表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/77

最終章 〜太陽と月〜

 何事も無かったように、太陽は変わりなく今日も空へと上っていく。

 もしかしたらティア達が現れるかもしれない……等と淡い期待を抱きながら、昨夜は閉じてしまった黒の渓谷の傍で野宿をした。

 何もなく静かに夜が明け、サンは寝ている皆を起こさぬように、一人で抜け出し、悲しみを紛らわすように歩いていた。


 明らかに昨日までの空の色とは違っていた。

 真っ白な絵の具で塗りつぶしたような空は、白く薄い雲を漂わせながら、透明感のある青い空を広げていた。

 太陽の光は、眩しくて温かくて、目を閉じていても此処にあると、自分の真上にあると、サンは体全体でそれを感じていた。

 乾いた砂のような土の上に手足を広げ仰向けに寝転び、ゆっくりと目を開ける。

 頭の先の方には、遠くに灰色の街にある黒々とした山が逆さまに見えていた。

 風が吹く。乾いた軽い土を運んでいく。


「あれは……」

 サンの瞳に映った月。

 太陽の光の強さに隠れ、ひっそりと青い空に白く浮かんでいた。

「白い月……か」

 サンはそう呟くと、上半身を起こし振り向いて月を見上げた。

 そこに存在している事を感じさせず、視界の片隅にも入らないような白い月。

 だがそれは確実にそこに存在していて、無くてはならないもの……

 サンは自分の胸を手で押さえ、静かに目を閉じる。

「……存在が此処になくても、お前は俺の此処に存在する。そうだよなティア?」

 サンはそう呟き、閉じていた瞳を開ける。茶色の瞳には、今にも零れそうなほどの涙が揺れていた。

「おはよう……起きて、傍にいないから心配した。眠れなかった……よな?」

 そう言って、ライアンはサンの横に腰を下ろした。

 サンは何も言わずに、深い溜息をつくと顔を伏せる。

「サンに、ティアからの伝言……私にしてくれたように、これからは、皆の足元を照らしてあげて下さい。って、伝えるように頼まれた」

 ライアンの言葉に、サンは微かに肩を震わせているように見えた。

「……お前は知ってたのか? ティアが死を覚悟してる事」

 泣いているのか、サンのくぐもった声が聞こえてくる。

「……うん、知ってた。サンを頼むって言われたけど、僕じゃあティアさんの代わりにはならないし、そうなろうとも思わない。サンはサンでしっかり足を地面につけて歩かないとね」

 ライアンの言葉にサンは顔を上げる、サンの頬を伝って涙が流れ落ちる。

「ああ、もう、そんな風に泣かれたら、抱きしめたくなるじゃん……でも止めとく。ぶっ飛ばされそうだから」

 ライアンはそう言い、サンの涙を拭いながら、優しく微笑んだ。

「正解」

 サンはそう言って、鼻で笑う。

「坊や、いい事言うじゃないか!」

 リンの声が聞こえて、二人は後ろを振り返ると、そこには栗色の髪を揺らしたリンと翼をしまい込んだリリーが立っていた。 

「朝早くから、サンは何をしていたの?」

「月を見ていた」

 リリーの問いにサンはそう答え、青い空に浮かぶ白い月を、また見上げた。

 ライアンもリンもリリーも空に浮かぶ白い月を見る。

「私達は生きている……のよね」

「人間の命には限りがある。だからこそ、失いたくないって強く思う」

「クラマさん、ユーラさん、リッパー、マーラ……それにティアさん。誰かのためとかって、結局、自分のわがままだよね」

 リリー、リン、ライアンの三人は白い月を見ながら、静かにそう呟いた。

「月はまた上ってくるのにな……」

 サンは言葉の最後に何かを匂わせるように、ポツリとそう微かな声で言った。


 乾いた風が吹き、皆の髪の毛を揺らす。

 土が舞い、目を開けていられなかった。


 ハナコが翼を羽ばたかせる音が激しく聞え、鳴き声を上げていた。

 何かあったに違いない!

 その場の皆がそう思った。

 サンを先頭にライアンとリンが走って行く。

 なぜかリリーだけが、ゆっくりと歩いていった。顔には笑みを浮かべている。まるでハナコの鳴き声の理由を知っているようであった。

 ハナコは鼻先を下げ、何かを舐めている。

 サンは小高くなっている坂を駆け上がり、足を止めた。

 地面の上に、倒れている二つの影を目にして、動けなくなった。 

「これは……」

 後からきたライアンも一瞬息を呑み込む。

「マーラ……ティア……」

 リンは口に手をあて、微かに震えていた。


 乾いた地面に突如現れたのは、マーラとティアの姿であった。

 ただ、生きているのかどうかまでは把握できなかった。

 

 ティアは血の気を感じさせない顔色に、漆黒の髪の毛が一段を際立って見えた。

 装束は何箇所も裂かれ、全身には無数の傷が存在していた。

 地面にただ転がる姿を見ていると、もう二度と目を覚まさないのではないかと思えてくる。

 マーラは小さな体に何箇所も痣ができており、疲れきったような顔は、固く目を閉じていた。

 いつもの元気で茶目っ気一杯の表情からは、かけ離れた姿であった。

「マーラ、ティア!」

 ライアンは恐る恐る声をかける。するとマーラは眉間にしわを寄せ、呻き声と共にゆっくりと目を開いた。

 体に痛みが走るのか、すぐには起き上がれないようであった。

 リンが膝を付き、マーラを優しく抱き上げる。

「ティアは……どうなった?」

 マーラは弱々しくそう聞いた。

「大丈夫だよ。すぐ傍にいる」

 リンがそう言うと、マーラは弱々しく微笑んでいた。

「マーラ、約束守ってくれたのね。ありがとう」

 後から来たリリーがそう声をかける、マーラは手を上げ親指を立てた。

 そう、あの闇の街でマーラが耳打ちしたのはこの事だったのだ。成功する確率が極めて低い賭けだった。


 ティアの傍らにサンが膝を付き、静かに抱きあげると、ティアの青白い顔を見つめた。

 金色の睫毛だけが、太陽の光を受けキラキラと輝いていた。

 体は温かい、呼吸もしてる。生きている。サンはその事を感じ取ると、ティアを思い切り抱きしめ、ティアの首筋に顔を埋めると体を震わせ泣いた。

 ティアは金色の睫毛を揺らし、顰めながら目を開ける。

 驚いた事に、そこに存在する瞳の色は両方とも翡翠色の瞳だった。ただ片側だけは血にまみれていた。

 サンはティアの顔を覗き込む。

 ティアは眩しそうな顔をしながら、サンの顔を見て、少し怯えたような表情を浮かべる。

 様子がおかしかった。

「まさか……」

 ライアンは声を絞り出すようにそう言い、後の言葉を呑み込んだ。

 サンはライアンの言おうとした事を予想し、変わりに口にする。

「記憶が消えたのか」  

 サンのその言葉を、ティアの方は把握しきれていないようだった。

 ティアはサンの手を離れ、ゆっくりと上半身を起こす。体中の傷が痛むのか、時々動きが止まる。

 ティアの握っていた手から何かが落ちた。

 それは青い石だった。リンはその石を拾って握りしめると胸に持って行き、心から石に感謝した。

「此処は何処ですか?」

 ティアは周りを見渡し、そう呟き、何かに気付いたような表情を浮かべ、両手で顔を覆って震えていた。

「どうした?」

 サンの言葉に、ティアはゆっくりと顔を上げ、何かに怯えるような表情を浮かべる。

「……私は誰ですか?……なぜ此処にいるんです……わからない、わからないんです」

 ティアはサンの顔を覗き込んでそう泣き叫ぶように言う。

 自分の過去を失くしてしまうという事は、どんな苦しい事なのだろうか。それはティア本人にしかわからない事だった。

「そうか……何も憶えてないのか。無理に思い出す事も無い」

 サンはそう言って、無理矢理笑顔を浮かべると、ティアの血で汚れた顔を装束の端で拭く。

 ティアは一瞬、目を見開いて、頬を触るサンの手を握りしめ、綺麗な翡翠色の瞳でサンを見つめた。

「……もしかして、貴女は私の大切な人だったのですか?」

「思い出したのか?」

 サンは一瞬、期待を表情に浮かべるが、ティアは揺れる瞳で首を横に振った。

「なんとなく……そう思っただけです」

「そうか……過去が消えても、お前はお前だ。これから新しい未来を作っていけばいい、俺達は皆友達だ」

 サンの言葉に、ティアは顔を上げ、周りにいる、ライアン、リン、リリーの顔を見つめる。

 ティアを包むように笑顔が溢れ、温かく優しい雰囲気に包まれていた。

 突然、ティアの頬を伝って涙が流れる。自分の意思とは別に、心の芯が震えているのを感じ、涙を止める事ができなかった。

「ティア……大丈夫か?」

 マーラがゆっくりと起き上がり、ティアに近付くと弱々しく笑みを浮かべた。

 ティアは悲しみの影を宿す瞳で、マーラを見つめる。

「サン、ごめん」

 マーラは目を伏せそう言う。謝罪の理由が何を意味しているのか、サンにはすぐにわかった。

「謝るな……俺は感謝してる。空間を飛ぶ……マーラ、お前にしかできない事を、危険を犯してまでやってくれてありがとう」

 サンは今にも泣きそうな顔をして、微笑んだ。

 

 太陽の光を背にサンはゆっくりと立ち上がる。

「ティア、道に迷ったら、俺が手を繋いで横を歩いてやる。だから安心しろ。過去は消えても、生きてる限り、新しい未来は作れる。俺と一緒に未来を作っていこう」

 サンはそう言って、ティアの前に手を差し出した。

 ティアは手を伸ばし、一瞬、躊躇する。そんなティアの手をサンは自分から握りしめた。

 ティアは翡翠色の瞳を見開き、サンの茶色の瞳を見つめる。

 太陽の光を背に浴びたサンの姿は、その存在自体が太陽のように見えた。

 サンはティアの体を引っ張り上げるように立たせ、涙で濡れたティアの頬を手で拭う。

「貴女はまるで……太陽だ」

 ティアはそう言って、柔らかく優しい笑みを零した。それはまさしくティアにしか浮かべる事のできない笑顔だった。

 闇夜に浮かぶ月の様な優しい光を想像させる笑顔。

 サンの優しく揺れる瞳に、ティアの涙で濡れた笑顔が映っていた。

 リンには、二人を包む柔らかい眩い光が見えていた。

 ライアンもリリーも、その姿を優しい笑みを浮かべ見つめている。

 マーラは、ハナコに顔を舐められながら微笑んでいた。


 太陽の光の片隅に、浮かぶ白い月はまだ顔を見せていた。

 温かな強い光の中で、優しく穏かに存在する。

 それはまるで、サンとティアのようだった。


 日は沈み、また昇る。月もまた沈み、また昇る。

 生きている限り、未来は必ずやって来る。

 まだわからない未来だからこそ、自分で選ぶ事ができる。

 左に行くか? 右に行くか? それとも真ん中なのか?

 新しい一瞬後に向けて一歩を踏み出す。

 いつか必ず、この手に握れる何かがあると信じて。

  

 〜了〜

ついに完結いたしました。

このような自己満足でしかない作品に、長い間お付き合い頂いた方々に感謝いたします。


いかがだったでしょうか?

この物語を締める上で、結末をどうしようか非常に悩みました。

皆さんの予想した通りだったでしょうか?

それとも違ったでしょうか?


些細な事でもかましません。

色々な方の声が聞き、今後の作品にいかせたらと思います。

感想、ご意見、批評等を書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

ありがとうございました。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ