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       〜赤い雪〜 

 冷たい風が吹いていた。風は土埃を運び、サンの体に吹き付ける。

 どのくらい歩いただろうか、サンが灰色の街を出た時には、太陽が顔を出し始めていた。今は太陽が沈みかけている。途中一度休息を取ったが、かなりの距離を歩いてるはずだった。

 そろそろ黒の渓谷が見えてくる頃。闇の街へ向う者を阻むように横たわる、長く幅の広い深い渓谷だった。

「いつものパターンだと、俺の方が歩くのが速いはず、だから追いつけるはずだが、今はどうかな……封印が解けてからのティアの力は凄まじい。身体能力も俺より上かもしれねえ。あの黄色い砂に埋まっちまった時のティアが懐かしいな」 

 サンはそんな事を思いながら、一人でクスクス笑っていた。

 吹き付ける風のせいで手が冷たくなって、感覚が無くなりつつある。サンは両手を口元に持ってくると、はあっと息を両手に吐きかけた。

 真っ白い絵の具で塗りつぶしたような空から、何かが落ちてくる。

 サンは空を見上げた……赤い何か……。

 それは真っ赤な雪だった。

 雪はサンの頬に落ちて解ける。サンはそれを手で拭ってみた。拭った手の甲を見ると、それはどうみても血にしか見えなかった。サンは咄嗟に匂いを嗅いでみる。

 鉄錆臭い血液独特の匂いだった。

「やっぱり、本物の血だ」 

 サンはそう言い、思わず眉間にしわを寄せ、足早に歩みを進める。

 血の雪は次から次に降り、サンのマントを赤黒く染めていった。

 

 サンの背後から、風を切る轟音が近づいてくる。サンはそれに気付き後ろを振り向いた。

 鳥!? いや違う。羽の生えた生き物……真紅の鱗が張り巡らされたドラゴンだった。

 サンは前に走る。すぐ眼の前に黒の渓谷が迫っていた。サンは剣を抜き、振り返ると鋭い眼光を輝かせ身構える。

 ドラゴンはサン目掛けて急降下してくる。サンは高く跳躍すると、ドラゴンの頭目掛けて剣を振る。だが硬い鱗に阻まれ傷をつける事さえ敵わなかった。

 サンは舌打ちしながら、地面に降り立つ。

 クソッ! どうしたらいい!? その時、サンは思い出した、緑の街で炎に包まれたティアの見た時、退魔の剣が光り輝いた事を。

 あの時、どうやったんだっけ? 咄嗟だったからなあ……サンはそんな事を考えながら、自分に向ってくるドラゴンに刃先を向け身構える。

 ドラゴンは金色の目玉を光らせ、口を大きく開ける。大量の空気が吸い込まれたかと思うと、次の瞬間、炎がまるで生きているかのようにサン目掛けて突進してきた。

 自分の前に剣をかざすのがやっとだった。

 こんな所で道草食ってるわけにはいけねえんだよ! サンは心の中で叫ぶ。

 炎は剣を直撃する。すると凄まじい火花が弾け飛び、炎は剣へと勢いよく吸い込まれていった。

「これは……いったい……」

 サンは眼の前で起こってる現象に驚いていた。

 剣は微かに震える。そして光を発し、甲高い音を響かせ鳴いた。

 刹那、サンの茶色の瞳が、剣の光に照らされ金色に輝く。サンは剣の力に導かれるかのように、大きく剣を振った。

 刃先の軌道上に炎が現われ、炎が一直線にドラゴンに向け放たれる。

 炎はドラゴンを包み込み、一気に燃え上がった。ドラゴンは苦しみのあまり暴れ、口を開いて炎を所構わず吐き出す。

 その一つがサン目掛けて飛んでくる。サンはそれを身軽になんなくかわした。つもりだった。

 ところが着地した場所が悪かった。

 ドラゴンとの戦闘で目の前しか見ていなかった事が仇となり、すぐ後ろに黒の渓谷が姿を現しているという現状を、すっかり忘れてしまっていたのである。

 着地した場所は崖上、地面は脆く、サンの足元は一気に崩れていく。サンの体は闇に吸い込まれるように落下していった。

 サンは目を見開き、心の底からもう駄目だと思った……刹那、サンは首の後ろ側が、何かに引っかかるような感覚に襲われる。落下がいきなり止まり、体を持ち上げられるように、いきなり上昇していく。

 かなりの力でいきなり持ち上げられたために、サンの体は左右に振られ痛みを感じていた。

 サンは自分を持ち上げ上昇する物の正体を確かめるために、目線を上げる。

 そして驚愕した。深い海の色の様な鱗に覆われたドラゴンが自分を持ち上げ飛んでいたのだ。

「何なんだよ。赤の次は青か……」

 サンはうんざりした顔をしながら溜息をついた。

 

 

 地下深くまで続くような真っ黒い渓谷の岩肌には、縄梯子がぶら下がっていた。

 だが、人間の中で、この大地を裂くような、真っ黒い口を開けた渓谷に、下りようと思うものはいないだろう。

 では何のための縄梯子なのか、ティアはすぐにそれを思い知る事になる。

 足元を見る視界の中に赤い何かが目に入った。ティアは上を見上げる。降ってくるそれは赤い雪だった。

「雪……これは、血」

 ティアは雪とともに自分の周りに纏わり付く匂いで、雪の正体が血液だという事に気付いた。

 ティアはその匂いに、眉間にしわを寄せ、苦しそうな表情を浮かべる。

 刹那、ティアが掴まっている縄梯子が、突風に激しく揺れる。ティアは振り落とされないように必死に縄梯子に掴みかかっていた。

 風がやみ、大きな翼が羽ばたく音がする。ティアは背後に視線を感じ、ゆっくりと後ろを振り返る。そこには金色の目をした、真紅の鱗を纏ったドラゴンが、ティアを見ていた。

 真紅の巨体が、真っ黒な空間に映え、鮮やかなほどの不気味さを漂わせている。

 この縄梯子は、ドラゴンの餌場となっていたのだ。

 さて、どうしたものでしょう……驚きはしたが、ティアは意外に冷静だった。 

 ドラゴンは闇の配下、ここで闇の力を使えばこのドラゴンは手に入るかもしれない。だがそれと引き換えに過去が無くなっていく。

「究極の選択……どちらも却下ですかね」

 ティアはそう呟きながら苦笑した。

 ドラゴンはティアの眼の前で大きな口を開く。ティアは開かれた口に向って、左手の掌を向ける、もうすでに掌は光っていた。

 光をドラゴンの口に向けて放つ。

 ティアは眼の前の様子を、緊張の中で見つめていた。 

 光はドラゴンの内臓に達すると、飛び散り放射状に降り注いだ。

 ドラゴンは、けたたましい獣の声を上げ、苦しみ悶えていた。

「それなりに効果はあったみたいですね」

 ティアはそう言って、下に足を運ぶ。

 ドラゴンのような巨大な相手に対して、光の力では大きな損傷を与える事は無理だろう。 

 ティアはこの隙にできるだけ下へと下りていく。

 風が吹き始める。ティアの心に嫌な予感が走っていた。

 何頭ものドラゴンの翼の音が聞える。先程のドラゴンの声を聞きつけ、飛んできたのだろう。

 ティアに向って熱風が吹いてくる。顔を上げた時、ティアの眼の前に炎が見えた。ティアは咄嗟に左の掌を眼の前に開き結界をはるが、炎の威力には敵わず縄梯子ごと飛ばされてしまった。

 ティアの体は暗闇の中に落ちていく。ティアのいた場所から渓谷の底までは意外にもそんなに離れていなかった。

 ティアの視界に、渓谷の底を流れている川が見えてくる。嫌な匂いを漂わせているその川は血の色そのものだった。

 ティアの体は川に落ちる。川はかなり深かった。

 ティアは流れの中で必死に浮かび上がると、自分に纏わりついている気色悪い匂いに、気を失いそうになった。

 その匂いは腐臭そのものだった。

 ティアは脳天に突き刺さるような匂いの中を必死に泳ぎ、岸へと這うように上がると、その場に胃の中の物を全部吐き出した。

 それでも気持ちの悪さは抜けきらず、胃液だけを吐き続ける。

 ティアは必死に上に纏っているマントを脱いだ、だが装束に染み付いた匂いは取る事はできなかった。

 ティアは岩肌にもたれかかると息を必死に整え、気持ちの悪さを逃がしていた。

 顔には疲れが見えた、無理もない肋骨に痛みが走るほど、力を入れて胃の中の物を吐いたのだから。

 腐臭を含んだ風が吹いてくる。ティアは苦笑した。

 たぶんまたドラゴンなのだろうが、ティアにはもう動くだけの気力が残っていなかった。

 ティアの視界の端の方に、深い青色の巨体の姿が入る。

 見覚えのある色だった。ティアはゆっくりと視線を横に移動する。するとそこには深い海の色を思わせる鱗で覆われたドラゴンがいた。

「……ハナコ」

 ティアの口から微かに、そんな名前が飛び出す。

「ティア、大丈夫か?」

 マーラの声が聞こえた。

 ティアは視線を上へあげる。するとマーラがティアの方を見ながら心配そうな表情を浮かべていた。

 その後ろ側にはクラマの姿があり、ティアを悲しい瞳で見つめている。

「馬鹿やろう!」

 その声は、ティアが突き放した相手の声だった。 

 憤慨した表情を浮かべて、真っ赤な髪の毛を靡かせ、ドラゴンから飛び降りると、ティアの傍に走るように近付き、ティアの頭を軽く平手で叩いた。

 ティアは顔を伏せ、悲しく笑っていた。 

 サンは地面に広がる汚物を目にして、ティアの吐き出した物だと察知する。

「クラマ、悪いんだけど、ティアの装束を着替えさせてやってくれ」

 サンはそう言うと、ハンカチを取り出して、ティアの顎を無理矢理持ち上げ、赤黒く汚れた顔を拭く。

 ティアはそんなサンを薄っすらとする意識の中で見ていた。

「本当に、お前は馬鹿なんだから」

 サンはそう言い、悲しみを含んだ瞳でティアを見つめる。

 ティアはサンの顔を見ながら、ゆっくりと目を閉じていった。

「ティア……ティア……ティ……」

 ティアは薄れ行く意識の中で、徐々に小さくなるサンの声を聞きながら、サンの体にもたれ掛る様にして気を失った。

 サンはティアの体に手を回すと、包むように優しく抱きしめた。

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