第36話 おまじない sideユリウス③
ルーシアが泣きやむまであやした。
夜空になりすっかり暗くなっていた。
地下倉庫の前につく。
『《ソレデハ トビラ オープン》』
異世界人の言葉を放つ。
魔法で幾重にも術がかけられた扉。
カードキーを、扉の鍵の部分ペタっとつける。
ブゥゥゥン……ガコ、ガコガココッ
石のレンガがパズルのように動きだした。
グルグル廻りながら解除されていく。
(いつ見ても凄いな……下手なダンジョンよりも高技術が使われている……)
「ねぇ、その呪文ってさ毎回言わないとなのかな?」
ルーシアが首を傾げながら質問した。
「んー?どうだろう?師匠が毎回言ってたから一応言ってるんだけどね」
(ごめん、ホントは言わなくても開けるコトができる……。
気になって何回か試した事がある。だけれども……)
俺は倉庫の扉を見た。
(毎回……師匠がうれしそうに、開けるたびに言ってたんだよね。
呪文の意味はただ扉を開くための掛け声と言っていたけれど)
「言わなくても開きそうだけど……あ、でも言わないと何かしっくりこないね」
「うんうん」
(大事な《異世界人》の言葉だし、何か加護があるかもしれないし。
それに……大事な思いでの言葉だから、こうして残したいんだ)
俺はルーシアに笑ってうなずいた。
扉のむこうは完全に真っ暗で暗い。
「さぁ、行こう」
(何度か来てるけど……毎回、緊張するなぁ)
2人で足を踏み入れる。
ぱああぁぁぁ
足元に魔法陣が浮かび上がって、廊下の向こうへ一斉に明かりが灯った。
「あははっいつも、すごいよね〜♪」
彼女が感心したように声をあげる。
「そうだね〜」
(大掛かりな仕掛け、ホントすごい)
「何層の倉庫に入れるの?」
「今回は3層と5層かな?」
ダンジョンで集めたアイテムを封印して
ランク毎に地下倉庫に置いている。
「……。」
(……師匠が、集めた武器防具道具は全ギルド、各団体、国などに振り分けて譲渡した。今は上層倉庫の中はほとんど……なにもない)
見た目が良い客引き用のアイテムは近くの博物館にある。
そのおかげで、この近くまで送り馬車のルートがのびた。
「私がキー管理するからどんどん運ぼう♪」
「うん、ありがとう」
(けれど、まだ師匠のアイテムは最下層にいくつか残ってる。見たことはないけど、……最下層ランクのアイテムをゲットできたら行くの楽しみだな〜)
2人でわいわい話ながら武器や防具を放り込んだ。
◇
彼女が俺を見送る。
(うーん。今回も長期宿泊……他の方々と会えなかった……。
なかなかタイミングが合わないなぁ)
「明後日には、また来るから」
「うん、わかったー」
(城下街の邸へ……あの実家へ俺は帰らなければならない)
先程、使者が来て『竜のあくび亭』の近くに馬車が来ている。
ルーシアに配慮して、なるべく見えない位置に待機するようにと、指示はだしてある。
(幼い頃、引き取られるまで3年間、限定的に一緒に暮らした家族)
彼女を見つめた。
元家族? 幼なじみ? 師匠の孫?
どう表現したらいいのかわからないけれど……。
俺の大切な存在。
「じゃあ、気をつけてね」
「うん、ルーシアも」
月明りの中で、銀色の妖精が見上げてる。
(ああ、すごく大切で守りたい)
そっと両手でふたたび彼女の顔を包み込む。
「わっダメー!」
胸元を押されて、手を振り払われた。
拒否されてびっくりする。
「えー」
「……おまじない、さっきしてもらったから」
しどろもどろと目をそむけて言った。
あっ、さっきやったから。1回で十分ってコト?
……なるほど確かにそうかも?
でも、祝福のキスは何度でもやりたいんだけどなぁ……。
「ふーん。じゃあ、ルーシアおねがい」
「えっ」
「ルーシアも俺におまじない」
俺はにっこりほほ笑んだ。
君から俺にはまだだよね?
それなら、ぜんぜん大丈夫だよね?
「……しょうがないなぁ」
ため息をついて笑った。
俺はかがんで、瞳を閉じた。
おでこにそっと彼女が顔をよせる。
ちゅっ♪
祝福と幸運をねがうキスをしてくれた。
(ああ、胸が熱くてあたたかい)
いつも2人ともジイさんからキスをもらってばっかりで……。おたがいにおまじないしたことなんてなかった。これからは……おたがいに支えあいたいな。
ゆっくりと目をひらく。
目の前で銀色の天使がほほ笑んで、俺はうれしくて目を細めて笑った。
「ルーシア、今日はありがとう」
「どういたしまして、こちらこそだよ〜いつもありがとうね♪」
「ホント無理だけはしないでね」
前は、やんわり断られたケド。
やっぱり俺が宿にいる時くらいは仕事任せてもらえないかな?
料理も作りたいし……。それになにより、俺にとっても……。
『竜のあくび亭』は大切な場所なんだ。
家族として過ごした3年間と爺さんの弟子になってからの今まで。
俺はここで育ったんだから。
「あっそれは私の台詞だよーっ」
「うんうん、おたがいにね?」
2人であははっと笑いあった。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい、気をつけてねー♪」
夜空の下、いつもの笑顔で手をふった。
「すみません、お待たせしました」
「ユーリウス様そのまま向かわれますか?」
「ああ、それで。お願いします」
馬車は俺を乗せて走り出す。
(俺は、『竜のあくび亭』にずっとずっと帰りたかったんだ。……でも今は……。)
大切な気持ちに気がついた。
俺は月明りの中、うれしくて、瞳を閉じた。