闇の街 〜突入〜
闇から生まれ、実態を持たない、人間の形をした影の塊が襲い掛かってくる。
「何だ、こりゃあ!?」
マーラは思わず、その不気味な代物に長い爪を浴びせながらそう叫ぶ。
サンは風のように影の合間を走り抜ける。何の手ごたえも無く、何体かの影が消えていく。
本当に切ったのか!? そんな疑問が残るような手ごたえだった。
クラマは光の球を手の間で大きくすると、影の集団に向けて放つ。光は影を飲み込むように侵食し消滅させる。
だが、不気味な影の数はいっこうに減る気配を見せない。まるで周りの闇から次から次に生まれてくるようだった。
もしも周りを取り巻く闇から生まれるのだとしたら、一瞬でもこの闇を失くす事ができれば、逃げる隙ができるかもしれない。
ティアはそう考え、両手を合わせた。
手が光り輝き始める。ティアは両手を広げその光を大きくすると、空に向けて光を放った。
そう高くはない位置で光は花火のように弾け飛び、周りを眩い光に包み込む。
影達は一瞬にして、体が薄くなり消えていく。
「皆、今です。ハナコに乗って!」
ティアの声と共に、サン、クラマ、マーラはハナコに飛び乗る。ハナコは大きな翼を羽ばたかせ、空中へと巨体を浮かばせた。
ティアは小走りに走り、軽く跳躍するとハナコの背中に乗る。
ハナコはそれを待っていたかのように、ティアの感触を感じると、空中をまるで滑るようにその場から離れるように飛んでいく。
風を切り、四人を乗せたハナコは、真っ赤な川をなぞるように飛んだ。
「しかし闇の街ってのはいったい何処にあるんだ?」
サンはそう言いながら、手がかりになるようなものが視界には入らないか、必死に暗闇の中を見つめる。
「昔、聞いた事がある。闇の街は人間の命の下にある」
「人間の命の下!?」
クラマの言葉に、サンはそう言い、真っ赤な髪の毛を掻きながら考え込んでいた。
「命の下……血の雪……腐臭が漂う川……真っ赤な川」
ティアは頭の中の情報を必死に掻き集め、整理しているようだった。
「この川ってさ、もしかしたら人間の血なんじゃないの? 腐ってるみたいだけどさ」
マーラはそう言いながら、下を流れる川を見ていた。
「と言う事は、この川の下って事か?」
クラマの言葉に、ティアは川に落ちた時の感覚がまた蘇り、口に手を当て蹲る。
マーラは溜息をつきながら、ティアの背中を優しく摩っていた。
「ハナコ、止まれ! ああ!! 見ろ! 前がねえ!!」
サンの慌てた声に、一同は顔を上げ前を見た。ハナコは翼を羽ばたかせ止まる。
前には大きな石の壁がそそり立ち、それ以上は前に進めない状況だった。川はそこで切れ滝となっていた。何処まで続いているのかわからないような深さ。深い地下に吸い込まれるように、真っ赤な水が落ち込んでいた。
四人は顔を見合わせる。サン、クラマ、マーラの三人は一斉にティアの顔を見る。その視線の意味をティアは十分把握していた。
ティアは苦笑しながら、静かに頷いく。
「じゃあ、行くぞ。覚悟しろ」
クラマはそう言って、ハナコの背中を軽く叩いた。
ハナコは首を下げ、羽ばたきを止めると、一気に急降下しいて行く。四人はハナコから振り落とされないように必死にしがみ付いていた。
ハナコの真っ青な姿が、真っ赤な水飛沫の中に消えていった。
赤い纏わりつくような水の中を潜り抜け、ハナコは落ちるように広い空間へと飛び出した。
赤い水は、ハナコ達が飛び出してきた穴から落ち、その下では赤い水を受けるように、大きな池が波紋を広げていた。
凄まじい腐臭が漂っている。ティアは口を押さえ体が震えていた。
「ティア、大丈夫か?」
サンもそう言ったものの、さすがに匂いが上にいた時の比ではなく、油断すると吐いてしまいそうだった。
「ハナコ……此処から早く離れろ」
クラマの声にハナコはその場を離れ、できるだけ匂いの薄い場所まで飛んだ。
風が吹いていない。空気の流れが止まっており淀んでいた。
周りから翼を羽ばたかせる音が聞えてきた。そう思った瞬間、もの凄いスピードで上から何かが落ちてきて、ハナコの翼を直撃する。ハナコは痛々しい声を上げると、バランスを崩し錐もみ状態で落下していく。
サン、ティア、クラマ、マーラの四人は、その衝撃に飛ばされ、バラバラに吹っ飛ばされ散り散りに落ちていった。
黒い翼に、黒い羽毛に覆われた人間のような姿形を持った妖魔が、散り散りに落ちていく様子を見ながら上空を飛んでいた。
樹木が幅広く伸ばした枝の合間を縫って、何かが落ちてくる。
草木が擦れ合う音とともに、枝が折れ、勢いよく茶色に染まった葉の間から何かが飛び出してきて、地面に叩き付けられた。
「……うっ……ゲホッ」
体重が軽い事が幸いしたのか、マーラはかすり傷程度で済んでいた。
「ひでえめに遭った」
マーラは強く打ち付けた腰骨の辺を摩りながら立ち上がると、周りをゆっくりと見渡した。怖いとか不気味だとか、そんな感じではなく、とにかく気持ちが悪かった。
周りに生えている木や草は、一応その名の通りの姿形はしていた。だが、命を感じない。一面茶色に覆われたその空間は、死んでいながらに生きている。そんな雰囲気を漂わせていた。
これが人間界ならもうすでに枯れ朽ちているに違いない。此処では人間界の当たり前が当たり前ではないのだろう。
「嫌な感じだ……とにかく皆を探さなきゃ」
マーラは周りの様子を伺いながらゆっくりと歩き出した。
歩き出してすぐにマーラの体を嫌な感じが襲ってくる。何かいる! マーラはそう思った。
同じようなテンポで、同じ音をさせて歩く足音が茂みの中から聞こえてくる。
マーラはその音に気付き、足を止める。すると、茂みの中の足音も止まる。
何なんだ!? マーラはそう思い、静かに茂みに視線を移した瞬間、茂みの中から影が飛び出し、マーラに襲い掛かかってくる。
マーラはその影に押され後ろに倒れ、自分の上に乗っかっている影を見た。
驚いた……そこには自分と同じ顔があったのだ。
いつもササラを見ていて、同じ顔には慣れているつもりだったが、さすがにササラ以外の同じ顔はあまり気持ちのいいものではなかった。
マーラの上に乗っかっている影は、マーラと同じ顔でニヤリと笑うと、長い爪でマーラの首元を狙う。だが、マーラの方が一瞬早く、上に乗っている影の横腹に爪を刺し、力ずくで鬱陶しい自分と同じ顔を持つ物を吹っ飛ばした。
「ああ、もう! なんで俺なんだよ。どうせならクラマにしろよな」
そんな事を茶目っ気タップリの表情を浮かべて言う。
自分とそっくりな影がゆっくりと立ち上がって、ニヤリと嫌な笑みを浮かべると、一瞬にし消え、次の瞬間、マーラの眼の前に姿を現した。
マーラは咄嗟に後ろに飛び回避する。
「へえ……早いじゃん。そっくりさん」
マーラはまるでそれを 楽しんでいるようにそう言った。
そっくりさんはまた消える。次の瞬間、今度はマーラの背後に姿を現す。だが、その顔を血が伝い流れ落ちていた。
マーラの方が一瞬早く、そっくりさんの頭に爪を突き立てていたのだった。
「残念だね。俺の得意技知ってる。気を辿る事なんだよね。憶えておくといいよ」
マーラはそう言って、爪を抜く。そっくりさんの体は地面に倒れ込み、消えてなくなった。
マーラは消えてしまった妖魔を見つめながら、溜息をつく。
「同じ顔か……後味悪いな」
マーラはそう言い、地面に残された黒い石を拾い上げると、力一杯握り締め、茶色の森の中に姿を消していった。