第32話 歌鳥の花茶 sideレオンハルト②
「ここへしばらくとどまる。予定の変更は」
「レオンハルト様、かしこまりました。すぐに調整いたしましょう」
「――――すまない」
「いえいえ、ルーシア様とごゆるりとした時間をお過ごし下さいませ」
爺やがほほ笑んで一礼する。
こまやかな時間の調整を爺やと話しながらふと目をむけた。
彼女が花束を生けたり、茶の準備をしている。
ケーキの箱を開け声をあげた彼女。
ふふっ、光あふれる茶菓子にかなり驚いているな。
思わず笑ってしまって口に手をあてると、爺やが笑顔でうなずいた。
「大変嬉しそうなご様子、喜ばしいことです。レオンハルト様」
「ああ、苦労したかいがあったものだ」
昔、彼女に何か欲しいモノは? とたずねた。
『まだ食べたことがないお菓子』っと笑顔でかえされた。
……あれから数年。ようやく願いは叶ったようだ。
彼女のあの様子……確実にはじめて見る茶菓子だと確信する。
爺やがハンカチを目にあてて喜ぶ。
彼女のその姿を目の当たりにしただけで。
『竜のあくび亭』にとどまったことが良き選択だと思った。
食堂のソファー席へと案内される。
――観葉植物が生い茂り、木漏れ日がさす場所。
おおきな窓から一望できるうつくしい庭とやすらげる家具。
草で編まれた仕切りがあり配慮された場所だ。
「お待たせいたしました」
透明なティーポット。カップは3つ。ケーキは3個。
意図を汲んだルーシアへ、ほほ笑んでウィンクし目を伏せた。
彼女と私。そして『聖剣の勇者』。
わかってくれた彼女のやさしさがとてもうれしい。
「ほう、これは面白いな」
そそがれた湯の中で、赤や黄色の茶葉がどんどん花ひらいていく。
何とも不思議な花茶だ。湯の中で光を放っている。
花開きながら歌声のような……音が聴こえる。
これは魔法食材か……?
「とても綺麗ですね」
彼女がうっとりとして花茶を見つめている。
「えっと、これドウゾさんから先日頂いた物なんです。『歌鳥の花茶』という名で、いろいろな茶葉を色や味で数種類組み合わせた特殊な花茶で……」
「ふむ、なるほど」
(――――やはりあの者か)
先代より関わる食材卸問屋。
その頭取である《商人ドウゾ》
『竜殺しの勇者』の知人との話は知っている。
「飲むにいたるまでの過程がすごく素敵ですね。まるで魔法みたい」
「ああ……これは見事だ。とても素晴らしい」
――私が数年がかりで用意した茶菓子。
それと同価値なモノを作り上げるとは。
賞賛を込めながら深くうなずいた。
花がひらいて淡い光がきらめく。
彼女は夢中でティーポットを見つめている。
ああ、楽しそうな彼女の傍で。
まるで幼い頃のように。……とても懐かしくいとおしい。
傍らの天使が気がついて、あわてて花茶へと視線をもどす。
一方的にみつめてしまったので、動揺させてしまった。
「飲むのもったいないくらい綺麗ですね」
「ああ」
「このケーキもすごく可愛くて」
「ああ」
「……。」
けれど、そのまま視線をそらさずにただみつめる。
天使は成すすべをもたない。
(この大切な時間、ひとときを一瞬たりとも逃したくはない)
「……っ」
彼女は頬を染めながらも、花茶と私。
交互に何度か目をむける。
目線があうたびに私はやさしくほほ笑みかえした。
◇
2人で目を閉じて手を合わせ祈りを捧げる。
(約束は未だ果たせぬが……空の彼方より彼女を見守りたまえ……)
「……?」
ふいに聴こえた歌声。
気がつくと彼女が祈りの歌を歌いはじめた。
屋敷の精霊や妖精たちが、ゆっくりと集いはじめ光が天へ向かう様にゆっくりとたちのぼる。
―――精霊や妖精たちが歌い集う。
『竜のあくび亭』宿屋特有のありふれた光景だ。
私はその姿を目を細めて見守った。
「それではいただきましょう」
カップをかたむけて茶をゆっくりと口に含む。
不思議な飲みごたえに驚く。
まるで体から歌があふれるようだ。
「これは、素晴らしく……美味だな」
「はわぁぁ〜、見た目どおりの素敵な味だねぇ」
美味しい花茶に、彼女はずいぶんと満足そうだ。
たしかにこの花茶は素晴らしい。天使をここまで喜ばせるのだから。
それにしてもまいったな。これほどまでとは……。
「だが、これはこれで美味すぎて、このケーキとはあわぬかもしれぬ……」
「そうなの?」
あまりにも素晴らしい花茶にうなずきつつ認める。
この味であるならば、もっとあうべき茶菓子とあわせてあげたい。
「ふむ、今度またあう茶菓子を見繕ってこよう」
言葉にしてハッとする。
私は考えるよりも先に、次に逢う約束をしてしまった。
「ホントに〜? ありがとう♪」
「ふふふっ」
美味しい花茶を飲んですっかりいつもの彼女だ。
そんな様子が可笑しくてつい笑ってしまう。
不思議そうにしながらも天使が私にほほ笑んだ。