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初詣

作者: 貴月櫚



 デデーン!


 年末になるとテレビ局は例年通り、“無駄にお金をかけてしまったがために出演者に苦しい笑いを強いて、その作られた笑い声を高らかに秋空へ届けている録画映像”を垂れ流している。年末年始にこんなものを見せられても年越しへの気分は昂ぶってこないのだが、別チャンネルの歌番組もいよいよ自分の知らないアーティスト達で構成されてしまったため、笹野はこのバラエティ番組を見ながら年越しを迎えるのだ。

 今年も一人で年を越すのか。義務感からテレビの前に座ってはいるが、流れている番組をもはや見てはいなかった。彼女がいれば年末年始はどう過ごしていただろうか、会社のあの連中と普段から仲良くしていれば楽しいかは置いといてもにぎやかな年越しにはなったかもな、とかそんな事を考え、たまにテレビの大きな笑い声で、番組の方へ意識が戻されるのである。

 番組の内容も何が面白いのかさっぱり分からないが、出演者はいつも顔を真っ赤にして、腹を抱えて笑っている。きっとその空間にいる者にしか感じ取れない面白さがあるのだろう。ため息を付いて、テーブルの上のスマホに視線を落とした。年越しの瞬間もきっと鳴ることは無いだろう。何も表示されないロック画面にため息をつき、ベッドの上へと投げ捨てた。




 ――ピンポーン。

 うおっ。突然鳴り響いたインターホンに、声にならない驚き声が出てしまった。ドアの目の前まで来た瞬間、

「おーい」

ドンドンドン。鼓動が早くなる。誰だよ。心当たりのない来訪者に、恐る恐るドアを開けた。

「ほら、やっぱりいるだろ」

「マジだ。おいっす、お疲れさん」

外に立っていた二人の男の顔に初めはピンとこなかったが、その声その話し方を聞いてすぐに小学校からの馴染みの友人と分かった。

「なんだよ、いきなり。連絡してくれればいいのに」

ほっとしてつい笑顔がこぼれる。

「すまんすまん。実は俺ら二人で初詣へ向かってたとこでさ、その途中にこの町を通るもんだから、お前いるかもと顔出してみたわけよ。やっぱりお前、実家帰ってなかったんだな」

下の道路に目をやると、彼のものに違いない大きな黒い車が停まっている。

「なるほどね。あれ串田の車だもんな。で、どこの神社へ向かってたわけ」

車と同じく図体も大きな男に尋ねた。

「あれ、なんて名前だっけ。よ、や、よ、よ、よるのなんとか神社っていう」

「また忘れたのかよ。やまた神社だっての。笹野は知らないのか。この辺の神社なんだけど」

図体の大きな男に対して、幾分小柄な男は呆れた顔で笹野の方に向き直った。

「やまた、やまた……。ああ、聞いたことある。夜を跨ぐって書いて夜跨神社だろ。会社の同僚も行くって言ってた気がするな」

「お、さすが。そうそう、あっちの山の方にあるんだよ。なんでも初詣の定番らしいじゃんか」

「で、なんで定番なんだ。ちっぽけな神社なんだろう」

「馬鹿、さっきも車の中で説明しただろ。年をまたぐ時に夜をまたぐ神社でお参りしたら縁起が良いよねってツイッターで話題になってたんだって。なぁ、聞いてくれよ。こいつ、カーナビに夜跨神社って打ちこむときも、山田神社とか打ちやがって、真逆の方に連れて行かれるところだったんだよ」

「はは、相変わらずだな、串田は」

さっきまでの憂鬱な気持ちはいつの間にか消え、笹野は自然に笑っていた。

二人は地元の友人で、大柄な方の名を串田、小柄な方を長濱と言う。小学校からの付き合いだが、高校入学と同時に散り散りとなり、笹野に至っては大学に合わせて少し離れたこちらで一人暮らしをするようになり、そのまま市内の企業に就職した。串田と長濱は今も地元に住んでいるらしい。

 久しぶりに再開した三人はどんどんと話が盛り上がり、笹野は着のみ着のままで車に乗り込み、初詣へ向かうことになった。




 車内では長濱の好きな女性アイドルグループの曲をBGMに、お互いの近況報告や最近の趣味についての話で花を咲かせていた。

「笹野はさっき何見てたんだよ、年越し番組」

「え、俺は『笑っていいわけない』だけど」

「やっぱそうだよな!こいつは『白黒歌バトル』とか言ってんだよ。昔はみんな『笑っていいわけない』だったのにさ。非国民だってのこいつは」

「非国民って……。いや、今年の『白黒』には『隅田川21』が出てるんだから、見るしかないだろ」

「そう、しかもその隅田川なんたら、が出るまでは家出られないとか抜かしやがってよ。こいつが初詣言い出しっぺなのに、しっかり遅刻して来てんだって。年越しの瞬間は車の中とか勘弁してくれよ」

「大丈夫だって。ほら、ナビにも到着予定時刻23時ってなってるだろ。寒い中早く着き過ぎないよう計算してんだから、こっちも」

「何言ってんだか」

そうだ、この感じだ。笹野は後部座席から、最初こそ運転席の串田と助手席の長濱の言い争いに押され気味だったが、小学校以来ずっと見てきた景色だから、今回もまた微笑みながら見守っていた。




「おい、間に合うのか。なんだよ、この渋滞は」

串田はいらだちを隠せず、太ももを何度も拳で叩いた。

「びっくりだわ。まさかここまで混んでるとは」

「みんな夜跨神社目指してるのか。SNS効果すごいね」

「ふざけんなよ。ここで年またいだら意味ないじゃんかよ」

「でもまぁ、串田がこんな熱くなってくれて、誘った甲斐があるよ」

「何のんきなこと言ってんだ。来年の俺たちの運勢がかかってるんだ。絶対間に合わせるぞ」

プー!

串田の鳴らしたクラクションが山中に響き、隣を抜いていく歩行者たちはぎょっとして車の方を見た。

「おいおい周りに迷惑かけんなよ」

長濱は笑っているだけだったが、笹野は慌てて串田の頭を小突いた。二人はずっと田舎町で暮らしているものだから、都会の空気をまるで理解していない。

「あのさ、あんまり悪目立ちしてると、ツイッターに晒されるぞ」

「なんだよそれ。はは、都会怖いっすねぇ」

長濱は笹野の方をちらりと見て、軽蔑するような笑みを浮かべた。

 



 すっかり山の中に入ってしばらく経っているが、三人を乗せた車は遅々として進まない。少し前までは余裕を見せていた長濱も流石にいらだちはじめ、カーナビの隅に表示された現在時刻とどんどん延びていく到着予定時刻とを見比べながら舌打ちをした。

「これじゃ年越しどころか日の出にも間に合わないんじゃないか」

「ありえるな」

「まさか……。きっと駐車場が混雑してるんだろ。ほら、看板あるし、もうすぐそこだよ」

三人の車が走る道の両脇は、杉の木がどこまでも続き、闇へと消えていく鬱蒼とした林になっているのだが、ふと目を落とすと実は小さな看板が立っていた。

『ヤマタジンジャ、コノサキマッスグ』

文字は消えかかっていたが、あまりに進むのが遅い車内の中ではその文字一つ一つを精査する余裕があった。

「なぁ、そもそも夜跨ってどういう意味だよ」

「知らんがな。ちょっとググります」

「ヤマタって聞くと、どうしてもあのヤマタノオロチが出てくるんだよな。俺が最近スマホのゲームばっかやってるってのもあるんだけど」

「はい、出ました。夜跨神社の名前考察してるツイート。神社の見どころの一つに、本殿の裏手に洞窟があるんだってさ。ほう、昔、神様同士の戦いがあったとき、追われていた神様がここで難を逃れて、朝まで身を隠しながら体制を整え、それが勝利につながった……から夜跨神社説。」

「なんじゃそりゃ」

「神話の世界だからね、そりゃ分かんないよ」

 笹野は二人のやり取りを黙って聞いていた。神社なんてどこも一つや二つそういう逸話が残されているものだ。そうこう考えを巡らせているうちに、車列がスムーズに動き出した。

 数分も車を走らせると、左手に続いていた杉林は途切れ、ぽつんと一本の道が現れた。その真横で再び前の車が停まってしまい、立ち往生となった。

 いらだつ二人も、左の道にはすぐ気がついた。

「おっ、なんだこの道。誰もこっちは通らないみたいだが、どこに続いているんだ。見えるか、ハマちゃん。」

助手席のハマちゃんはしばらく目を凝らしていたが、

「駄目だ。なんかあるんだけどな。もう行ってみるか」

「よし、左折しまーす」

プーープップー!

「おい、やめろ!馬鹿!」

串田が景気よくクラクションを鳴らして歩行者を止め、強引にハンドルを切り出したものだから、笹野は大慌てで串田の頭を叩いた。

脇道に入った車は、前の何かをしっかり照らした。


『ヤマタノ     専用駐車場』


看板は文字がかすれて読めない箇所があったが、どうやらここは駐車場のようだ。

「来た。駐車場だってよ」

「でも駄目だわ、この先は行けなくなってる」

笹野の位置からは見えなかったが、どうやら駐車場の入口にはロープが張ってあるようだ。

じゃあ引き返そう、と言いかけたときに串田がアクセルを踏んだ。

「いや何やってんだ、止まれ止まれ」

「なんでだよ、もう間に合わないって時に目の前に駐車場があるんだぞ」

「でも、ロープが張ってあるんだから俺たちは停めちゃいけないんだって。多分この神社の関係者専用とかじゃないのか」

串田を責める笹野の方を、長濱が振り返って言った。

「あのさ、さっき調べた時に書いてあったんだけど、夜跨神社って警備員とか神社の人いないらしいんだって」

「まさか、こんな混んでるのに」

「いや本当らしいよ、その手付かずの感じが雰囲気出ていいらしいって評判なんだから。ほら、インスタバエ」

――インスタバエ。またそれか。今年同僚から嫌というほど聞かされたその言葉が、地元の友人の口からも出てくるとは。笹野もついに頭に血が上り、気がついたら車のドアを開けていた。

「いいよもう、俺ちょっと上の方見てくるから。停めるとこあったら連絡するから、その時はちゃんと来てくれよ」

乱暴にドアを閉めると、笹野はもと来た道路の方へと戻っていった。




 歩みを早め、先行く集団をどんどんと抜いていく。串田は相変わらず粗っぽい男だが、まさか長濱まであんな感じになっていたとは。いや、都会に染まった自分が変わってしまったのだろうか。振り返ってみても、今日の田舎者二人の行動は目に余るものばかりだった。突然家に押しかけ、アパートの共用廊下でもあの大声で話してきたときは、一緒にいる自分が焦っていたのを覚えている。久しぶりに地元の友人に会えて、しかも年越しを一緒に過ごせるなんて嬉しいはずなんだけど――。

 考えながら歩いていると、いつの間にか人の流れに巻き込まれて神社の鳥居をくぐってしまっていた。鳥居をくぐると長い石段が続き、その先が本殿のようだがあまりの混雑に人の流れも詰まってきた。石段を挟むように並んでいる灯籠は、ほのかに境内を照らし出し、その景色は実に神秘的だ。インスタバエ――わかる気もする。

 なんだか二人に対して、申し訳ない気持ちが湧いてきて、ひとまず合流しなくては、とズボンのポケットをまさぐるが、スマホがない。そしてここで初めて、家のベッドにスマホを置きっぱなしにしてきたことに気づいた。とにかくここにいても仕方ないと思い、彼らと別れた駐車場の入り口に戻ることにした。しかし石段の後ろまで人で詰まりはじめ、引き返すことも困難になっていた。舌打ちをして、辺りを見渡したが、もはやこれ以外に手段は無いと分かるやいなや、脇に並んだ灯籠の隙間を抜け、杉林の方へ飛び込んだ。杉林を駆け下りた先にはきっとあの駐車場があるはずだ。背中の方からは人々の戸惑いの声が聞こえてきた。まぁこんな奇妙な動きをする自分に対してだろう。しかしもう足は止まらなかった。

 広い空き地に出た。冬の冷たい風が肌に染みる。夢中で駆け下りて気がつかなかったが、顔や手は草木に擦れて何箇所も血が出ていた。予定通り先程の駐車場に下りて来たようで、見覚えのある黒い車が隅に停められていた。その先には上りの石段が続いており、二人はきっとあそこから神社に向かったはずだ。

 ようやく望みが出てきた途端、強ばっていた身体は緊張から解き放たれ、駐車場の入り口の方にも目をやる余裕ができた。張ってあったロープは無残にも千切れて地面に転がっていた。やり過ぎじゃないかと思い、近づいてみるとロープと思っていたものは、等間隔に白い紙がついており、どうやらそれは神社でよく見るしめ縄のようだった。その先を辿ると、さっきは読めなかった看板が現れた。目の前まで来てみるとどうにか読めそうだ。


『ヤマタノオロチ生贄専用駐車場』


 串田の車に怪しい形跡が無いことを確認すると、迷うことなく神社への石段を駆け上った。看板に書かれていた意味は理解出来ないが、ずっと抱いていた違和感が、真実味を帯びて脳裏によぎる。ヤマタノオロチは神話に出てくる怪物のことで、そいつに生贄を捧げるって話もどこかで読んだことがある。足はさらに速くなる。

 神社の方から、鈴の音やざわめきが聞こえてきた。いつの間にか年が明け、参拝客の動きが活発になってきたようだ。石段を上り切ると、本殿の脇に出た。この辺りは人の行き来もまばらであった。ざわめきは四方八方から聞こえてきて、特に本殿の正面から聞こえてくるものが大きかったが、裏手の奥の方から聞こえてくるものはまた悲鳴混じりの異質なものだった。

 考えるよりも先に足は裏手に向かっていた。ざわめきは裏山の方からだった。山は一部分だけ岩肌がむき出しになっており、そこに人だかりがある。彼らはスマホで必死にその先の洞窟の中を撮っていた。鉄の扉越しに中が覗けるようになっている。笹野は人々をかき分け、覗いてみた。奥の方に確かに何か、どうやら台座があってその上に供え物が置かれているようだ。目を細めてその供え物が何か確かめようとしたそのとき、隣のスマホがフラッシュを放ち、洞窟の中をまばゆく照らし出した。膝から崩れ落ちた。一瞬でも分かるその供え物は紛れもない、友人二人、串田と長濱の生首だった。

 周りは更に熱を帯びて押し合い圧し合い、それを撮ろうとスマホを向ける。

「やめろよ!」


 笹野は叫んでいた。

「撮ってんじゃねえよ!」

人々は一斉に、スマホを声の主の方へと向けた。


デデーン!


生首発見で終わりにしといたほうが後味悪くて良かったですかね?

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