第28話 夜空の食堂 sideテオドール②
――夜も深く星空の中。
俺は『竜のあくび亭』へと帰ってきた。
「ふぃ〜お疲れ様っと」
カラン♪
「ただいま〜っとね」
パーティーから深夜に帰宅。
誰もいない食堂に帰宅の声をかけた。
「って、のわ!」
魔導書を抱えながら机に突っ伏してるリヒトがいた。
(おいおい寝落ちかよ……。ったく。)
リヒトの体を揺さぶった。
「お〜い、リヒトぉーこんなところで寝たら風邪ひくぞー起きろ〜」
「ん、……テオドールさん」
リヒトが顔をあげた。
目が赤い。
泣きはらしたあとか!?
「っと、何かあったのか?」
「テオドールさん……!」
ガバッ!っと必死にしがみつかれた。
「まて、落ち着け」
「僕もうどうしたら……色々抑えきれなくて……! ルーシアさんに……ヒドい事をっ……」
(なっ!……ちょっとマテ! いきなりいろんなモノを飛び越えちまったのか!)
朝の初等部お遊戯会はどーしたぁぁぁっ
(マズい! あの方に非常にマズいぃ!)
「彼女にヒドい事を……したくなります……。」
「…………は?」
とりあえずリヒトの話を聞いた。
◇
酔い冷ましがてらの水を飲む。
食堂で2人、小さな灯りの中で語りあう。
「……僕、変なんです。ルーシアさんが驚いたり、泣きそうな顔をみると……喜んでしまって。いつも笑顔でいてほしいのに……」
「あー……」
(まさかの恋愛初心者かよ……朝のアレは、まぁ、なるほどなぁ)
「あのなぁ……相手に惹かれたら、まぁ誰でもそんなんなるぜ? 気を引きたくなるんだよ」
「……そ、そうなんですか?」
「どんな感情や反応でも、相手から向けられたらさぁ……嬉しくてたまんなくなるんだよなぁ〜、バカみてーになる。……こればっかりは、しゃーないわなぁ」
ため息混じりに話す。
(……っとに、惹かれたり惹かれあったり面倒くさくなるんだよな。……自分自身が)
リヒトが話をききながら胸に手をあてている。
「だから、ぜんぜん変なんかじゃねぇよ。安心しなって」
「……。」
「で、お前はどうしたいんだ? 告白とかしちゃう? 付き合っちゃう? ルーシア嬢なら即オッケーだすだろ? んんんー?」
(朝の反応見るからに、ルーシア嬢の反応もわるかねぇ。
……ただ恋に恋してるだけの感じもするが、んなこたぁ問題ないだろ)
コッチ、コッチ、コッチ……。
時計の針の音だけがやけに響いた。
「……僕は、」
苦しそうに言葉を選びながら話す。
「……彼女に何気なく励ましてもらったり、気遣ってもらったりして、それだけで充分幸せで……感謝すれど……今は何もできなくて……」
「……。」
「仕事を投げ出して、ここで勉強や研究をしているんです。……自分の事すらままならない状態なのに……。彼女に対して無責任なことは……できません」
コッチ、コッチ、コッチ……。
「はぁ〜、えっとつまり何だ?」
伏し目がちなリヒトを見る。
「今は働きたくない、勉強に集中したい、ルーシア嬢に惹かれていてはいるが……感謝すれど、告白とか無責任なことはしたくない、現状を維持したい……ってことか?」
「……はい」
つい仕事の癖で、業務確認みたいになってしまった。
しかし、働きたくないって……こいつまだ学生だぞ?
ふつうに子どもだし。勉強したいとか突っ込みどころが多すぎる。
……いろいろ事情があるにせよ、なんともまぁ……アレだなぁ。
というか、まわりは何やってんだか。
「あー、うーん? わかったけどよー? ホントにそれでいいのか? もし、他のヤツがかっさらったらどーすんだよ?」
「……今の僕には何も……想いを告げても、たぶん何もできない自分自身を……許せなくなると思います」
真面目かっ! 思わず心で叫んだ。
けど、まぁ無責任なことはできない気持ちは充分わかる。
……立場や身分で好きにできないなんてわかってる。わかってるケドよぉ。
「……リヒト」
「はい」
少し声のトーンを落として口を開く。
「……もしも、俺がルーシア嬢と付きあったりしたらどーするんだ?」
「……っ」
リヒトが驚いて身をこわばらせた。
「――身近な存在が彼女と結ばれる。充分ありえることなんだぞ?
想いすらも告げずに……そんなんにホントにいいのかよ、お前は」
しばらく無言でリヒトが俯いて思案する。
ゆっくりと顔をあげてほほ笑んだ。
「はい……テオドールさんなら仕方ないですね」
(あー、なんつー笑顔だよ……。こりゃ参った。……けしかけたつもりが……完全に俺の負けだな)
天窓を見上げながため息をつく。星空がみえた。
毒気を抜かれた俺は気を取り直して叫ぶ。
「遠慮する? バカかっそこは張り合って、俺も負けねーとか、そんなん場面だぞっわかったか!?」
「……テオドールさん?……はい、わかりました」
おたがいに笑いあった。
しばらく恋バナに花を咲かせて話しあう。
突然、リヒトがバタリッと机に突っ伏した。
(楽しすぎてそのまま寝落ちとか、子どもかよ? あっ……そーいや、まだ子どもだったな)
満足そうな顔でスヤスヤ眠っている。
(ったく、コイツは……ルーシア嬢のことも俺のことも好きすぎだろ
……ホント仕方ねーなぁ)
俺はリヒトと魔導書を担ぎあげる。
2階の彼の寝床へとむかった。
「おやすみ」
小さく笑ってバタンと扉を閉めた。