第26話 おやすみのキス sideリヒト
――――大聖堂。
その中で数多くの聖職者、信徒の方々がざわめく。
「僕は戻らない」
「リヒトリッド様!」
たくさんの大人たちに囲まれて、僕は訴えた。
「まだ勉強したいコトがたくさんあるし、研究だって続けたい」
ずっと続けていた仕事や職務を投げだした。
僕は、図書館に逃げ込んで勉強や研究を続けている。
「…………時間がほしい」
今日も話は平行線におわった。
◇
「あっ……」
夕焼けが大地を赤く染め、日が沈む。
帰り道、馬車から降りてただその景色を眺めた。
とても綺麗だ……。
仕事に追われていた時、ほぼ見る事がなかった景色。
沈みゆく夕暮れをただただ見つめた。
夜空に星が瞬きはじめる。
宿屋『竜のあくび亭』扉を押した。
カラン♪
「ただいま、ルーシアさん」
食堂のキッチンで作業していたルーシアさんが気がついて、すぐさま出迎えてくれた。
「おかえりなさい〜♪ リヒトくん今日もお疲れ様でした」
彼女の笑顔を見て安堵する。
「……はい、ではお風呂に行ってきますね」
「食事はどうします?」
――気まずい食事会。
何を食べたかもわからない味すら覚えていない。
「夕食いただいてきたんですが……軽めに何かお願いできますか? あと……もし良ければ一緒に……食事を……」
心がだいぶ弱ってしまっていて、つい甘える発言をしてしまった。あわてて小さく笑って取りつくろう。そんな僕のねがいに彼女は笑ってこたえた。
「了解〜! かしこまりです」
元気よく彼女が返事をしてキッチンへとむかう。
荷物を片付けて、一階の渡り廊下から温泉へとむかった。
「はぁ……」
ザバっと湯を頭から浴びて、洗い流す。
体を丁寧に洗って湯につかった。
「……。」
月がない夜空。星がきらめき輝く。
(星空がとてもキレイ……。精霊や妖精たちもただただ自然に、自由に飛んでいて……とても……)
頬をつたう涙。
僕はいつの間にか、泣いていた。
「すみません、お待たせしました」
だいぶ長湯してしまった。
食堂でルーシアさんが笑って迎えた。
あつあつの野菜スープ。シェアできるサラダと盛り合わせ。消化によさそうなやさしい食事にこころがほころぶ。2人で一緒にむかいあって感謝の祈りを捧げた。
「いただきます」
スープに息を吹きかけ口にする。
「ん、美味しいです。」
冷えた心にじんわりとあったかい……。熱すぎるスープがとても美味しくて。泣きそうになりながらも自然と笑顔になった。
そのあと、穏やかな明りの中でゆっくり夕食とり、そのままルーシアさんと話しをした。
「じゃあ、水の中に結界の魔法陣を組むのは難しいの?」
「水そのモノが動いているので、何かしらの物質が必要になりますね。力技で展開は出来ても、維持や継続となると……」
「ふーん? 結構難しいもんなんだね」
ルーシアさんが魔法について興味があるようで一緒に話をする。相づちをうったり質問したり、僕も好きな話なのでついつい話込んでしまった。
今夜はテオドールさんは城下町のどこかの晩餐会に参加していて、宿にはもどらない。
2人であたたかい飲み物を飲んでゆっくりしていたら、ルーシアさんがうとうとしていた。
「もう遅いですし、そろそろ眠りましょうか?」
「あっホントだーもうこんな時間だね〜」
壁の時計の針が夜が深いと告げている。
ああ、こんな夜更けまでついつい話込んでしまった。けれど楽しい雑談の時間を過ごすうちに、いつの間にか冷えた心はあたたかくなっていた。
「遅くまで付き合わせてしまって、すみません」
「ううん、大丈夫だよ。そうだねぇー、子供はもう寝る時間だよねぇ〜」
「……。」
寝惚けまなこで彼女が笑う。
すごく眠そうで、多少舌ったらずで。
子どもに完全に気を許している。
無防備な彼女。
僕の心がまたトクンと高鳴った。
「……っ」
どうして?
ようやく落ち着いていたのに。
子どもと言われて何かのタガが外れた?
変な感情を……行動を……。
彼女にむけてしまいそうになる。
「……そうですね。……では、行きましょうか?」
そっと手を差しだした。
彼女は一瞬首をかしげたが、ほほ笑んで手を乗せゆっくりと立ち上がる。
そのまま手を引いた。いそいで彼女の部屋へと連れて行く。
「えっ……あれぇ? 戸締まり、片付け……?」
手を引かれ歩きながら彼女が焦りだす。
「僕はまだ少し起きているので……戸締まりと、後片付けやっておきますね。遅くまで付き合わせてしまったお詫びです」
ああ、また変な行動をする前に、早く彼女を部屋に。安全な場所に閉じ込めないといけない。
「え……!? でも……!」
「片付けはカップだけですし大丈夫です。あと夜中にテオドールさんも戻ってくるかも知れません。……少し話たいこともあるので……」
ああ、どうしたらいいんだろう。
テオドールさんに相談したい。
彼女をどうにかしたくてたまらない。
「えぇえっでも、そんなことわるいよ〜!」
部屋の前へと辿りつく。
安心したとたん、思わずふわっと抱きしめ抱擁する。
「……リヒトくん……!?」
何も聞かず励ましてくれた。
そばにいて話をしてくれた。
今はただ、その気持ちだけで僕は充分なんだ。
「……今日は遅くまでありがとうございました……」
ちゅっ
頬に小さくキスをした。
「……!?」
「おやすみなさいのキスです」
「え……? あっ……!?」
「……僕、まだ子どもですから」
自分に言い聞かせるように声をかけた。
――そう、僕はまだ子どもで何もできない。
とりつくろい頑張って、ほほ笑んだ。
「では、また明日」
おやすみなさい、とやさしく彼女の耳元で囁いた。目を見開いて驚く彼女を、返事を聞かないで部屋に、そっと押しこんで扉を閉めた。
食堂で1人、魔導書を読み耽る。
高鳴る気持ちを何とか落ち着かせるように。
魔導書をなぞり、抱え込む。
どうか大切なモノ守れるようにと目を閉じた。




