第19話 すべてが集う日① 光の中、目覚める
ルーシアの朝は早い。
朝早くハーブや香草を摘み、
1日の朝食や昼食の下ごしらえがあるからだ。
水洗いしたての何かを、ポーンっと箱に放り込み、ぐるぐるかきまぜンジュウゥゥー♪ んふぅーっ胸がいっぱいになる〜ね。
らんらんるーららら♪
精霊や妖精さんたち小鳥さんもみんなで大合唱だよーっ
宿屋『竜のあくび亭』の朝がはじまった。
―――はじまったはずだった。
ぱちりっ
目を見開いたままかたまる。
「……っ!」
光の中、すべてを瞬時に理解した。
ガバッ
えっとぉ、さっきまでのは……いったい?
夢で……夢で作業してただけぇぇ!?
のぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
頭を抱えてうめきだす。
うううっ夢の中の作業やシゴトほどむなしいモノはないよ〜。
だってまた起きて同じコトしなきゃいけないし。
ん?
窓からの木漏れ日が部屋を明るくてらす。
小鳥たちのさえずり、陽の光がまぶしい。
うん、素敵な朝だね。
「……。」
こ、これはもしかしなくても、
朝なんてとっくに過ぎてる時間ではなかろうか?
ハッとして完全に目が覚めた。
光の量でだいたいの時間がわかって、真っ青になる。
わぁぁっ、しまった完全に寝坊だよぉぉっ
バシャバシャバシャバシャッ
ガガガガガガッ すぽぽーんっ
ばさっ しゅるるるっ
すごい速さで洗顔、着替えと髪を梳かして食堂へととんでった。
◇
ダッダッダッダ バターンッ!
ものすごいいきおいで扉をあけた。
まさしく魔王城にかけこむ勇者のごとく、だ。
「おはようございます、ルーシアさん」
「……っ!?」
食堂入り口で光の中、天使がたたずむ。
ローブに身を包んだ聖職者リヒトくんがやさしくほほ笑んだ。
「えっ! ひゃ⁉ おはよう〜?」
「ふふふっ疑問系ですか?」
「ごめんねっわたし寝坊しちゃったの! い、いい今すぐ朝食つくるからね」
わわわっ! ヤバイよヤバイよ〜!
《宿屋の主人》が朝寝坊!?
あ、ありえない ありえないよぉぉー
すぐさまキッチンへむかうと、とんでもない光景が飛び込んだ。
「うぃっす。ルーシアちゃん、おはようーさん♪」
「お、おはようござい……まーって、テオドールさぁん?」
テーブルの前で頭と口に三角巾をあててハムを切り分ける。
騎士テオドールさんがそこにいた。
「極上ハム切りわけ中〜♪こんなんあったんだなぁ、ルーシアちゃん?」
「……っ!?」
そ、それは……!
特別なお祝い用でびっくりさせようと、
こっそり隠してた
商人ドウゾさんからお裾分けの《極上ハム》!
ズバンッ ズバンッ!
わわわっしかも、かなり分厚く切りわけてるーっ
豪快すぎるよ〜!
「旨いもんだったら、注文するから今後はすぐにだしてくれよな♪」
笑顔でウィンクされる。
あっ、あっ、うわぁぁー。
バイキング台にハーブ園のサラダがいっぱい山盛り。
先日注文したばかりの極上チーズに森妖精のトマトも?
いろいろとせいぞろいだー。
「皆さんパン焼き上がりましたよ〜おはよールーシア♪」
のどかな声とやさしいほほ笑み。
冒険者ユリウスがエプロン姿で焼き立てパンを運んできた。
「お、おはよぅって、ええーっユリウスゥ!?」
思わずおもいっきり大きくのけぞった。
「あははっびっくりしすぎだよ」
いつものちょっと気弱そうな困り顔でユリウスが笑う。
「早朝に宿に帰ってきたんだけど……ルーシア疲れてたみたいだから、朝食作ってたんだ。勝手にキッチン使ったよ、ごめんね?」
「えええっ」
ユリウスは『竜のあくび亭』で調理場の手伝いをしていたので、使い勝手はよくわかってる。たぶんわたしよりも……。
いやいやいや、でも今は宿泊客!
「ひさびさだから俺、はりきっちゃった♪ ハーブや野菜は、リヒトくんと一緒に水かけしながら収穫してもらったよ〜。すごく助かったんだ〜」
「あわわっ」
ユリウスがペコリすると、リヒトくんが笑顔でうなずいた。
初対面同士なのにすでに仲良くなってる?
あれ?
よくみるとリヒトくんが小さな白い花とふきんを手にして……。まさかっ、いつもテーブルに添える花の入れ替えと作業をやってくれたの!?
えええっ宿泊客になにをやらせているの、わたしはぁぁぁっ
「ちょうどコーヒーもできたぞ。さっさと席につけ」
「うあぁぁぁ!」
背後からかけられたありえない声に、おおきく飛びあがってのけぞった。
「ヴォルフぅ!? なんでいるの!?」
「お前な……客に向かってずいぶんな言い様だな? 宿泊客がいたらわるいか?」
商人ヴォルフガングが顔をしかめる。
「い、いや、ぜんぜんかまわないけどー」
えっと?
ヴォルフが宿泊するなんてはじめてでびっくりだよー……。
昨日? 朝までゲームをやりきって。
そのまま立ち去らず、宿屋にとどまったんだ。
そんなことって今まで1度もなかったよね!?
そしていっぱいいた黒装束の部下の方々もいつのまにかいなくなってる?
主様を置き去りにしてどっかいっちゃった!?
「長期宿泊客だけど、俺はじめてヴォルフさんに会えてうれしいです」
冒険者ユリウスが商人ヴォルフに笑って声をかけた。
「フッはじめて泊まったからな」
「この宿屋を2部屋も押さえてるのに、はじめてだったんですか?」
「狭いトコロはイヤなんだ」
2人の会話がイマイチかみあってない気がする。
ふんっと不敵に笑いながらかえすヴォルフガング。
ユリウスがニコニコ笑顔でうなずく。
ヴォルフたぶんそれほめてないよーっ
「とりあえず席につきましょうか?」
「ひゃっ!」
リヒトくんが天使の笑顔のまま、そっと手をとり案内される。
「えっ? あのっ、えっとぉ」
「大丈夫ですよ、ルーシアさん?」
な、なにが大丈夫なのかなーっ?
でも、この雰囲気なぜか拒否できない……。
『竜のあくび亭』宿泊客の皆さま方。
初対面なはずなのにいつのまにか仲良くなっているし、
寝過ごした間にいったい何があったの……!?
――あきらかな情報過多。
『宿屋の主人』は《混乱》している。
わけがわからない状況にふるえながら席につく。
トン トン スッ
レモネード、ナッツミルクの水さしがテーブルにならんだ。
コーヒーもすかさず目の前に置かれた。
「どれがいい、ルーシア?」
「……っ、えっとー?」
とまどいながら顔をあげるとユリウスが笑ってる。
「ごめーん、みんなそれぞれ準備しちゃってね。好きなのえらんで大丈夫だよ?」
「ナッツミルクもぜひ召しあがってください、牛乳とはまた別の美味しさがあってオススメです♪」
「香辛料入りのコーヒーだ。飲め」
ううーん?
それぞれが用意しちゃったのならしかたがない。
せっかくだから、それぞれすこしだけでもいただこうかな。