第33話 3つのケーキ sideレオンハルト③
「……では、そろそろ……」
チラリと彼女がケーキに目をむけた。
そわそわとしているあたり、とても楽しみにしているようだ。
桃色の薔薇の花。
焦げ茶色の葉。
黒い星が散りばめられたケーキ。
宮廷作家が物語を描き、パティシエが茶菓子で表現した。
私と彼女、そして竜殺しの勇者をモチーフとした唯一無二のケーキ。
「……あの、どれになさいますか?」
金色の光粒子を小さく放つケーキたち。
高レアリティが光をまとう。
キラキラとかがやく生菓子を見て彼女はとてもうれしそうだ。
「……?」
どうしたのだろう?
とつぜんルーシアがかなしげな表情を浮かべてる。
ああ、そうか、わかったぞ。
私はおもわず声をだして笑ってしまった。
「ふふっ全部ルーシアが食べて良いぞ」
「えっ!?」
「私はこのケーキを食べる君がみたいんだ」
「……えっ……あ?……?」
天使が突然真っ赤になってしまった。
「どうしたんだ、ルーシア?」
「ままま待って下さい! ふつうに半分ずつです!」
「ふむ、半分づつか……」
贈った茶菓子だが、
さすがにすべて1人で食べるのは気が引けるということか。
……けれど、全種類は味わいたい。なるほどな。
「では、ルーシアが先に」
「えっ!」
「3つ全部味わいたいのであろう?」
「えええっ!?」
驚いて声を上げつづける天使。
提案したのは良いが、先に口にすることに抵抗があるようだ。
昔は気にせず、すぐに食べたというのに……。
「どうした? 私とルーシアの仲だろう?」
「いっ……!?」
「いまさら何を恥ずかしがってるんだ?」
彼女がとても戸惑っている。どうしていまさら遠慮を?
なんとも不思議だな。……そして面白い。
子ども頃は、もらったお菓子を全種類食べたい彼女に、
よく私が協力して半分づつわけあった。
幼き日に想いをはせる。
そして、残り半分も天使が食べてしまって。
私は美味しそうに食べる彼女をみるのがただうれしくて。
『竜殺しの勇者』といっしょに、おおらかに笑っていたものだ。
「いや、あの……えっと…」
「どうした? ルーシア」
やさしく笑顔で、といかける。
いくら拒否しようともこれを食べる彼女がみてみたい。
「さて、どうぞ召しあがれ?」
「……っ」
さしだす木製のフォークに天使がうなずいた。
◇
「で、では、こちらから……」
彼女はピンクの薔薇のケーキを選んだ。
私は、ほほ笑みながらうなずく。
細かい作りに感嘆の声をあげながら、
キラキラした瞳でケーキを見つめている。
この日をどんなに待ちわびたコトか。
「……い、いただきまーす」
天使がふるえる手で、ケーキをパクっと口へと運ぶ。
すぐさま目を見ひらいて驚く。
――ああ、これはとても美味しいモノを食べた時の反応だ。
ふふふっ美味しすぎてびっくりしているのだな。
彼女の様子がうれしくてしかたがない。
「美味いか?」
ぶるぶると体が揺れている。
「それほどまでに?」
小さくほうっとため息をついた。
恍惚な表情を浮かべる彼女に私も驚いた。
ここまでの反応ははじめて見た。
――すごく美味いのだな? ルーシア?
とろける顔をして彼女はボーっとしている。
ゆっくりと立ち上がり彼女の横に腰掛けて顔をながめた。
すごいな、このような姿になってしまって。
……完全に茶菓子の虜になってしまったか。
感動しすぎて抑えきれず、クツクツと彼女の横であげた笑い声。
ひと口目でこれとは……面白い。
放心する彼女から、スッとフォークをとりあげた。
薔薇色のケーキ残り半分をのせて、そっと口元にさしだす。
……おずおずと天使が口をひらいてケーキをたべる。
その瞬間ふたたび目を見開いて、涙目になりながらうめいた。
「あぅ……」
ああ、ルーシア……愛おしい。
うっとりと宙を見つめ恍惚した表情で、とても幸せそうだ。
しばらくして、ぼんやりと彼女が気づく。
「あぁ、レオンハルト様も食べて……?」
甘い吐息で、囁くように誘惑される。
私は彼女をみつめながら、想いを告げた。
「君が食べさせてくれるか?」
「……!」
彼女の瞳が揺れた。
――――幼き頃のように。
たがいに食べさせあうコトが……私から彼女に……彼女から……私に……。
「……。」
みつめあいながら息をのんだ。
彼女は、黒い星が散りばめられた真っ黒なケーキを選んだ。
そっとのせたその茶菓子を私の口元へと運ぶ。
さしだされたケーキと彼女を見て、ハッとする。
私は大切な何かに……気がついた。
ああ、私が欲しかったモノだ……。
ずっとずっと……私が欲しい……モノ……。
魂が震えて歓喜した。
グッと彼女の手を掴み。星空の瞳を逃さぬように、見つめる。
口を開けて、フォークにそのまま噛みついた。
彼女の視線を感じながら、ゆっくりと飲み込む。
「……美味いな」
「う、うん……」
目を離さずに見つめていると、天使が真っ赤になってうつむいた。
狂おしいほどに胸が熱い。
「私が先に食べて良かった」
「え?」
「このケーキかなり酒が強い」
指で唇に触れながらペロリと舐めた。
(このような強い酒などで、酔わせてなるものか)
残りのもう1個のケーキに目をむける。
「じゃあ、あれは?」
「キツめのビターかもな」
スッとふたたび木製フォークを取り上げて、残りのケーキを全て口にする。
「あああー! まだ食べてないのに」
彼女が頭を抱えながら悲鳴をあげた。
「君は甘いのだけでいいよ」
「苦いのだって大丈夫だよ!」
「はははっ」
苦いのも酔うのも、私だけで……充分だ。
「!」
彼女が胸に飛び込んできた。
そのままソファーに倒れ込みながら抱きとめる。
胸元を軽く叩きながら涙目で抗議する。
「全部食べて良いって言った! 言ったのに……ひどいよ〜!」
「はははっ泣くなルーシア、すまぬな?」
幼き頃のようにじゃれ合いながら私は笑う。
彼女を胸に抱きながらその様子をみた。
ん?
胸の中でうれしそうに天使がほほ笑んでいる。
ほほう? 結局は私が食べたコトに喜んでいるようだな。
……まったく君はいつもそうだ。
彼女が物思いにふける間、抱きあったまま髪の毛を弄ったり、やさしく頬や頭をなでる。
ああ、ルーシア……愛おしい。
「気が抜けたか?」
「あっ……」
彼女は驚いて口元に手をあてる。
「ご、ごごめんなさい、レオンハルト様」
身を起こして離れようとする。
そんな彼女を逃がすまいと、腰に手をまわして動きをふうじた。
「……えっと……?」
指先でゆっくりと首筋に触れる。
銀色の髪からのぞく、星空の瞳。
愛おしさに胸が高鳴る。
指で首筋をなであげた。
天使はなでられるたびに体をふるわせる。
「……いい加減、いつものように呼んでくれないか?」
私は彼女にやさしく囁く。
「えっ……? レオンハルトさ……ま?」
「…………。」
ああ、わからないのか……?
君が呼びたい名で呼ぶんじゃない。
――――私がそう呼んで欲しいから言っているのに。
彼女を強引に抱きしめる。
「ひっ……!?」
君は昔からわからずやだから、こうしないときかないな。
首筋にキスをして。甘く咬みついた。
悲鳴をあげてのけぞる天使をきつく腕の中に閉じこめる。
「……ルーシア」
胸もとで名を呼ぶ。
彼女は震えて涙声でうめいた。
「うー、わかったよ……レオぉん」
私はふたたび昔のように名を呼ばれ、満足気にうなずいて笑った。