表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/77

     〜赤い雨〜

 岩壁にできた穴から出ると、雨が降り出しており、大地を赤く染め、一面に腐臭が漂っていた。

「この街にも雨が降るのか?」

 マーラは眼の前の光景に鼻をつまみながら、ユーラにそう聞いた。

 ユーラは、眼の前の光景に驚愕し、口を塞ぐ手が微かに震えていた。

「どうしました? ユーラさん」

 ティアは眉間にしわを寄せ、手で口と鼻を押さえながらそう聞いた。目を見開いたまま、ティアの方を見つめたユーラの瞳は微かに震え、悲しみに満ちた色をしていた。

「ここには雨など降りません。これは……赤い川の水が漏れ出しているのです。ティア様、急がないと時間がありません。闇王を倒し漆黒の扉が開かれるのを阻止せねば、この世は何も無い闇に呑まれます」

 ユーラのその言葉の真意はわからなかったが、時間が無い事だけは、ティアとマーラにもわかった。

 その時、今まで空気の流れを感じなかった中、いきなり空気が動くのを感じ、それは風となって三人に吹き付ける。大きな翼を羽ばたく音が聞えてきた。

黒鳥族こくちょうぞく!」

 ユーラは自分の頭上を見上げそう叫んだ。

 三人の頭上には、この街に入り込んですぐに、ハナコを襲った黒い翼を持った、羽毛に覆われた体の妖魔が翼を羽ばたかせ飛んでいた。

「闇王の手下です。逃げてください!」

 ユーラの声に反応するように、ティアとマーラは走り出した。だが速さでは敵わなかった。

 ティアとマーラが走る中、ユーラだけが立ち止まり、頭上の敵に身構えた。黒鳥こくちょうはユーラ目掛けて急降下してくる。

 ユーラは手を前に伸ばし、黒い球体を作り出すと、黒鳥に向けて放った。

 黒鳥はその球体を難なくかわし、ユーラに突っ込んでくる。

 マーラは咄嗟に地面を蹴り、飛び出していた。ユーラの体に抱きつくようして、一緒に飛ぶと地面に転がる。黒鳥からの攻撃を寸前でかわした。

 ユーラとマーラを庇うように影が映る。立っていたのはティアだった。

 ティアは、黒鳥に向って鋭い視線を向ける。

 翡翠色の瞳が鋭い光を放ったかと思うと、ティアの足元の空気が動き出し、ティアの体を包むように光が渦を巻く。次の瞬間、黒鳥目掛けて、渦の中から放射状に光の矢が放たれ、ティアを包んでいた光が消える。

 矢は黒鳥の羽ばたく翼を射抜き、次から次に黒鳥が地面に落ちていく。

 だが全てを撃ち落とす事ができず、一体の黒鳥がティア目掛けて急降下してくる。

 ティアは寸前で結界を張るが、その威力に吹っ飛ばされ、木の根元に思い切り体を打ちつけた。ティアは顔を歪め、体に走る痛みのためにすぐに立ち上がる事ができなかった。

 黒鳥は地面に降り立つと、ティアに向って近付いていく。

 その光景を目にしたマーラは、反射的に地面を蹴り、黒鳥に向けて長い爪を振り上げる。

 一瞬、黒鳥の真っ赤な瞳がマーラを見たかと思うと、空気の塊がいきなりマーラの体にぶつかり、その反動でマーラの体は吹っ飛ばされ、ユーラの足元へ転がった。

「つっ……」

 マーラは呻き声を上げ、顔を顰めながらティアの方を見る。

 黒鳥はニヤリと笑い、ティアに手を伸ばした。刹那、青い光が風を切って黒鳥に向って飛ぶ!

「ぎゃああああ」

 黒鳥の真っ赤な瞳には矢が刺り、傷口からは湯気が立ち、解け始めていた。

「遅れて申し訳ないね」

 その声とともに、ティアの眼の前に降り立った影は、栗色の髪の毛を揺らし立っていた。

 頭上にはまだ三体の黒鳥が飛んでいた。

 ティアの眼の前に立っていた影は、素早い動きで弓を構えると矢を放つ、青い光が線を描き、黒鳥の翼を捉える。

「僕にもその矢をもらえますか?」

 そう言って息を切らしながら走りこんできたのは、ちぢれた金髪の少年だった。栗色の髪の毛の女性は、ちぢれ髪の少年に矢を一本渡すと、二人で並んで弓を構える。

 一瞬空気が張り詰め、緊張に包まれた。 刹那、二人の瞳に輝きが走る。矢は放なたれ青い光を放ち風を切り飛んで行き、黒鳥をみごと射抜いたのだった。

「ティア、大丈夫かい?」

 そう言って、ティアの前に手を差し出したのは、青い街の神使、リンであった。

 ティアは痛みに顔を歪めながら、リンの手を握る。リンは栗色の髪の毛を揺らしながら、ティアの体を引っ張り上げた。

「ティアさん、すみません。僕が不甲斐ないばかりに、サンが……」

「わかっていますよ。大丈夫、サンは強いですから。ライアン、来てくれてありがとう……これはサンの退魔の剣ですね」

 ちぢれた金髪を掻き揚げ悔しそうな表情を浮かべるライアンに、ティアはそう言って優しく微笑むと、退魔の剣を受け取った。

 ティアは悲しみを帯びた雰囲気を漂わせると、退魔の剣を握り締め、目を閉じ深呼吸をする。

「ティア、お前が気を放ってくれたおかげで、お前の場所がすぐにわかったのは良かったが、それは妖魔達も同じだ。この場所からすぐに離れないと」

 リンは栗色の髪の毛を揺らしながら、そう言葉を発する。 

「リンさん、来てくれてありがとうございます」

「何を言ってる。お前とサンのためなら、私は何処だろうと飛んでくる……お前の事だ、また、ああでもないこうでもないって、悩んでんじゃないのか?」

 リンはそう言うと、ティアの黒髪をクシャクシャと撫で微笑んでいた。

 ユーラは眼の前のティアの姿に驚きを隠せなかった。ティアとサンのために、このマーラを含め神使達が集まってくる。ティアを囲むその雰囲気は、この赤い雨が気にならなくなるほど輝いて見えた。

「凄げえだろう? 闇だとか光だとか、そんな力以前に、あんな風に皆をひきつける力を持ってるのさ。俺もそうだけど、皆、ティアとサンの事が大好きなんだよ」

 マーラはそう言うと、ユーラに微笑みかける。

「……本当に……あの方を眼の前にすると、私自身が闇の存在だという事を忘れてしまいそうになります」

「あのさ……闇とか光とか、いいんじゃねえのそんなの。ユーラはユーラだろう?」

 マーラはそう言って、ユーラに可愛らしいウィンクをして見せた、ユーラはそんなマーラを目を見開いて見つめていた。

 眼の前の小さな少年の言葉に、ユーラの心は揺さぶられ、今まで感じた事のない温かさが心に広がるのを感じてた。

「マーラ、行きますよ。ユーラさん、大丈夫ですか?」

 ティアの声が雨の音の合間をすり抜けるように聞えてきた。

 マーラは飛ぶように起き上がり、ティアの所へ走っていく。ユーラはそんなマーラの後姿を見ながらゆっくりと立ち上がり、微かに微笑むとティアに向って歩き出した。 



 何も見えない暗闇の中で、呼吸の音だけが聞えていた。

「あれが、お前の父親かよ?」

 サンは暗闇の中で、唯一光り輝くリッパーの瞳を見ながらそう言った。

「だったら、何だ?」

 リッパーの明らかに不機嫌そうな声が響いていた。

「なんとなく、お前とは雰囲気が違うなと思って……お前のティアに対しての思いを目の当たりにした時、熱さを感じるくらいの思いが伝わってきた。だけどあいつの瞳は冷え切ってて、そこには何も見えない、何もない闇のような、ただ恐怖だけがそこにある感じだった」

 サンは、闇王の瞳を思い出しながらそう言葉を紡ぐ。それと同時にあの真紅の冷ややかな瞳と、ティアの真紅の瞳に、似た色合いを感じていた。

 闇王の持ってる雰囲気と、ティアの闇の力が放つ気はどことなく似てる……サンはそう思っていた。

 だが、何かが確実に違っている。それはサン自身も感覚でしかなく、言葉に言い現せるものではなかった。

「女はおしゃべりだな」

 ほんの少し悲しみを帯びたようなリッパーの声が暗闇に響く。

「なぜ、お前がティアを陥れるような事をする?」

 静かだが、ほんの少し怒りを匂わせる口調でサンはそう言った。

「……うるせえよ」

「父親が怖いのか?」

 サンの言葉に、一瞬、暗闇が揺れたような気がした。そして次に瞬間、リッパーの手がサンの首を力強く掴み、締め上げていた。

 サンは苦悶の表情浮かべ、リッパーの手に自分の手をかけるが、振りほどく事ができなかった。

「俺にお前を生かしておく理由はない。余計な事を言えば命が縮むだけだ。覚えておけ」

 リッパーの冷ややかな声が響き渡り、サンの首からリッパーは手を放した。

 サンは喉を押さえ、激しく咳き込んでいた。

 咳が少し落ち着いてきて、サンはゆっくりと口を開く。

「お前のティアに対しての気持ちは本物だったはずだ……正直、俺にはない絆を感じて悔しい気持ちもあった。お前はまだティアの事を思ってんだろう? ティアに悲しい思いだけはさせるな」

 サンの言葉にリッパーは目を閉じ、一言も言葉を口にしなかった。

 そこに確かに存在してるはすなのに、気配を感じる事ができないほど、静かな空間が広がっていた。


 リッパーは自分の中の正直な真実から目を背け、耳を閉じ、離れてしまった。

 もう手遅れだよ。サン、お前をティアの手から奪ってしまった今、俺はもう後戻りできない。結局、闇の者は闇に染まるしかない。光の下で存在する事はできないんだよ。

 リッパーは心の中でそう呟き、ティア、否、シャイニンと過ごした時の事を思い出していた。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ