?」

「そうだよ。いやらしいんだよ。って…何言ってるかわからなくなってきた。まあいいや。とりあえず後日談よろしく。恵那ちゃんがどうなるか気になるね。」

「俺は不安でいっぱいだがな…」

「そんなんじゃだめだよ。はい。リラックス、リラックス」

「はい、はい」

「返事に心がこもってなーい!」

「あはは…」

とりあえずこの件は解決したということでいいだろう。

さて、この決断が吉とでるか、凶とでるか…


そして、放課後。

俺は学校を出て家に帰らずにある場所へ向かう。

「麻弥、大丈夫かな。また、散らかしてないといいけど。」

独り言を呟きながら歩く。

そう、これから仕事なのだ。今から職場へ行くところ。

そして、30分程歩いて着いたのは…パン屋。

そして中に入ろうとすると何かがこちらへまっしぐらにやってくる。

「うわ〜ん 。助けてくださーい。全く書類整理がおわらないんです。」

泣きながら稔に抱きついてきたのは、稔より少し身長が低く、長く綺麗な金髪の女の子。

「こら、ここで抱きつかない!ほら、周りの人が変な目で見ているでしょ。あーもう、わかったから。早く行くから。とりあえず抱きつくのをやめて。」

なんとかその金髪の少女を引き離す。そして、中に入る。

当然、目に入るのは普通のパン屋だ。しかし、厨房の方へ行き、奥の扉を開けると…見える光景がガラリと変わる。

ーーー薄暗い部屋だ。いかにも貴族の部屋といった感じで、部屋の広さは30畳くらいだろうか。最高級の木材で作られた机。そして、棚、棚、棚の中には様々な書類がびっしりと。そして灯はわざと薄暗くなるように壁に6つのキャンドルが。

そして麻弥は稔を棚の内の一つのところへ連れて行きその地べたに置かれた物を指差す。

「ほらー、これなんです。どれが必要なのかがわからなくて…」

「うん、わかった。僕がやるから。とりあえず着替えさせて。」

「お役に立てず、申し訳ございません…」

「そんなことないから」と弁護しながらクローゼットへ向かう。最近は蒸し暑くて仕方がない。

学生服を脱ぎ、黒く先がダイアの形の装束を着る。見た目はだいぶ暑苦しそうだが、通気性がよく涼しい。そもそもこの部屋自体常に常温に設定されている。

そして着替えが終わり、入って来たドアを開けるとそこは厨房ではなくだだっ広い大広間だった。

そこには大勢の人がその右、左にそれぞれいて、真ん中には赤く細長い絨毯が敷かれている。

ーーーー

そこを稔が歩き進むと両側にいる大勢の人が稔の方へ向かい跪く。

ザザッ、

そしてその絨毯の道を歩き終えると…とても豪華な台座が。

ここが稔の特等席だ。そこへ鎮座する。

そして、皆が同時に口を開き…

「本日もお勤め、お疲れ様でございます。魔王様。」

「どうも。」

そう、稔の仕事はーーーそう、魔王なのだ。


第2章 魔王の仕事(仕事は割とあっさりとしているんです。ただ、部下の不始末でブラックになっているだけなんです。)


魔王の仕事は主に三つだ、配下の統率と、侵略、他の魔王との交流だ。

部下の統率は配下の行動の管理、制限だ。けど、これは基本的に幹部に任せることが多い。

侵略は魔王それぞれによってやり方が変わり、ちゃんと交渉する、荒地を狙う、戦争中のところを狙う、悪皇帝が政治を行っているところを狙う、そして強引にする、だ。まあ、本当にそれぞれだ。

稔は基本的に前者4つだ。最後の1つは手伝ったりするぐらい…

他の魔王との交流は魔王本人しかできない重要事項だ。基本的にプライドが高い魔王達は度々衝突することが多い。そのため各魔王同士に交流を持ち、対話で解決できるような場を作る。

また、プライドの高い魔王達の中にはまとめ役みたいなのもいる。ただ、権力は喧嘩を仲裁するぐらいのものだ。

そのまとめ役は『シルラ』と呼ばれ、今は非常に高貴で美人な女性にが付いていて、他の役目は大規模作戦の際の音頭とったりする。

ただし、『シルラ』だからといって一番権力を持っているわけではなく、彼女、またはその配下は非常に強力だが、彼女より上のところは三つぐらいある。

以上の説明より、

魔王本来の仕事は少ないことになるが、稔にはプラスアルファがある。

ーーー配下の不始末だ。ーーー

戦闘に関しては非常に高いレベルを誇るが、いかんせん書類関係がずさんである。

侵略の交渉では不利な立場になったり。度々他の魔王と衝突したり…

そんなこんなで、稔が魔王についた。そしてそれからはデスクワークの大半は稔の仕事だ。

でも、唯一楽なのは、ほとんどの戦闘に参加しなくていいところである。稔が戦闘に出ることは滅多にない。

ところで、魔王としての稔は『みのる』と名前で呼ばれているわけではない。各魔王にはコードネームがある。主に魔王同士ではそれを使って呼び合う。

そして、俺のコードネームは『ふじさきみのる』の『ふ』と『じ』と『み』を取り、『フジミ』と呼ばれている。

時々、このコードネームのせいで不死身と勘違いされることがあるが、俺にそんな特殊体質はない。至って普通の一般人だ。

そんな自己紹介をしながら散らばった書類を片付けている。…………よし、終わった。

「さーて、今日は交流会もないし、ちょっと見回ったら帰ろうかなぁ…」

ピリリリリリリ、ピリリリリリ、

その時、携帯がなった。ちなみ最新機種のね。

相手には『マーヤ』とある。麻弥のことだ。

「はい、もしもし?どうしたの?」

「え、えーっとですね。ちょっと、魔術公民会館の競技場まで来てもらえます?」

「……ずいぶんといきなりだね…何があったの?教えてくれる?」

「説明するの面倒くさいんで、来てもらったらわかります。では、」

プツッ 、ツーツーツー

……切られた…一方的に

いつもこんな感じだ。

(別に敬ってくれなくてもいいからこういうところをちゃんとしてほしい……)

「ま、言っても無駄だろうけどな……」

もう一度言うが、いつもこんな感じだ。

移動手段はーーー空間転移ーーー

こういう時は、魔術を学んでいて実に便利だなーと思う。体が衰弱しない為に日常生活では徒歩だが。

ウイーーーン、シャッ、

ワーーープーー

転移完了。

(本当に便利だ……。)

魔術に関心しながら指定の場所へと向かうと……

(あっ、ずいぶん面倒くさそう……)

何やら、麻弥と誰かさんが口論している。そして、誰かさんは魔王らしい。

(へー、麻弥に口論するボキャブラリーあったんだー)

とか思っている場合じゃないな。

「お前らが譲らないからいけないんだ。邪魔だ、邪魔。小娘はどっか行ってろ。ここは俺の場所だ。」

「なに、理不尽なこと言ってるんですか。先に来ていたのは私達です。そっちこそどっか行って下さい。」

「なんだと?やんのか?」

「ええ、受けて立ちますよ。恥を知るがいいです。」

(やだなー、めっさ帰りたい。関わりたくない。というか、あいつら競技場の使用権を争ってんのか?)

もう……順番というものを知らないんですかね…

というか、麻弥に喧嘩を売るとは…新米だな…多分、見た目で判断してるんだろう…

(もういいや、傍観しとこ…)

テッテレーン!

稔は遂に考えることを放棄した!!

「おお、戦闘が始まったな……」

どうやら麻弥と誰かさんの一騎打ちらしい。

うん、それがいい。安全だし。

誰かさんが麻弥に専攻を仕掛ける。

体術で、魔術で肉体強化もしてある。

誰かさんの突きを麻弥は上半身を反らすだけで回避する。

誰かさんはさらに突きを繰り出す。

またもや麻弥はそれを全て上半身を反らすだけで回避する。

そして誰かさんが蹴りを放つ。

それを麻弥はバク宙でかわす。

何度も蹴りを放つが全てかわされる。

そしてもう一度蹴りを放ち、麻弥がバク宙で回避したところを狙って炎のブレスを放つ。

(おおー、だいぶでかいな……)

炎は競技場の真ん中を覆い尽くす。誰かさんも魔術はそこそこ長けているのだろう。

さらに巨大なスパークを放つ。

その上から呪いの術式を被せる。

「よし!チョロいな。」

フラグびんびんの勝利宣言を誰かさんが言う。

炎が消えて無くなると…

麻弥が何事も無かったように競技場の真ん中に仁王立ちしている。

「えっ?……そこそこ本気なんだがな。」

誰かさんが、やっと相手にしていた者の実力を理解する。

まあ、見た目詐欺だしな……

麻弥が人差し指を口に近づけ、妖しく微笑む。

「次は……こっちの番ですね?」

誰かさんが引きつった笑みを浮かべた。

麻弥が一歩踏み出し…音速を超えるスピードで迫る。

ドスッ

みぞおちに一発。相手が反応する間もなく勝負がついた。

慌てて誰かさんの配下が駆け寄る。

「大丈夫ですか?!リオルさん!」

誰かさんの名前がリオルということを知ることができた。

リオルさんには今回の事は勉強になっただろう。人を見た目で判断してはいけないと。

ところで、麻弥の圧倒的強さ、それに、違和感を感じる人もいるかも知れない。

ーーー他の魔王を倒せるぐらいなら、魔王になれるのではないかとーーー

実にその通りである。

麻弥は元魔王なのである。そう、コードネームは『マーヤ』だ。今、稔が率いている配下は麻弥の元配下なのである。

麻弥は元々『妖艶と破壊の大魔王』と呼ばれていた。

……実に大層な呼称だ。……まあ、間違っていないのだが…

そう、麻弥の美貌は美人しかいない魔王界でも群を抜く。金糸のように綺麗な長い髪に、幼さをの残すも妖艶さを醸し出す端麗な容姿、そして如何にもお嬢様といった雰囲気、物腰、言葉遣いだ。

そしてそれと対照的な、全てを破壊する力。

彼女が現役の魔王だった頃には同じ魔王ながら、尊敬、または羨望の眼差しも多かったという。

そんな彼女がなぜ今は稔の配下なのか?

……それはまた今度説明する時が来るだろう。

とりあえず今はこの後どうするかが非常に大事だ。

生憎、もう戦闘の気配は無いがまだ物事が解決した訳ではない。

さて、麻弥はこれからどうするのか……

アッ、ーーーーーーーーーー

……追い払いやがった

麻弥は「しっしっ」と配下ごとリオルを追い出す。

リオルは気絶したまんまで彼の配下がリオルを担ぎ、敵意を剥き出しにしながら去っていく。

……なんか、面倒なことが起こりそうだな。

そして去ってリオル達を尻目に麻弥達は模擬試合を始める。

……いいのか、これで。

「……別にいいよな…」

テッテレーン‼︎

稔はまたもや考えることを放棄してしまった……

魔王城(もう一度言う。入り口はパン屋と。もう二度と言わないからね。)に戻り、以降のイベントと確認し、予算の計算、これからの侵略場所の検討を行った。

えーっと……10時か……そろそろ帰ろうかな。

そして、魔王城の番人兼パン屋のコックにさよならを告げ帰宅した。

我が家に到着。

「ただいま。……ってもう寝ている時間か。」

ただいま12時前、ウチの家庭は早寝である為、稔を除く全員が11時までには寝ている。……はずなのだが。

まだ、とある一室の電気が点いている。

ーーー妹、恵那の部屋だ。

何か話し声が聞こえる。母と恵那だろうか。

生憎、稔が帰ってきていることには気が付いていないようだ。

せっかくなのでドアの前で耳をそばだてることにした。

ドアの前で『インビジブルモード』を行う。

「……」

聞こえるが、少し声が小さいので一応『コレクション』で音を収集する。

うん、だいぶ聞こえるようになった。

「放任主義の私が言うのもなんなんだけど…本当にその道でいいの?後悔しない?」

「うん、もう決めたんだ。絶対になるって。」

「危険なのよ?死んでしまうかもしれないのよ?」

「そんなことはわかっているよ…だから、死んでしまっても文句はないし、死ぬつもりもない。」

「……そう。稔と同じで、娘を危険な目に合わせたくはないんだけれど…そこまで言われたらね。」

「心配かけてごめんなさい。」

「まあ、こっちが勝手に心配してるだけだけどね。」

ふんふん、イイハナシダナー 、っと失礼。

「実はというとね、私も元勇者だったのよ。まだ、あんまり存在が公認されていない頃のね。パパにはまだ内緒なの。」

「えっ、本当!?」

恵那の驚いた声が聞こえる。

(っていうか、俺も驚いたわ!母が元勇者とか、新発覚にもほどがあるぞ!)

「ちょっと話が逸れるけど、私とパパが結婚した理由って知ってる?」

恵那は何も返事しない。きっとかぶりを振っているのだろう。

「パパは、私と知り合ったのは大学生になってからだと思っているけどね、実は中学生の時に会った事があるんだ。その時、パパが悪魔に追われていてね。まあ、下級悪魔だけど。で、私はそれを助けてあげたのよ。そしたらね、パパの憧れの人が私になっちゃったのよ。今でも憧れているらしくてね。私と結婚したのはその憧れの人と似ているのもあるからって…同一人物なのにね。でも、パパ、律儀な人でね。まだ、その人の事が忘れられないって。もー、内心超ニヤニヤよ。」

普通、人の惚気話なんてきいていられたもんじゃない。

だからだろうか、恵那の声が聞こえてこない。

「まあ、そんなことはどうでもいいんだけど、。とりあえず、いざとなったら助けに行ってあげるから。私、こう見えても腕が立つのよ?」

知らんわ!んなこと。日常的に運動不足のあんたからはしんじられんわ。

特に、稔が聞くべき話でもなさそうだったので、自室へ向かった。

自室に入ると荷物を置いて、着替え、そのまま机の前に座る。シャワーは魔王城で既に済ましてある。

「ふう〜、やっと自分の時間ができた。」

現在は午後11時半、十分真夜中だがこんな時間に寝るほど稔は規則的な生活を送ってはいない。

これからが稔のフリータイムなのだ。

最新機種のPCを開き、電源を入れる。

このご時世、PCは型遅れだと言われているが一番安定した性能を誇っている。

なにしろ書類作りがしやすいし、接続が一番速い。それと……タイピング音が何気なく心地よい。

画面に検索場面とニューストピックが表示される。

稔はまずニュース欄を閲覧する。一時間単位で追加される為、新鮮な情報が得られる。

スクロールしていく。

^_^ーーーー^o^オワタ!

し、失礼。

その中で気になるタイトルを見つける。

『深夜の路地裏に宙に浮かぶ黒い物体』

「なんだろ、これ…」

カーソルを動かしてダブルクリックする。

それはスレだった。

誰かが話題提起しそれに対して書き込みを行っていくというもの。

1 なあ、昨日にさ、帰り道を歩いていたら変な黒い物体が浮いていたんだが…


2 お前の目が終わったんじゃねーか?眼科行けよ。


3 上に同意。速やかに眼科に行くことをお勧めする。


1 いやいや見間違いじゃないって…本当に見たし、俺の視力は2.0あるぞ〜


4 視力と見えかたは別の話。


5 幻覚じゃねえの?もしや、ドラックか?


6 まずい、早く警察を呼ばないと…


7 お前ら……そう弄るのやめてあげろよ。


誰もが信じていないようだった。暇だったので稔も参加する。

8 どんなやつだった?時間帯と場所と状況を詳しく説明してくれ。


1 おお、やっとマジレスするやつが出てきた。

えっとだな、時間は夜中の1時で、場所は帰り道の路地裏でも電灯がそこそこあって、、周りには誰もいなくて、歩いていると前方10メートルぐらいのところに黒い物体が浮いていたんだ。そして、俺が近づくと逃げていって、角を曲がったら何もいなくなっていた。


2 猫じゃねえの?


1 宙に浮いているっていったろ……


3 空飛ぶ猫…


5 アイ キャット フライ ってな。


6 地味にワロタ


そんななか……


9 俺もそれ見たことある。


1 ええ!君も?


2 マジか……



…………飽きたな…

まぁ、どうせ精霊とかその類だろう。

それよりゲーム作成がしたくなってきた。

ここ1年ほど続けているが想定した設定が多すぎたのか一向に終わる気配がしない。

カチャカチャカチャカチャカチャカチャ

カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ……………………………………

……あ、もう1時だ。寝よう。


朝、5時。

四時間睡眠。人によっては少ないと感じる人もいるかもしれないが稔には十分だ。

朝には特別にやる事がある。魔法の練習だ。

いつも、線路の高架下でしている。ここは人目につかない。結構重宝している練習場所だ。

顔と歯を磨いて外着へ着替えて一階へ降りると…いつもは誰も起きていないはずなのだが、母と妹がいた。

「あれ、どうしたの稔?もう起きてたの?」

「お兄ちゃんは朝早いよね〜」

母と妹も外着に着替えている。

「ん、おはよ。」

そのまま玄関へ向かい出て行こうとすると、

「ちょっと稔、どこ行くのよ?」

散歩とだけ短く答えて出ていった。


近くの高架下

魔法の練習は主に5つ。

まず基本魔術のコントロール、その次は上級魔術、そして魔術の多重展開、そして魔術合成、最後に禁術、といきたいところだが流石に危険なので新しい術式の練習。


基本魔術のコントロールは、いきなり魔術を展開するのではなく、まず魔力の調整をする。体内の魔力コアの出力を調整するということだ。これが割とできない魔法士が多い。だが、それでは威力が安定しなく、魔術展開にムラやラグが生じる。

それができたら基本魔術展開に移る。

基本魔術とはいわゆる火を出すとか水を出すとかそういうやつだ。威力は小規模から、人に見つからない位まで規模をあげている。基本魔術とはいえ疎かにしてはいけない。見つからない位でも威力は上級魔術に劣らない。


その次、上級魔術。

例えば、ただ炎を出すだけではなく、その炎で剣を複製したり、盾を複製したり。爆発魔術もこの部類に入るのだが、これは音で人に気づかれる可能性があるため今はしない。


次、同時多重魔術展開。

その名の通りいくつもの魔術を同時展開する。

まず二つから、そして3つ、4、5、6……そして20

本当は50つ位までできるのだが時間がもったいない。


それらを終えると次は魔術合成。

これは結構難しい。できるのに一ヶ月もかかった。

普通、炎魔術と水魔術は重なると互いを打ち消し合うのだが、これを上手く合成すると………

なんと、水では消せない炎になります!

消えない炎といえば聞いたことがあるかもしれないが、それは大概炎の出力が激しいだけ。それとは別。炎に水の属性を付与し、絶対に水では消せない炎が出来上がるのだ。

もう一度言う。これは本当に難しい!


最後に新しい魔術の作成。

というよりは発案というか……

最近はある術式にハマっている。

それは……自動型処刑術式。別名『ダルケントタレス』

こ、これは名の通り、発動する事によって自動的に対象を処刑するという……非常に危険な術式だ。何故、禁術指定されていないのかわからない。おそらく、上手く展開出来る人が少ないからだろう。一つ間違えると、対象が自分になってしまい…死。

まぁ、対象が死なないように調整していくつもりだが。

試しにそこらへんにあった折れた大木を対象に指定すると……

稔の近くから膨大な魔力反応がして…

ーーーーバキバキバキバキ…ザクッザクッ…ドカーン!

……爆発してしてしまった。

と、というわけで、威力が調整できていないため実用化はまだしていない。


もう一つある。

……範囲型殲滅術式。『バルバロッサ』

……これは、ある範囲に大規模術式を展開し、そこにいるもの全てを跡形も無く散りにしてしまう術式。爆発魔術とは違う。……もっと残酷だ。

試しにまた持ってきた木を範囲内に置くと……

ザザッ、ザザザザザ、ガシュッ、パラパラ…

………木が粉々になった。

ところで、

先程のがあれば必要ない、と思う者がいるかも知れないが、もし同時展開すればどうなるだろう?

……きっと、楽しいことになるに違いない。


一通り終えると、最終段階に移る。

大袈裟な表現だが、魔術と体術を組み合わせる。

これは魔術展開にかかるモーションを体術で補い、体術の動作の隙を魔術で失くすということだ。

さらに、別の動きをしながら魔術を展開して、集中力や意識の分割の訓練という意味もある。

体術は自作した型を基本とする。それに難度の高い魔術を一つずつ展開していく。

まずはーーーー【ゴスペル】

魔属性の上級魔術だ。黒い波動が稔の突き出した拳から放たれる。

効果は魔属性の毒の波動を受けることによる肉体の内部破壊、魔力や霊力の撹乱。

……我ながら一発目にえげつないと思う。

次、ーーーー『ディアナスラン』

炎魔法と風魔法の合成魔術だ。稔を中心に風が渦巻き、そこに炎が発生する。見た目的には高速で渦巻く炎だ。

これは攻撃にも使えるが主に威嚇。

もし、体術が避けられたり魔術が避けられたりした場合に相手を近づかせないようにする為のもの。

規模を大きくすることによって次の術式の展開をカモフラージュすることもできると、応用がかなり効く。

その次、ーーーー【ルミナリス】

何故かここで召喚魔術。単に召喚魔術には時間がかかるため、なるべく速く展開できるように時々練習しておく。

そして回避をとり、ーーーー『シュレディンガーの刃』

追い打ち用の上級風魔法。鎌鼬の数百倍の威力だ。

そのまま体勢を直し、ーーーー『ビースルオン』

射撃の光魔法だ。電柱くらいの太さの光が発射される。

そして加速のエンチャントを自分に掛け、一瞬で前へ踏み込み、肉体強化付きの右拳。


これからは完全に個人の趣味です。 ペコリ。

ーーーー『ペルソナ』

対象を腐敗させる呪魔法。

ーーーー『デビロン』

相手の精神を支配する呪魔法。

ーーーー『トロイカ』

相手に幻覚をみせる呪魔法。

ーーーー『アルバロ』

受けた相手が一切の回復魔法が効かなくなる呪魔法。

ーーーー『デューゾーン』

相手の魔力をごっそり奪っていく呪魔法。


そして、最後に『サプレッション』

上級爆発魔法だ。思いっきり威力を抑えたが、本気を出せば水素爆発にも劣らないだろう。

ドォォォォォン!パラパラパラパラ…

調子に乗って爆発音を出してしまったため急いで家に帰る。

面倒ごとは嫌なものだ。

爆発現場(?)から離れると普通に歩きだす。

家の近くまで帰ってくると…

キンッ、キンッ、キンキンッ、マダマダー

何かが打ち合わせる音と威勢の良い声が聞こえてきた。

「こんな朝早くに工事か?」

そして家の前までくると声の主がわかった。…妹と母だ。

「キンッ、キンッ」という音は剣打音のようだ。

そして…庭で妹と母が何処から持ってきたのか、大剣を打ち合わせていた。

(いや、恵那は片手剣を両手で持っているのか…)

「何してんの?」

タイミングを見計らって声をかける。

「あっ、稔。帰ってきたんだ。」

母が全く息が荒れていない声で返事する。

それに対し妹の方は…

「ハァハァ……お兄ちゃん…おかえり。」

だいぶ息が荒れている。

おそらく、恵那を『ボロネーズ』に入れるための稽古だろう。

「ふーん。」2人が持っている剣を見比べる。

妹の方は新しく、銀色に輝くステンレスの片手剣。

母のは白い光沢を放ち、柄の部分が金色の両手剣。

魔王業に就いてからちょくちょく剣をみるようになってからある程度の剣の性能が分かるが…

妹が持つ片手剣もそこそこ高価なものだが、母の持っている両手剣はそもそも売り物ではない。

この前、マーヤに連れられて剣の博物館に見に行ったが、こんなものはなかった。

それに…ここら辺の自然魔力(空気中に存在する僅かな魔力)が少ない、のだが、その両手剣の周りだけには魔力が集まっている。

おそらく…魔法剣だろう。

魔法剣とは使用者の魔力を消費し、剣自体が魔術展開の力場となる。

また、切れ味も魔力で修復可能なため衰えることがない。

その他、各魔法剣特有の能力が発揮され、その能力が高いと『魔剣』と呼ばれるようになる。

空が明るくなってきているため分かりずらいが、その両手剣が発光しているように見えるのも気のせいではないだろう。

(元勇者の時に使ってた剣ってやつか…)

「今ね、恵那の稽古をつけているの。ボロネーズに入れるようにね。」

「そうか、まあ無理しない程度に頑張れ。」

そのまま家に入ろうとすると…

「私が剣を使えることについては何もないのね?」

母はこちらを見ながらニヤニヤしている。

(なんだろう…元勇者ということをカミングアウトしたいのか?生憎だがその事は既に昨日に盗み聴きしているのだが…)

「母さんが元勇者だということは知ってる。昨日、丁度帰ってきた時に聞こえた。だから今さら驚かないよ。」

素っ気なく、ありのままに答えると…

「あら、そう…」

少し残念そうに相づちをうった。

(やっぱり驚かせたかったのか?でも、こちらとらもっと煩わしい職に就いているからな…驚きようがないんだよな。)

「そろそろ私達も終わろうか。よし、ご飯にしよう。」

「はーい」

妹が良い返事をし、そして稔の所へ寄ってくる。

「お兄ちゃん、私すごいでしょう?剣振れるんだよ?力持ちなんだよ!」

「すごい、すごい。」

駆け寄ってきた妹の頭を撫でる。

(お兄ちゃんもね、剣を振ったことはあるんだよ。ただね、地面にぶつけてへし折ってしまったんだよ。)

そう、一応剣を振ったことはある。マーヤに勧められて武器屋の1番いい剣を買って地面に打ち付けてみた、そしたら…根っこから剣がへし折れてしまったのだ。別に不良品ではなく、理由がわからず首を傾げていたら、マーヤに…

「力加減が滅茶苦茶ですね。」

と笑われてしまった。

それ以来剣を握ったことはない。


朝食時、

「いっぱい運動をしたあとのご飯は美味しいなー。」

「それは良かったわ〜、ママも久しぶりにこんなに運動したかも。」

妹と母が充実しています感を漂わせている。

何も知らない父にははてなマークが頭の上に出ている。

「ふー、俺も充実したなー。ちょっと疲れたな。」

俺も充実しています感を漂わせようとすると。

「稔は散歩していただけでしよ?そんなに疲れるもんなの?試しに稔も稽古をつけてあげようか?」

「いいねー、お兄ちゃんも一緒にやろうよ。」

いつの間にか俺も誘われていた。だが、断る!

剣は二度と振らないと決めたのだ。

「お兄ちゃんは遠慮しておくよ。そういうの柄じゃないし。」

「えー、一緒にやりたかったなー。」

恵那が寂しそうな声をあげる。

(なんだか罪悪感がこみ上げてきた。だが内情を悟られるわけにはいかないからな。)

「あんた、そんなにチキンだったら兄妹ゲンカでこてんぱんにされるよ?」

「いいよ、恵那に身を委ねるから。」

なんと言われようと、妹LOVE!妹イズBest!

「親の前でシスコンぷりを発揮しないでくれるかな…」

いつもより早い朝食はちょっと賑やかだった。


学校、

休み時間になると、隣のクラスの優希がお弁当を片手にやってきた。

「ねえねえ、どうなったの?恵那ちゃん。」

ワクワクした感じで尋ねてくる。

「ああ、3週間後にはボロネーズの入団テストだ。倍率は10.24倍。だいぶ厳しいな。」

基本的に優希はいつも休み時間になると俺の所へやってくる。

今日は妹の現状報告といったところか

「母が妹に剣で稽古つけてる。そしてなんと母が元勇者だった。」

そう、1番予想外な事は母の元勇者発覚だ。

だが優希は全く動じずに言った。

「へー、やっぱり知らなかったんだ。」

「はあ?お前、知ってたのか?なんでおしえてくれなかった?」

息子が知らない話を友人が知っている。とても愉快な話だ。

「まあ、知らなくても無理ないけど。香織さんが勇者かだったのは10年以上前の話だ。いわゆる『ホンモノの勇者』ってやつだね。僕が知っていたのも諜報業に就いているからだし。」

優希はしたり顔で言う。

「でもなー、知っていたんなら教えてくれても良かったのに…」

稔がそう言うと、優希は少しふくれっ面になって反論する。

「わかってないなー、君は。それだと今の仕事に就いていないだろう?」

勇者と魔王は敵対する存在だ。

もし知っていたら、家族で対立するような事は避けるだろう。そんな俺を気遣ってのことらしい。

「気をつけてね。」

突然優希が真面目な顔になる。

「……なにがだ。」

いきなり真面目になったことに驚きながら尋ねると。

「香織さんのことだよ。」

「母さんが?それがどうした。」

(ウチの母がどうかしたのだろうか?)

「 香織さんは、勇者時代はその世界では結構有名だったんだよ。上級悪魔や魔王の単独討伐にも成功していてね。勇者界では注目の的であり、華であったらしい。」

優希が記憶をたどりながら説明する。

「あの万年運動不足がか?」

(いつもテレビの前でポテチを片手に寝そべっている絵しか想像できないあの母がか?)

「いやいや、本当にすごいよ。勇者の大型パーティを壊滅させた魔王相手にジャージで一人で立ち向かい、そして勝利。悪魔ではベルゼビュート、アスタロト、テューポーンと戦い引き分けたとか…。」

稔は椅子からずり落ちた。

「はあ?ベルゼビュート?アスタロト?テューポーン?揃いに揃って第1級の大悪魔ばっかじゃないか。何い?それと引き分けただとぉ?」

みなさん、お馴染みの大悪魔様達です。

稔は椅子に座り直す。

「はあー、そんなに強かったのか…俺の母親。」

これほどまでにお強い方に今まで気軽に反抗していたのか…。我ながら命知らず。

「まぁ、最後のは尾びれかもしれないけど…。んで、そんな彼女に敬意を表して『プリンセス・カリューシャ』と呼ばれていたらしい。いわゆる異名ってやつかな。そんなこんなで君のお母さん、色々とエグい人なの。もし、君が魔王だということを知った日には……ね?」

優希はニッコリと笑みを浮かべる。

「あ、ああ。言われなくてもぜーったいにバレないぞー!うん、わかってるよー。あはは…」

「うん、そのとーり!恵那ちゃんを見守るにしても正体がバレたら元も子もないからね〜。そこんところしっかりと押さえておくんだよー?」

「ああ、分かったから…取り敢えず、弁当食べよう。」

「おっと、そうだね。」

やっと弁当のふたを開ける。

真面目な話が終わり、向かい合って弁当を食べていると2人の女子がやってきた。

(確か…竜堂美鈴と八戸夏乃だったか…)

2人は近づいてくると…

「藤咲君と小鳥遊さん、いつも仲良いよね。もしかして付き合ってる?」

「こ、こら!そういうことは本人の前で言っちゃダメだってば。」

竜堂が八戸をたしなめる。

竜堂美鈴は背が低く、髪型はショートでたれ目なところが猫っぽいが、他の奴らからすれば全体的に猫っぽい、という人だ。

それに対し、八戸夏乃は背が高めで、髪型はロングのいわゆる清純系女子というやつだ。

2人は優希とはそこそこ話す関係ではあるが、そこまで仲が良いというわけではなかったはず。なのだが、2人は気心が知れた仲のように接してくる。

それも、コイバナときた。

「それは恋人同士か、ということかい?」

優希は八戸に言葉の真意を尋ねる。

それに対し、八戸は頷くのを見て優希は答えた。

「僕と稔は付き合っていないよ。ただの腐れ縁というやつだね。」

だが、八戸は信じていないようで…

「えー、本当?あやしいなー。真っ向から否定するところがますますあやしいなー。」

…と顔を近づけてくる始末だ。

そして稔は…

「いや、腐ってないと思うよ。むしろ清潔な関係だと思うけど?」

俺がそう言うと、優希は呆れたようにため息を吐いた。

「誰も発酵しているなんて言ってないよね?どうして君は『腐っている』だけでBLを思い浮かべるのかなぁ?」

「えっ、違うの?」

「いや、全然違うから。」

稔と優希のやり取りを見て竜堂と八戸ははらを抱えて笑った。

「あはは…でも小鳥遊さんって美少年みたいな顔してるよねー。髪型もボブだし?」

確かに八戸の言う通りだ。

優希はとても中性的な顔立ちをしている。もちろん性別は女だが、口調も男っぽいし、一人称も『僕』だ。

「やめてくれよ、これでも少しは気にしているんだ。そのせいで両方の性から告白されるんだ…」

優希は困ったような声を出す。

「もちろん『そのせい』と『両方の性』の『せい』を掛けているんだよな?」

「うるさい!」

優希が頭を抱える。

優希は小学校の頃が最も男っぽく、みんなからは優希君と呼ばれ、告白してくるのは全て女子だった。

中学生になってからやっと女の子らしさが出てきて男にも告白されるようにもなったが、高校生になった今でも告白してくる女子は絶えない。

たいがい……

「優希先輩の男らしさに惚れました!」

とか、

「先輩の抱き枕にして下さい!」

や、

「男はみんな獣です!これからは百合の時代です!」

などなど…………最後のはちょっと違うか…

「まぁ、私から言わせてもらうと、小鳥遊は美少女であり、美少年だからにゃー。」

八戸もうんうんと頷く。

「モテる女は羨ましいねー」

「羨ましいねー」

「ねー」と2人は同調する。

「でも、よく告白される割には色恋沙汰の噂はあんまり聞かないよねー。」

「確かにー」

2人の同調現象はまだまだ続く。

「藤咲君と小鳥遊さんは幼なじみでしょ?」

「ああ、そうだね。幼稚園の頃からだね。」

2人のニンマリ度はさらに増す。

「小鳥遊さんが数々の告白を断ってきたのもそこの幼なじみが理由かなー?」

「かなー?」

2人のニンマリ度が最骨頂に達した!

だが優希は落ち着きを取りはらったまんまだ。

「つまり……君達は、この僕が稔のことを気にかけていると言いたいのかい?」

優希は右手で頭をポリポリ掻きながら尋ねる。

「そういうこと!」

「そういうこと!」

2人のがさらに顔を近づけてきた。余程興味があるのだろう。

優希は「あーなるほどね」と目を閉じながら呟く。

そして目を開き……

ーーーそうだよ。僕は稔のことを誰よりも気にかけているーーー

時間が止まったような気がした。

一番初めに口を開いたのは優希だ。

「ただし、性的な意味ではない。それ以上だよ。」

「恋というものは、一種の心の病気だ。いつかは冷める。僕の稔に対する思いはそんなに軽くないし、病気扱いされては困るね。」

「つまり……家族的意味合いで気にかけているということ?」

やっとの事で八戸が口を開いた。

「まあ、そういうことになるな。」

優希は目を閉じてふっ、と笑う。

「らしいよ、藤咲君、気づいてた?」

「いや……全く。」

稔の言葉を聞き、優希はまたふっ、と笑う。

「気づいていないだろうね。妹のことしか頭にない男だから。」

「ちょっと、言い方ってもんが……いや、間違っていないけれども…むしろ正しいけど。」


「逆に聞くが、君達には気になる異性はいるのかい?」

優希が2人に話を振る。

「あたしはまだいないかなー。見ている方が好きだし。あたしミーハーだし。」

八戸は、たはっ、と苦笑いをする。

「美鈴はどう?いる?」

八戸が美鈴に話を振る。

「うーん、私もいないかなー。んー、強いて言うなら…お兄ちゃん?」

ここにブラコンがいたようだ。

「あー、そういえば美鈴ってば、お兄ちゃん子だったね〜。確か今は国公立大学の1年生でしょ?いいなー、エリートな兄って。色々と頼りになるし。」

「うん、勉強はもちろん、休日は一緒にあそんでくれるし、一緒に寝てくれるし……でも彼女さんいるしなー、その人もとっても優しいだけどね。」

美鈴は寂しそうに笑う。

「その彼女さんと同棲しているんでしょ?」

「うん、お兄ちゃん、夜までしているから一緒に晩ご飯作ったりしてるよ。お姉ちゃんという感じだよ。もう家族の一員だね。

等々、龍堂家の内情へと話題は移り変わった。

ところで、優姫に先ほどの真意を尋ねてみても「ああ、するしかなかったんだ。わかるだろ。」と結局、はぐらかされた。


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