はじまりの朝
暖炉の火がパチパチ音をたてる。
わたしはおじいちゃんに抱きかかえられて、膝にすわりながら一緒に絵本を読んでいた。
「ふーん、ドラゴンさんをやっつけたんだ?」
「そうだよ、ルーシア」
おじいちゃんがやさしく頭をなでながら笑う。
絵本には黒い竜と英雄たちが描かれている。
――剣と魔法と神々の世界。
おじいちゃんは、むか〜しむかし《異世界》なる場所からここへ来て、ドラゴンさんをやっつけたらしい。そして世界を救ったらしい?
「おじいちゃん、すごーい♪」
うれしくて思わず胸に飛びこんだ。
顔をうずめてぐりぐりする。あたたかなお日様の匂い。強くて、やさしくて、いつも明るいおじいちゃん。とても大好き。
「はははっルーシアは甘えん坊さんだな」
ちゅっとおでこにキスしてくれた。
はう〜っおじいちゃん。
わたしは幸せいっぱいでほほ笑んだ。
◇
わたしは、ルーシア。ふつうの村娘。
『竜殺しの勇者』の孫娘と呼ばれている。
孤児でおじいちゃんに拾われたから。
何だかんだ孫として育てられたいうことで。
剣や魔法の能力を期待されてしまうのだけれど……。
まるで才能がなさ過ぎなのか。
剣の稽古で思いっきりすっ転んだり失敗したりして何度も大怪我をした。
どてーんっ ずとーんっ ブシュウゥゥッ
「ぎゃああああああっ」って泣き叫ぶおじいちゃん。
いつもひっしに手当してくれる。
うううっ心配かけてごめんなさい。
毎回やらかすせいでたたかいそのモノを禁止された。
そして魔法も素質なしでつかえない。
なぜこの子を養女に?
っと、思われてもしかたのない孫娘だったのである。
それでも、おじいちゃんは大事に育ててくれた。
「ルーシアはルーシアだよ」って抱きしめながらよーしよししてくれたのだ。
ざああっと大樹の葉が風でゆれている。
木漏れ日の中で、おじいちゃんが笑って手をさしのべた。
「ルーシア、おいで」
「はーい♪」
かけだして笑顔で胸に飛びこんだ。
笑いながら抱きとめて、そのまま持ち上げて高い高い〜♪してくれた。
「あははっおじいちゃん〜♪」
青空のした、おおきな樹から光がとびだした。
精霊や妖精さんたちといっしょにぐるぐるまわって遊ぶ。
――おじいちゃんとごはんを食べていっしょに本を読む。
森を散歩して、ふわふわな精霊や妖精さんたちと歌ってぐるぐる踊ってまた遊ぶ。
やがて夜がおとずれて、きらきらお星さま。
ベッドで寝かしつけてくれる。ねむねむ気持ちいい。
「おやすみ、ルーシア」
やさしく笑うおじいちゃん。
おおきな手に頭をなでられてうとうとする。
スヤァしてすぐに夢の世界だ。
季節はめぐりおだやかに幸せな日々がつづいた。
◇
ルーシアの朝は早い。
ハーブ園の薬草に水をかけたり。
1日の朝食の準備や下ごしらえがあるからだ。
「ふぁ〜、おはよーございます」
誰もいない部屋で1人あいさつをする。
……んー、昨日はよく眠れた。
「なんだっけ?
すごくいい夢を見た気がする……」
むにゃむにゃと眠い目をこすった。
あくびしながら、むくりと寝台から起き上がる。
ずるずるずるずる〜っ
ベッドから洗面台へむかった。
パシャパシャパシャッ
今日は、この石けんにしよーっと。
アミ状に編んだスポンジで石鹸をもこもこ泡立てた。
顔にのせてやさしくなでて洗顔する。
タオルで水分をおしあててふきとっていると、
はたと、鏡の自分と目があう。
「うん、うんうん♪」
今日も1日むりせずいこう。
鏡の前で笑顔をむけて笑った。
わたしは、ルーシア16歳。ふつうの村娘。
『竜のあくび亭』の宿屋の主人だ。
――ある日、おじいちゃんは天へと旅立った。
ひとりぼっちのわたしにのこされたのは宿屋。
『竜のあくび亭』
冒険者を引退したおじいちゃんが、全財産を使って建てた宿屋だ。
閑古鳥がたくさん鳴いて大合唱♪
愛されるくらいにお客様がぜんぜん来ない宿屋だ。
王国で有名な『観光雑誌ぶるる』すら掲載を忘れるくらいである。
おじいちゃんも客が来ないって泣いていたね。
でも、しかたないと思う。
ここは田舎だし、城下街の冒険者ギルドまわりが今アツい。
近くにある最後の巨大迷宮は観光地化して宿泊施設建ちまくり。大人気だもん。しかも格安だよ。
でも、わたしはそのまま宿屋を引き継いだ。
だって、この場所が大好きだし守りたかったから。
宿屋は無事に開店。
おじいちゃんの旅立ちから数年、春の季節だった。
◇
薬草を摘んだあと、食堂へとむかう。
わたしは手を洗いさっそく朝食の準備にとりかかる。
精霊たちに祈りを捧げ火をともした。
――竈を扱う前の大事な作業だ。
水洗いしたての薬草や野菜をざくざく切る。
カゴや皿へともりつけてーっと。
シチューをぐるりとかき混ぜる。
ハムと卵をジュワァッと音をたてながら焼いていると、ちょうど石窯でパンが焼きあがった。
はぁ〜。
この焼きたてパンのあったかい匂い。
胸がいっぱいになる。
「よしっ準備完了っと♪」
朝の定番メニューができた。
食堂から宿泊部屋である2階へと声をかける。
「朝ごはんできたよ〜っ♪」
『竜のあくび亭』の一日がはじまった。