第14話 宿屋のおるすばん
夜明け前、星はまだ小さく瞬いていた。
うっすらと闇のカーテンが色付きはじめ、段々と明るくなっていく。
「ふぁ〜」
眠い目をこすり起きあがる。
「あい、おはよーございます〜」
ずるずるずるずる……。
むにゃむにゃと、ベッドから這い出して洗面台へ向かい洗顔した。
パシャパシャパシャッ
今日はこの石けんにしよっと。
スポンジで充分に石鹸を泡立てた。顔にのせて洗顔する。タオルで水分を押し当て拭き取っていると、はたと、鏡の自分と目があう。
「……。」
なんだかんだで。しっかりぐっすりと眠ったおかげで、目のクマすらない。いろいろとドキッとすることがあったのに……。わたしって、やっぱりずぶといのかな……?
鏡の前でふたたび、落胆する。
『焼きとりうまーっ』
おおきな焼きとりにかぶりつく自分を思いだす。
スッと目をほそめジトっとした目になる。
ないものねだりはヤメよう。
さて、朝の支度とへとむかおーっと。
◇
「え? 今日は2人とも遅くなるんですか?」
シチューをのせたスプーンがとまった。
朝食をいつもの宿屋の常連客の方々。
聖職者リヒトくん、騎士テオドールさん。
3人で語りあいながらいただいてる最中だ。
「ああ、砦と詰め所の定期検査でなー? 徹夜コース、朝まで仕事なんだよ」
「えぇー大変ですね」
「コレばっかりはしょうがねー。仕事だしよ〜安全対策だしやってやるぜ」
「テオドールさん、ムリしないでくださいね」
「ああ、ありがとな。
……んなワケで、今夜はたぶんもどらねぇのは確実だなぁ……」
そっかー。
でもよく仕事でいなかったり、深夜にパーティーから帰宅とかあるから。
いつもと変わらないかな。
でも、こうした連絡事項を細かく言ってくれるのはうれしいし助かる。
「わかりました」
「まぁ、夜明け前……いやっそのまま職場で休んで、明日の昼もありうるわ〜」
頭をガシガシして唸ってる。
うーん? あまりおしごと気がのらないのかな?
そんな様子にリヒトくんが視線を落とした。
「すみません、今回は僕もどうしても外せない用事があって……夜遅いので、そのまま城下街の方で宿をとることになりそうです」
伏し目がちで、少しつらそうに話す。
「あー、送り馬車がなぁ……。
城下街からこっちだと深夜だろ? 危ねーしなぁ」
「とても大事な用事なので……すみません」
「しゃーねぇわー、ルーシアちゃんホントごめんな〜」
「えっ?」
突然、話をふられてびっくりする。
んんん?
どうして2人ともあやまってるんだろう?
「ここで1人になっちまうだろ?」
「えええっ?」
テオドールさんとリヒトくんが心配そうにわたしを見ている。
これは……いったい……?
「あの、わたし、宿屋の主人なのですが……」
ちょっと引きつりながら笑顔をむける。
カタコトな話し方になったのは仕方がない。
「……。」
「……。」
何故に2人とも黙ーる。
「まぁ、アレだ。こんなひろい屋敷だし、なぁ?」
「心ぼそいかと思って……」
一応フォローしてくれた。
あっ、心配してくれてるんだ。
屋敷に1人になるから、なるほどね〜。
うううっ
まだまだ頼りない宿屋の主人でホントすみません……。
「リヒトくん、テオドールさん。お気づかいありがとうございます」
2人にやさしく笑顔をむけた。
ちょっとだけあれだけど、その気持ちはありがたいしうれしい。
心でとても感謝した。
「ちょうど良い機会ですし、たまったシゴトをかたづけるので大丈夫です」
「ん? なにかあんのか?」
「回復薬作りですよ。薬草や素材もだいぶ在庫がふえてきたので〜」
最近ぜんぜん作る暇がなくて困ってたんだよね。
まさしくベストタイミングってやつだ。
「ああ〜! たしか『回復薬』を作れるんだったな」
「まぁ、一応は……。ちょっとした副業ですよ。ふふふっ」
「わっルーシアさん……?」
「おま、……何か悪巧みな顔してるぞ」
「あははっそんなコトないですよー?」
にーこりと笑って笑顔をむけた。
本業を円滑にするための副業……。
回復薬作りはこれでも、宿屋の維持費にかなり役立ってるんですからねー。
――リヒトくんとテオドールさんを玄関先で見送る。
「お土産何か買ってくるからな」
「遅くに外出したり、知らない人についていってはいけませんよ?」
「戸締まりちゃんとしろよな?」
「知らない人が来ても、不用意に扉を開けてはいけませんよ?」
「……は、はぁ、わかりました」
別れ際に2人に次々と声をかけられる。
……何ですかこれは……?
おるすばんをお願いされる子どもの気分になるよっ。