第89話 天使の子守歌 sideイグニス
【注意】すみません、前半暗い話です。
読み飛ばしても本編に影響はありません。
よろしくおねがいたします。
ものすごい悪夢にうなされる。
どこからか歌声がきこえた。
◇
「いて、いてて……」
ベッドで目を覚ます。
耳に感じる違和感。
すぐそばで少女がガジガジ耳をかんでいる。
「……。」
「んぐんぐ」
「…………おい、いい加減にしろよ」
耳に咬みつく少女を引きはがす。
「起きろ! この花畑ルーシアっ!」
「ふぇ? ごはん?」
がばっ
寝ぼけてとび起きる姉弟子。
ごはんじゃねぇよ、ごはんじゃ。
うわぁっよだれが耳にっ!?
こいつ、また勝手にベッドに。
しかも、また耳にかじりついて……!
「イグニス、おはよー?」
「……。」
ふああっと背のびしながら大きなあくびをしてる。
耳を袖口で拭きながら冷めた目で姉弟子をみた。
ゴシゴシゴシ……。
たしか夢でこいつがでてきたな。
なぜか巨大化して、天使みたいにほほ笑んで。
そしてオレを喰いやがった……!
ひさびさにあの夢にうなされたが。
おかげでふっとんだぜ。
「おはよー! ったく……寝相わるすぎぃ」
「びゃっ!?」
ばさっ
頭にきたからすかさず毛布をあたまにかぶせる。
ベッドから抜けだして、部屋をでた。
◇
――食堂にふりそそぐ光の中。
大魔女さまと勇者の2人がのんびり茶を嗜んでいる。
「お師匠さまっルーシアと別々の部屋にして下さい! アイツまじで寝相わる過ぎなんです!」
「おやおや、またかまれたのかい?」
オレは思わずバッと耳に手をあてて真っ赤になった。
「ふふふっ」
大魔女さまと、竜殺しの勇者が大笑いした。
わ、笑いごとじゃないんですがっ
「もう子どもじゃないんです! ベッドもせまいし……」
「そうだねぇ。お前、最近急に大きくなったからね。配慮が足らずごめんよ」
「……はい、オレも成長しましたから」
ブハッ
また竜殺しの勇者が大笑いした。
今度はお茶まで吹きだしてる。
いったい何がそんなに可笑しいんだ?
とにかく、いっしょうけんめいおねがいした。
◇
「ええ〜!? イグニスとべつべつ!?」
「そうだぞ、今夜から別々だ。空いている部屋に眠るんだ」
何度か泊まりにくる中、やっと個別部屋に泊まれるコトにオレはよろこんでいた。
そういえば?
オズ兄ぃが泊まる時はこいつの部屋じゃなく
宿屋の空き部屋と言っていたような?
「……?」
まさか掃除とか管理めんどいから。
ルーシアの部屋に押し込んでたんじゃあ……。
いや、いやいやいやまさかな。
オレは心で頭をふった。
「わたし、おねえちゃん」
「は?」
「おねぇちゃんだから、いっしょに眠る〜」
いや、だからおねぇちゃんじゃねぇって。
「あのなぁ、ただの弟子同士だって。何度もいってるだろ〜? そんなにさみしいなら勇者や大魔女さまといっしょにねんねしなって」
「……。」
まったく。
くいさがるからやや強めに言うしかない。
「じゃーな、また明日な。おやすみー♪」
バタンッ
ふにおちない、ふまん顔の姉弟子をおいて
荷物をまとめてさっさと部屋からでた。
はぁ、ようやくかよー。
この宿泊宿、すげぇ好きなんだけどな。
夜アイツといっしょに眠るのだけがなー。
あったかくてイイけど。なんかこそばゆいし。
……いつも耳かんでくるし。
いったいなんなんだ。
勇者も大魔女さまもとめないしなー。
耳に手をあてさすった。
◇
「うううっ」
悪夢にうなされる。
影がしのびよってとりかこまれた。
耳もとで歌われる黒い呪い。
『いいこいいこ、ねんねんこ』
背中をなでる天使の歌声がきこえる。
影はいつのまにか、去った。
「…………やられた」
朝の光のなか、ベッドでうめいた。
腕にしがみついてルーシアが眠っていた。耳を齧りながら。
◇
――――ある日の昼下がり。
ダンジョン近くの森へとむかった。
大魔女様と竜殺しの勇者がでかけていて
今日は夜まで帰って来ない。
オレのそばには姉弟弟子の少女。
「……。」
こいつは大魔女様の弟子のくせに、魔法をほとんどみたことがないらしい。
なんだそれ?
……まぁ、たしかに。
あの宿屋、魔法が特別なコトがない限りは禁止されている。
街の娘だって、村人だって。
魔法ぐらいふつうに見たことあるぞ?
箱入り娘にもほどがあるだろ。
『大魔女様』も『竜殺しの勇者』も、こいつを甘やかし過ぎじゃないのか?
オズ兄ぃも……。
……きびしいけれどこいつに態度がすこし甘い。
森を見渡してルーシアが手をひろげて笑う。
「わーい♪」
「ルー姉ぇ、楽しいか?」
「うんうん〜♪イグニス」
ダンジョン近くの川のほとり。
オレたちのまえにモンスターがあらわれた。
ぽよぽよはねているスライムだ。
お!? ちょうどイイ獲物はっけーん。
「よーし、みてろよ」
魔杖を取りだしかまえる。
これは携帯用のちいさい杖だ。
大した魔法は使えないけど、持ち運びにかさばらないから良い。
……あと、ふつうにふだん使ってる魔杖だと、魔力残留でバレると困るし、大魔女さまとオズワルド兄さまを相手に……用心にこしたコトはない。
「あ、ダメ!」
「へ?」
「むやみに倒したらダメ」
「〜〜〜!?」
こ、こいつはどんだけ箱入りなんだ!?
「おまっ、ドラゴン肉とか食うくせに!」
「食べるためのは、良いの。遊んだりして倒すのはダメだよ〜?」
ね? っと少女にひとさし指を立てにしつつ諭される。
おねぇちゃんぶるのはヤメろ。
「わかったわかったー!」
まったく面倒いヤツだ。
だがしかし、倒したの見て泣かれたり気絶されても困るしなー。
「火球!」
ぽよぽよはねているスライムのちかくに、杖先からちいさな炎の玉を地面にあてる。
ぼーん。
ぽよぽよぽよっ
スライムが驚いて、あわててぽよぽよしながらダンジョンへとはいっていく。
「わぁぁあ♪ すごーい!」
ぱちぱちぱちぱちっ
姉弟子が大喜びで手をたたいてよろこんだ。
オレはなんだかうれしい。
ざばっ かきーん キラキラ〜
いくつか魔法を繰りだした。
苦手だけど水や氷、光、初級だけなら一通りはできる。
「どーだ?」
くるくると魔杖をまわす。
「イグニスすごい!」
「すごいだろ〜?」
「うんうん〜♪ おねぇちゃんうれしい♪」
いや、だからおねぇちゃんじゃないって。
……まぁ、うれしそうだし突っ込まないでいてやるか。
「いいな〜♪……わたしも、魔法使えたらいいのに」
おもわずこぼれた言葉。
きらきら笑顔、うれしそうなのに。
すこしかなしそうな顔をしてる。
「うん、そうだな」
いっしょに川のほとりを眺めながらオレも呟いた。
―――素質があったのなら……。
いっしょに魔法を学んだりもっと楽しいかもしれない。
「わたしだけ魔法が使えないなんて……」
しゅんとなる少女。
大魔女様の、魔法を使えない魔法使いの変な弟子。
「あのなぁ……いいか? 大魔女様から魔法薬を習ってるってだけでもすごいんだぞ?」
「……。」
「魔法薬だって魔法とおなじくらいすごいんだ。体を回復させたり強くしたりしてさ……ほら、まるで魔法みたいじゃないか?」
「……!」
「もっといろんなこと、いっしょに学んでいこーぜ?」
「……イグニスぅ」
ん?
ルー姉ぇの様子が……?
ぶるぶるふるえてる?
「わああああぁぁん」
「うわっ」
な、なんなんだ?
やっちまった……。
はげましたつもりだったんだが、何がいけなかったんだ??
ヤバい〜かなりまずいぞっ
泣かしたとあっては師匠とオズ兄ぃが……こ、こわい。
「ほらほら、泣くなよ〜」
「びぇぇぇぇっ」
大声で泣いている、これはヒドい。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった天使もどきにため息つく。
はぁ……。
魔法が使えないことが、そんなにもイヤなのか?
……いや、不安なのか?
オレとオズ兄ぃだけ魔法が使えるからって……。
ムダに引け目とか感じてんのかな?
「……。」
こいつホントお花畑なやつ。
そんなんでオレやオズ兄ぃがルー姉ぇのコト、
キライになるわけないのに。
「おい、ちゃんときけ」
「ひっぐっ」
オレは泣いている姉弟子にしっかりと目をみて話す。
「あのな?……魔法が使えなくたって、そんなのは関係ねぇっ……オレたちはおなじ大魔女さまの……魔法使いの弟子なんだからなっ」
「……っ!」
「わかったか?」
「い、いぐにず〜っ!!」
「わっ!」
がばっ
「うわああああぁぁん」
少女がふたたび泣きながら抱きついた。
こ、こいつまた泣きはじめたっ⁉ なんで胸に……? え? おいっ涙と鼻水でべしょべしょだぞっ⁉ シャツに拭くな拭くな! すかさず鼻までかむな! 師匠ぉぉ! オズ兄ぃぃ助けてくれぇぇ!
「ルーシアぁぁ〜!」
「うん、私も魔法使いの弟子♪」
「……ははっ!」
オレは笑って、涙でぬれた天使も笑った。
◇
ながれる雲を見上げた。
「だいぶ日も傾いたし、そろそろ帰るか」
「うん〜♪」
泣きやんだ姉弟子と2人いっしょに歩きはじめる。
早めに『竜のあくび亭』にかえろう。
勝手に連れだしてるし……。
やはり用心にこしたことはないからなー。
「楽しかったか? ルー姉ぇ?」
「うんうん♪ すごーく楽しかった〜♪」
「はははっ」
「ありがとーイグニス♪」
うれしそうに笑ってる。
いつのまにか、つないだ手。
まぁ、仕方ないか。はぐれても……困るし。
「またこっそり遊びに来ようぜ〜?」
「うん♪」
森をふりかえりながら2人で笑う。
ん?
なにかひんやりするな?
前をむいたら魔杖を手にした兄弟子が立っていた。
「うわぁあああっ」
「ひぇぇっ」
オズ兄ぃぃぃぃっ!?
な、なんでこんなところにっ!?
って、やべぇぇっかなり眉間に皺を刻んでるっ。
「ふたりとも……探したぞ……」
仄暗い氷のような視線にたじろぐ。
こわいこわいこわいっ。
「ずいぶん遠くへとでかけたようだな?」
「ど、どどどうして……ここに」
スッとむけられた視線。
オレの持ち出した魔杖? しまった探知魔法か!?
なにか杖に仕込まれてたみたいだ。
「大魔女さまと勇者が留守にすると……連絡がきた」
「あっ……!」
もしかして心配して魔術協会から飛んできたのか?
制服のローブ姿のままだし。
いや、距離的におかしいですよ。兄弟子さま。
それで『竜のあくび亭』にいないから探しに……。
やべぇ、タイミングわるすぎだ。
「えっと、オズ兄ぃ?」
「……。」
って、かなりおこってる?
ひぃぃっものすげぇ無言でにらんで怖ぇぇぇっ!
「ご、ごめんオズ兄ぃ、ルー姉ぇに魔法みせたくて……」
「うんうん、魔法すごかったー!……ごめんなさい?」
「…………無事なら、それでいい」
眉間に皺をよせながら、ちいさくため息をつく。
「ルー? これはどうした」
少女の前にかがみこんで頬にふれた。
「うん、イグニスとね。いっぱいお話ししたから」
「……泣いたのか?」
「うん、いっぱい泣いちゃった。えへへ♪」
「〜〜〜っ!?」
えへへじゃねぇっ!
冷や汗だらだらで怖くて顔がみれない。
オレはわるくねーはずだが、泣かせたのは事実だ。
「わたしも、おなじ魔法使いの弟子だって〜♪」
オズ兄ぃがうなずいて、オレの頭に手をのばす。
思わず目を閉じてビクッと身構える。
なでなでなで〜
無言で頭をなでられた。
「……っ!?」
なんだこれ? なんでほめられたんだ?
「帰るぞ」
さっとルーシアを抱きあげた。
ぐ〜きゅるる〜。
「あっ」
「……。」
「……。」
空気をよまずに姉弟子の腹がなる。
「おいっ勇者の作ったおにぎり食べたばっかだろー?」
「えへへっ♪」
うれしそうにテレながら笑ってる。
意味がわからねぇ。
ん?
ルー姉ぇと魔杖を抱えながら、オレに手をさしのべる。
「オズ兄ぃ?」
「……。」
むけられた氷の瞳。
そわっとしながらも、それをつかんだ。
つめたい手でオレたちをひいて歩きだす。
「あっオズお兄さま〜アレがたべたいです」
「……パンケーキか? わかった」
「わぁぁい、やった〜♪」
なんだよこの会話は。
やっぱりオズ兄ぃはコイツに甘い。
いや、かなり甘すぎ。
さっきまであんなに泣いてたルー姉ぇ。
おやつの話で、もう満面の笑顔かよ。
まぁ、だけど……。
オズ兄ぃの焼くパンケーキはうめぇんだよな〜。
なら、仕方ねーか。
「イグニスよりもいっぱい食べれるよ〜♪」
「ははっ、なんだそれっまけねーぞ?」
「あはは♪」
笑いながらいいあうオレとルー姉ぇ。
兄弟子の目元がすこしだけゆるんだような気がした。
今日はルー姉ぇに魔法もみせてあげられたし。
こうして弟子3人がそろったし。
まぁ、わるくない1日だ。
3人でいっしょに『竜のあくび亭』へとかえった。