第68話 ギルドの受付係② 赤ずきんと回復薬
――昼下がり。
《冒険者ギルド》の忙しさはピークに達した。
早朝からダンジョンへ行って、そのまま来る冒険者パーティー。ちょっと遅めに起きて来るモノ。昼食後クエスト受けに来る冒険者たち。
「……。」
この時間の利用をなるべくさけるようにと、冒険者の方たちへご協力を願ってもこの事態だ。
ギルドの1番端の受付カウンター席で思わずため息をつきそうになる。
ああ、今日は忙しい上に、先輩方が3人も休んでしまって色々と負担がかかってる。……よくない事態はこうも重なるモノなのか……。
とりあえず気を取り直す。
次の案内、クエストのボードを確認した。
案内板に番号が表示されて、トコトコと女の子がやって来た。
え?
赤ずきんがバスケットをかかえて。
吹き抜けからの風が金色の髪をなびかせてる。
森でキノコを採取してたり、街でおつかいに出かけそうな出で立ちだ。
あまりにも冒険者ギルドに場違い。
少女に思わず絶句した。
え? いや、僕と同じくらい……なのかな?
絵本からとびだしたような少女に戸惑う。
ああ、いけない。見た目で判断するなんて。偏見で見るのはよくないコトだ。
異種族で少年や少女に見えても、中身は長老みたいな方々は存在する。場違い感は拭えずともいつもの対応で仕事をした。
「だいぶお待たせしました。シア様でよろしいでしょうか?」
「は、はい」
わたわたとあわてて身分証明書を差し出した。
だいぶ緊張してるみたいだ。
身分証のカードを確認する。
魔道具の魔法陣が描かれた身分証板にのせた。
子どもかと思ったらちゃんと16歳。
仮成人の15歳を超えて大人だ。あと……僕より歳上なんだ。
とりあえずホッとした。
やはり人は見かけで判断するのはよくない。
ギルドの依頼クエストも続けて確認する。
ああ、これは……。
受付書にある回復薬の依頼。
そして該当クエストは――《なし》
「……。」
……たまによくある事態だ。
ギルドからのクエストでも期限や納品、取り下げ色々とある。
この方が受けたクエストはどちらにせよ……もう存在しない……。
「ギルドからの依頼品との事ですが、現在ギルドからの依頼で、該当するクエストが見つかっておりません」
「ええ!? そうなんですか?」
目を見開いてかなりびっくりしてる。
――該当クエストなし。
毎回この事を利用者に伝えるのは仕事の業務とはいえつらい場面だ。
そのまま少しうつむいて、ちょっと落ち込んでる。ああ、きっと頑張って回復薬を作ったのかな……?
こんな事態がおこった対処法のマニュアルを読み上げた。
「よろしければ、品物によってはギルドの方で買物のサービスもおこなっております。いかが致しましょうか?」
パッと顔をあげて少女が喜んだ。
「ホントですか? せっかくなので買取いただけると、うれしいです」
「……っ」
び、びっくりした。
まるで天使か妖精みたいだ……。
……この方、ホントに絵本から出てきたんじゃないよね?
ハッ。
今は仕事中。しっかりしないと。
「では、こちらに品物を見せて頂けるでしょうか?」
「は、はは、はい!」
目の前の少女。――シアさんが、籠から回復薬をだした。小さな小瓶を赤と黒のトレイにふるえる手でそっと丁寧に置いた。
……ふるえてだいぶ緊張してる。
僕が言うのもなんだけどかなり初々しいなぁ。
とりあえず布で瓶を取り中身を確認した。
「……っ!?」
透明な瓶の中を淡い光がくるくるとまわりながら光を放ってる。
え?
なに、これ……?
か、回復薬?
見たことないタイプだ。
まだまだ仕事について3ヶ月。
こんなモノもあるんだな。
……とりあえずどちらにせよ回復薬や魔法薬の類は後方で確認しなければならない。
「中身の内容確認を致しますので、少々お待ち下さい」
「は、はい」
席を立ち後ろの作業台へと向う。
受付カウンターの後ろは立ち机が並び、数人の人達が検証や鑑定を行う作業場がある。
トレイを机に置いて声をかけた。
「先輩、回復薬の鑑定をお願いしたいのですが……」
「オッケー?、回復薬ね……って、なんじゃこりゃっ⁉」
瓶を手にして驚愕してる。
のけぞった体で回復薬から目を逸らさず姿勢を正しながら呟いた。
「こいつはすごい……こんなところでお目にかかるとは……」
「せ、先輩……?」
回復薬の光を見つめながら先輩が狂気にみちた目で恍惚な顔を浮かべてる。
おかしい。
つい先ほどまではまだヒト族をたもっていた先輩が、まるで残業中のアンデッド族になっている顔みたいだ。
「あははっスッゲェっやっべぇ」
ケタケタ笑いながら回復薬?を鑑定している。
めずらしい回復薬に歓喜しているのか、あるいは仕事しすぎておかしくなったのか判断がつきにくい。
「それで、あの……買取の有無や値段は」
「無理。コレには値段はつけられねぇな」
「そんな……」
先輩があんなに喜々として鑑定してたのに買取不可なんて……。思わせぶりにも程がある。高額買取なら利用者――シアさんにとって良いコトだと喜んだのに。
「まて、勘違いするなよヘーゼル? 値段がつけられねぇくらいの回復薬だ……それも2本とも」
「……っ!?」
「まずいな……専門職員も休みだしー?」
ガタッ
「話はきかせてもらった」
「「!?」」
「ま、魔術師ギルド……!」
背後の作業台で仕事を片付けた魔術師が身を乗り出した。
本日、《魔術師ギルド》から臨時スタッフとして応援にかけつけた方だ。
「私にも多少の心得はある。コチラの回復薬を……な、なんだとっ⁉」
回復薬をみて驚愕している。
眼鏡をかけ直して何度も瓶を揺らしたり確認する。
「どーお? 値段、無理なヤツじゃない?」
「こここっコレは……たしかに」
「はえー、すげぇッスね」
「盗賊ギルド⁉ いつの間に?」
「へへっそりゃあもう、こんだけ騒いでたらまず飛び込まなきゃッスからねぇ。アレまーホント凄い」
同じく《盗賊ギルド》から来た臨時スタッフが身を乗りだした。
――盗賊といっても奪う方ではなくダンジョンの罠解除などが専門のギルドだ。名前が多少ややこしいため冒険者ギルドが管轄し同じ敷地内にある。
「あの……とりあえず買取の有無や値段は……」
話の目処が見えない。
シアさんを待たせている以上、とりあえずどうするか確認したくて再度質問した。
「ふむ。コレの値段は言い値かな?」
「えっ」
「あー、ソレだ! それしかない」
魔術師ギルドの提案にギルドの先輩が賛同した。
だがしかし、それは――。
「先輩、それは特殊な場合を除いては規約違反になります」
「マジでー? 面倒くさいなぁ」
いや、しっかりして下さい先輩。
新人の僕に指摘されてどうするんですか。
心で突っ込みをいれた。
「ならば魔術師ギルドにどうだろう?言い値でも何でも要求に応えるぞ?」
「ははぁ〜ん? 何か横取り感〜」
「何だとっ」
「まだコレは冒険者ギルドの管轄なんでね」
「くっ……たしかにな」
「ってかさ、これ誰が売りに来たのよ?」
「ヘーゼル?」
「えっと、あちらの方です」
「は?」
4人で赤ずきんをみた。
「どうみてもふつうの村娘だな」
「いや、《村娘》がこんなヤバい回復薬売りにこないだろ」
「もとは冒険者ギルドからの依頼とのコトで、持ち込んだクエストアイテムらしいのですが……」
「ギルド依頼? っんなバカな。こんな回復薬の依頼ありえないだろ。直接依頼ならまだしも……」
「そもそもこんなモノ、冒険者ギルドに持ち込む事態おかしいと思いませんか?」
「……たしかに……」
全員が息をのんだ。
該当クエストはナシ。
直接依頼レベルの回復薬。
――そして《村娘》
「……売り子、可能性あると思いますね」
盗賊ギルドの方が声をひそめて囁いた。
「盗品を罪なき子どもに売り捌かせるアレ……ですか」
魔術師ギルドの方が眼鏡に手をあて眉をひそめる。
「どうみてもあれは価値わかってない顔っぽいし」
「そんなっ」
突然の不穏な会話に僕は戦慄した。
「まー念の為、警備隊呼んで事情聴取でもしますかね」
「……それがいいかもしれませんねぇ」
先輩が天井を見ながらやれやれと息を吐いた。魔術師ギルドの方も同意しながらうなずく。
「お、大袈裟すぎませんか」
「犯罪に巻き込まれてる可能性がある……それならば、あの子のためにもちょっと、ね。大丈夫、何もなけりゃすぐ開放するさ」
「……。」
「ヘーゼルとりあえず足止めしとけ。とにかく入手先や人物、道具何かを聞きだせ。……間違いなく売り子ならば……コレに関してありえない返答をする筈だ」
「なら、あっしはひと足先に警備呼んで来ますわ」
盗賊ギルドの方が駆け足でさっそうと飛んでいった。先輩が声をかける。
「大丈夫だ。……局長に話を直ぐにまわしてギルド長にも連絡する。すまないが聴きとりや足止め頼んだぞ」
僕は真っ青になりながらもうなずいた。




