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     〜恐怖〜

 淀んだ赤い空には無数の小さな亀裂が入り、そこから染み出すように赤い雫が雨となり、闇の街に降り注いでいた。

「もうすぐ時は満ちる。人間どもよ、お前達は自ら生み出した醜く腐ってしまったその心で、闇を創り出した。己らが創り出した闇に呑み込まれてしまうがいい……この世は恐怖で覆われ、人間達の命乞いの声が響くのであろうな。私はそれを糧に闇の覇者となる」

 目を凝らさねば見えぬほどの闇の中で、闇王は真っ赤な口を歪ませ、卑しい笑みを浮かべる。

「私の世界に、光など必要ない。この世の唯一の純粋なる光を握りつぶし、あの肉体を手に入れる……早く此処まで来い。光と闇の力を宿し者」

 闇王はそう言い、まるでこれから現れるであろう獲物を待つような雰囲気で、眼の前の闇を見つめ鋭い爪を舐めた。その冷ややかな美しさが、冷酷な雰囲気をより一層際立たせていた。


 サンは暗闇の中をうろうろと歩き回っていた。

 普通なら目が慣れれば、見えてくるようなものだが、サンが閉じ込められている闇は、そんな光を含む闇ではなく、もっと深く濃く重い闇であった。

「くそっ!」

 サンの中の苛立ちが蓄積されてきていた。そんなサンの様子をリッパーは溜息をつきながら見ている。リッパーの真紅の瞳には、サンの姿が見えていた。

「もう少し静かにできねえのか」

 暗闇の中で、リッパーの声が響き、サンはその声のするほうに足を進める。そしてリッパーの体に思い切りぶつかり、跳ね返るようにサンの体は後ろへと転んだ。

「いつまで、俺をここに閉じ込めておく気だ!?」

 サンは暗闇の中、目の前にいるであろうリッパーに向って、声を張り上げてそう叫ぶ。

「ティアがくるまでだ」

「お前ら、ティアをどうする気だ? 何を考えてる?」

 サンの問いに、一瞬の沈黙があり、リッパーは口元を歪めると、軽い笑い声を立て笑っていた。それは自分の中の悲しみを必死に隠すような響きを持っていた。

 リッパーは気付く。ティアをどうするのか? その問いに答えられるだけの情報を、リッパーは持っていなかった。

 ただ、父親である闇王が、ティアの持っている翡翠色の瞳を求め、その瞳こそがこの闇の世界において、脅威になるであろう存在だという事以外、何も知らされてはいなかったのだ。

 そしてそんなあやふやな理由の中で、リッパーは自分の父親の絶対的な力に恐怖を感じ、言いなりになるしかない自分、否、言いなりになってしまう自分、歯向かう等という考えを持つ事さえ、許されないほどの脅威を、闇王に対してリッパーは感じていた。

「まったく……鬱陶しいな」

 リッパーはそんな自分の自由な意思の許されない不自由さに、苦笑し髪の毛を掻き揚げた。

「答えられないのか? そんなにあの父親が怖いのか」

 サンの言葉にリッパーは無言だった。図星だった事もあったが、なぜ? いつからこんな恐怖を抱くようになってしまったのか……昔はこうじゃなかった。そうリッパーは思い、記憶の糸を辿る。

「俺達人間や、配下である妖魔が、お前の父親を怖がるのはわかるが、なぜお前までが父親を怖がるんだよ」

 サンの言葉に、微かに闇が動いたような気がした。するとサンの眼の前のリッパーらしき気配が座り込む音がする。

「……うっせえな……俺はアイツを父親だと認めちゃいねえ……そうだ……そうだよ。あんなヤツ父親なんかじゃねえ……いつからだったかな。アイツの雰囲気、いや存在自体が変わったのは」

 リッパーはそう言うと、目を伏せ頭を抱えた。

 サンはほんの少し、漂っている雰囲気が変わったように感じ、口を噤みリッパーが次に口を開くのを待っていた。

「何年前? いや、何十年前か……突然それまでの雰囲気とまったく違うアイツが現れた。それまでの力よりも、なんていうのかもっと凝縮された力っていうのか。近付いたそれだけで、足が震えてしまうような恐怖を感じるようになった」

 リッパーの言葉に、サンは口を尖らせ不機嫌なまま口を開く。

「それにしても、納得いかねえな、あんなにうざってえくらいにティアの事を慕っていたくせに、掌返すように、妖魔ってのは心変わりが速いな」

 その言葉に、サンの眼の前でリッパーの真紅の瞳が光る、次の瞬間、サンは額にピリッとした気配を感じ、咄嗟に向かってくる何かを手で遮る。

「つっ……」

 サンの掌にはリッパーの鋭い爪が突き刺さり、血の匂いが漂っていた。

「言葉に気をつけろと言ったはずだ。ティアが来る前に死にたいのか?」

 リッパーの冷ややかな声が微かに闇を揺らしていた。

「んなわけねえだろう! よくわかんねえけど……ティアの事に関しては、お前ならわかってくれるんじゃねえかって、妖魔だとか人間だとか関係なく、ティアの命を優先してくれるんじゃないかって……ああもう! 俺は甘いのかもしれねえ」

 サンは悔しそうな表情を浮かべ苛立ちながら、真っ赤な髪の毛を掻きそう言った。

 リッパーはそんなサンの言葉に失笑しながら目を伏せ、突き刺していた爪をサンの掌から抜いた。

「お前、むかつく」

 リッパーはそう一言、言うと、サンから顔を背け横を向いた。

 ティアがサンに対して特別な感情を持つ理由が、なんとなくわかったような気がしていた。

 サンの言葉、持ってる雰囲気は、闇の世界では異質なほどの光を感じる。ティアの持ってる雰囲気よりも、もっと激しくて熱く、だがその反面温かい優しさに満ち溢れた純粋な光。

 リッパーはサンの中にティアとはまた違う魅力を感じ、それと同時にその雰囲気に嫉妬もしていたのだった。


 サンとリッパーを包んでいる闇が微かに揺れだす。

 リッパーは立ち上がると、体を影で包み込み闇の空間へと消えていく。

 サンの目の前からリッパーの気配が消えた次の瞬間、サンの周りの闇が、重く纏わり付くようにサンの体を包み込み、闇の中に吸い込まれるように消えたのだった。 


 サンは無理矢理闇の中に引っ張られるような感覚を感じ、次の瞬間。、広い空間に投げ出され、床に落ちる。

「いっつう……」

 そこは冷たい石畳が敷かれた薄暗い空間。天井が高く、周りには石で作られた太い柱が何本も立っていた。冷え切った空気に包まれ鳥肌が立つほどだった。

 ゆっくりと顔を上げ、前を向くと、そこには重そうな鉄製の真っ黒い大きな扉があり、扉の前には薄っすらと全身黒に覆われた影が一つ見えていた。

 真っ赤な髪の毛を揺らし、真紅の瞳は静かな光を放って、その影は立っていた。

「リッパー……」

 サンはその名を呟くように口にする。

 リッパーは扉の向こうから現れる何かを待ってるようだった。

 

 サンは背後に凍りつくような気を感じ後ろを振り向いた。そこには漆黒の髪の毛を揺らし、冷酷な笑みを浮かべる、闇王の姿があった。

 またサンの頭の中に、恐怖が入り込んでくる。サンの心を締めつめるように浸透して、思考を凍りつかせていくようだった。

 リッパーが言っていた言葉を思い出す。近付いたそれだけで恐怖を感じてしまう。

 まさにその通りの存在だった。ちょっとでも気をゆるせば、恐怖の餌食になってしまう。

 サンの瞳が金色に輝く、心の芯から熱が発せられるようであった。一気に熱が体を包み込み脳内に映し出された恐怖を焼き尽くしていく。

「……俺には通用しない」

 サンは金色に輝く瞳を闇王に向けると、鋭く突き刺すような視線で睨む。

 闇王はその金色の瞳を冷ややかに見つめ、表情のない顔でゆっくりと口を開いた。

「その金色の瞳……邪魔だな。翡翠色の瞳とともに消えてしまえ」

 闇王は淡々と何の抑揚もない口調で、サンを射抜くような瞳で見つめた。威圧的なその瞳から気が発せられる。サンの中に衝撃が走り体が動かなくなった。

 しまった! サンは心の中でそう叫んだが、時すでに遅く、サンの体は闇王の力の前に雁字搦めにされ指先さえも動かす事ができなかった。

 闇王の創りだす冷たい恐怖がサンの頭、指先、足先から伝わり浸透して、徐々に体を支配し、心を凍りつかせていく。

 寒くて、冷たくて、痛みを感じる感覚だった。灰色の街でスペルの言霊に襲われた時に感じた、ティアの気と同じ雰囲気を持っていた。

 サンの脳裏に、眼の前の光景とは全く違う絵が描かれていく。

 自分を殺気を放つ無数の妖魔が囲んでいた。数え切れないほどの人間達の骸が転がり、血と死臭が漂う中で、自分を守るようにして眼の前にティアが立っていた。

 その姿は傷だらけで今にも倒れそうなほど儚く見えた。サンの心臓が激しく鼓動する。

 凍り付いてしまった思考は、サンが持っている光の力をも跳ね返してしまい、幻か? 現実か? サンの中でその境目がわからなくなっていた。

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