第66話 パンケーキと魔法使い
――ある日の午後、勇者から試練を受けた。
しばらく買物に行ってる間、《バケモノ》のめんどうを見ろと。
『竜のあくび亭』
冒険者を引退した勇者が経営する宿屋。
俺にとってこの場所は、どんなダンジョンよりもおそろしい。
思わず逃げだしたくなる気持ちをおさえる。
ここ数年足をふみいれなかった場所だ。
――重大なクエストがあるからと、勇者から師匠である大魔女さまを通してとつぜん呼びだされた。大魔石の魔杖を手にし、大掛かりな巨大転移魔法陣を何度もくぐり抜けた。
「……。」
目の前には天使のような幼い子ども。
急にポンッと出来た“竜殺しの勇者の孫娘”だ。
勇者が《買物からかえってくる》まで、私がめんどうを見なければならない。
たしかに、重要な試練……任務であるが……。
――子どもは苦手だ。
泣いたと思ったらふるえだす。
どうしたらいいかわからなくなって、観察しているとさらに泣き叫んだり気を失う。……取扱いに困る。が、めったにその状況にはならないため、どうでもよかった。
ガシガシガシガシッ
「ルー、それを食べるな」
ぱしっ
積み木のオモチャを幼児のルーシア――(私はルーと呼んでいる)――が、ガシガシとがんばってたべていたため、とりあげた。
幼い子どもは全力で目を見ひらいて驚いている。
「これは『たべもの』ではない。わかるか?」
つかんだ積み木のオモチャを、指さして話す。
(……幼児は目を見て話すのが良い。と本で読んだのだが……どうだろうか?)
ジッと見つめて観察する。
幼い子はまだ全力で目を見ひらいておどろいている。
「……しかたないな。たべるなよ?」
ぽむっ
オモチャを小さい手の幼児にかえす。
手わたされた積み木のオモチャと私。
ゆっくりとしたうごきで、首をかしげてなんども交互に見ている。
……幼い子どもが、にぱっと笑顔をむけて笑った。
「……。」
無邪気な笑い。胸の奥がすこしわずらわしい。
なぜか、むかし遊んだ妖精たちの笑顔がうかんだ気がした。
ガシガシガシガシッ
ガシガシガシガシッ
幼児がさっそく大きくくちをあけて、オモチャにかじりつく。
必死にたべようとするちいさなバケモノに若干ひいた。
「ルー、だからそれを食べるな!」
ぱしっ
また、すぐ積み木をとりあげた。
また、全力で目を見ひらいておどろいてる。
時間がとまったように、みつめあう。
(…………ダメだ、この様子だとたべるまであきめる気がしない……いや? まてよ……もしかすると腹を空かしているのか?)
「ルー、お腹が空いているのか? 何か持ってくるから、ちゃんと大人しくしておくんだぞ」
コトッ。
手の届かないテーブルへ積み木をおいた。
部屋を後にしてキッチンへむかう。
◇
「……っ!?」
食堂のキッチンで困惑した。
(……腹が空いたら好きなモノを食べても良いと言っていたが、――なんてコトだ……材料しかない。)
頭を抱えてうめいたが、とりあえず冷静になり思案する。
「……しかたないな」
サッと袖をまくり、手を洗う。
(簡単に短時間でできそうなのは、パンケーキくらいか。)
大魔女様、師匠の大好物。
何度も作らされており、それなりには焼くことができる。
さっそく材料を用意して火をかけた。
フライパンを一度熱して粗熱をとる。
パンケーキで一番重要なさぎょうだ。
自分用にも何枚か多めにつくる。
大皿に取りわけて部屋へともどった。
「待たせたな、ルー」
白いカーテンがそよ風でゆれている。
カーペットの床で遊ぶ用の大型キルトマット。
その場所に……幼児が……いない?
「ルー!?……どこに行った!?」
いつの間にか、庭へとつづく大きな窓が開いている。
裏庭から幼い子の笑い声がきこえた。
(あそこか、いつのまにっ)
すぐさま身をのりだして庭へ出ようとした瞬間、
一瞬立ちすくみ、足がふるえる。
……ああっ恐怖で……体が、妖精が……いや、だが……今はっ
頭をふって気をとりなおし、あわててベランダへと飛び出した。
「……っ」
幼い頃に見た美しい庭がそこにあった。
―――精霊たちの庭。
変わらぬ風景に言葉をうしなう。
心が哀愁に満たされ胸がいっぱいになる。
キャッキャッ♪
笑い声の主は庭の中心にいた。
なぜかテーブルにおいたはずの積み木を手にしている。
今まさに笑いながら、大きくくちをあけてたべようとしていた。
「ルー! ダメだっ!!」
びくりっ
幼い子どもが体をゆらし、ふりかえる。
全力で目を見ひらいておどろく。目から涙があふれた。
「……っ」
おおきく声をかけたせいか、こっそり隠れて積み木を食べようとしたのがバレて失敗したせいなのか、アーアー泣きはじめる。
「……っ……ルー!」
ふるえる体と心をふりきって、泣いている幼子へとむかう。
両手皿にパンケーキを抱えたままかけつけた。
「ほら、パンケーキだ! これを食べるぞ」
焼きたてのパンケーキを差しだす。
泣きながら幼児がちかずいて、すんすんと匂いをかいだ。
甘い匂いに、パッと笑顔になる。
そのまま大きくかぶりついて、はぐはぐと食べはじめた。
うれしそうな様子に俺はホッと胸をなでおろす。
ああ、よかった。
やはりおなかがすいていたのか。
あんなに泣いていたのに……もう笑顔だ。
だがしかし、このままここでたべさせるのは……。
土や草まみれはよくないな。
「まて、ルー? とりあえず部屋に戻るぞ? これは手を洗ってからだ、いいな?」
食べかけのパンケーキをスッととりあげた。
幼児が全力で目を見ひらいておどろく。
しゅるしゅるしゅる……。
「……!?」
――不意に膝をついている足首に感じた違和感。
植物の蔦がいくつも巻きついている。
皿がゆっくりとりあげられた。
「まて、ちがう! 誤解だっやめてくれ!」
次の瞬間、俺は絶叫した。
ズガガガガガガッ
ツタや妖精たちに容赦なく襲われる。
裏庭をひきずりまわされる中。
取り上げられた皿のパンケーキを幼児がもぐもぐと平らげていた。
「キャッキャ♪」
ぱちぱちっ ぱちぱちっ
幼児がうれしそうに笑い声をあげながら、手をたたいてよろこんでいる。
叫び声を上げながら、ずるずる引きずられ、どぼーんと泉に突き落とされ、ずわわとのびるたくさんのナニカに……なでまわされる……!?
………なぜか花をたくさん食べさせられた。
◇
「……お前は、ホントこりないねぇ……」
大魔女様、師匠が呆れて声をかけた。
――――夕焼けの中。
蔦にぐるぐる巻にされて大樹の枝にぶらさがる俺をみてる。
「……ルー?」
幼い子どもは師匠のうでの中。
幸せそうにすやすやと寝息をたてて眠っている。
俺はホッとした。
「お前はずいぶんと妖精に気に入られてるようだ」
「……え?」
「こんなになるまで遊んでさ。楽しかったかい?」
頭からハラリと舞う花びら。
目をほそめて笑う師匠。
遠くから『竜殺しの勇者』が大笑いしながら、手をふりかけよってくる。
………妖精に、ずっと嫌われていたと……思っていた。
好かれてはないが、気にいられてはいたのか………。
俺は目をとじて、ちいさく笑ってうなずいた。




