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黒の渓谷 〜願い〜

 あの馬鹿! こんな事になるなら、ずっと監視しとくんだった。

 昨日から様子がおかしいとは思ってたんだ。何かがあったのもわかってたのに……くそっ!

 サンはそう思いながら。旅の支度をしていた。


 周りが騒がしい事に気付き、サンが目を覚ました時には、ティアの姿はもう灰色の街にはなかった。

 サンはティアが何処に向ったのか、おおよそ察しはついていた。

「サン殿、ジェドを一緒に行かせましょうか?」

 クロードの言葉にサンは横に首を振る。他のヤツ等を巻き込みたくないとか、そんな理由じゃなかった。なんとなくティアと自分の間に人を挟みたくなかった。それだけだった。

「その気持ちはありがたいが、これは俺達の問題だ……って言うか、あいつは自分だけの問題だって思ってるんだろうがな!」

 サンはついつい言葉が荒くなてしまう自分に対して舌打ちをする。自分自身に対して怒りを感じていた。

「サン殿、この事とティア殿の事と、関係があるのかどうかはわからないのですが……」

 クロードは白い髭を撫でながら硬い表情を浮べていた。サンはクロードの顔を見上げ見つめる。

「昨日の夜から、ユーラの姿が見えないのです」

「ユーラって、ティアの看病していたあの女か?」

「ええ」

 クロードはサンの勢いに押され気味に返事をする。

 ティアが目を覚ましてから、俺達の所にあの女が報告に来るまでの間に、何かがあったのか? だが、あの女は人間だろう? 違ったのか?

 ああ、もう! いったい何なんだよ! あの女に何を吹き込まれやがった……サンは真っ赤な髪の毛を掻き毟りながら、苛立ちを抑えるように唇を噛み締める。

 そんな苛立ってる自分に不甲斐なさを感じて、鼻で笑いながら溜息をついた。

 サンは荷物を持つとゆっくりと立ち上がる。

「クロード殿、怪我の手当てをして頂きありがとうございました」

「こちらこそ、色々とお世話になりました。闇の街は人間を拒絶する街だと聞いています。十分にお気をつけて」

 クロードはそう言うと、サンの瞳を真っ直ぐに見つめた。

 サンは凛と瞳を輝かせると部屋を出る。部屋の外ではスペルが待っていた。

「スペル……」

 サンは佇むスペルを見つめ呟いた。

 スペルは何も言わずに、サンの顔を見上げていた。サンは膝を付きスペルの目線に自分の目線を合わせると、真っ直ぐに紫色の瞳を見つめる。

「スペル、元気でな。強くなるんだぞ」

 サンはそう言って、スペルの頭をクシャクシャと撫でると立ち上がって、灰色の街の出口へと向う。

 その後姿は凛々しく、真っ赤な髪の毛がサンの心を象徴するかのように靡いていた。 

「お姉ちゃん、絶対にまた会おうね!」

 スペルの言葉に、サンは振り返る事無く手を上げ、廊下の向こうへと消えていった。

 薄暗い中で、真っ赤な髪の毛が、揺れる蝋燭の灯に照らされ、燃え上がる太陽のように見えた。


 灰色の街を離れ、休み無く歩いていた。

 今頃、サンは怒ってるでしょうね……ティアはそんな事を思いながら足を進める。

 なぜ、サンを置いて街を出たのか。それはサンを巻き込みたくなかった……否、自分の大事な物を眼の前で失う事を怖れていた。

 そしてサンの眼の前で、自分が自分じゃなくなり、自分が壊れる所を見られたくなかった。

 私は臆病です……ティアはそんな事を思いながら、ただひたすら一歩また一歩と前に進む。

 灰色の街では灼熱地獄のような暑さだったというのに、荒野を包む空気は冷たく、寒さを感じるほどの風が吹きつける。

 周りは何も無い。何も見えない。空も一面白に覆われ青くはなかった。

 油断すると、自分が何処をどう歩き、どっちに進んでいるのか、わからなくなってしまいそうなほど、一面同じ景色と色が広がっていた。

 乾いた風がティアの体に容赦なく吹き付ける。風に乗って何かが聞えてきた。

「……ま……なんだ……よ……し……じゃ……」

 ティアの体の中に声が微かに響き渡る。

「邪魔なんだよ。死んじゃえ」

 ティアは自分の中に響き渡る声に衝撃を受ける。いったい、何なんだ!?

 次に頭の中に映像が映し出される。それは眼の前を沢山の足や手が覆い、自分自身を襲ってくる。叩かれ殴られ蹴られる……体中に実感として痛みが駆け巡る。

「つっ……」

 ティアはその場に蹲り丸くなった。

 自分自身を襲う声、映像、痛みの正体をティアは思い出す。それは幼い頃の記憶だった。

 真紅に変わる瞳、強大な力、それが仇となり、ティアは沢山の迫害を受けた。

 大人はもとより、その影響を受けた子供達のいじめは残酷でもあった。

 ティアは毎日のように、叩かれ蹴られ、しまいには崖から突き落とされ大怪我をした事もあった。だがその力により、怪我はすぐに治ってしまう。

 それはまた周りには異様な物として映り、迫害の原因になった。

 思い出したくもない記憶は蘇り、ティアの内面を容赦なく痛めつける。

 ティアは地面に仰向けになり、真っ白な空を見つめていた。

「こうやって……だんだん、憶えていたい記憶は無くなり、忘れたい記憶が残っていくのか……もしかするといずれサンの事も……」

 ティアの瞳は悲しい雰囲気を漂わせ震えていた。

 一番大切な記憶を失ってしまうかもしれない事への怖れ、そして過去を失う事で、自分の存在さえ自分の中から消えて行くかもしれないという怖れに、心が震え締め付けられるように痛かった。

「……私の中の闇は、どうも私に憎しみや怒り、そして恐怖の感情を植えつけたいようですね。私がもし闇に呑み込まれ、光と闇の力の両方を持つ者じゃなくなったら、どうなるのでしょうね」

 ティアはそう呟き、水色の街の洞窟に浮かび上がった文字の事を思い出していた。

 サンには絶対に言えなかった。メッセージ……


 人間達の負の感情が齎す歪によって、漆黒の闇の扉が開かれし時、この世は闇に包まれ、無と化す。光と闇の力を持つ者こそ鍵となり、これを天秤にて調和を取り、身を鍵とし扉を永遠に封印せん。


「人を愛し、愛される事が条件……守るものができた時、自ら命をかけ、その者を守ろうとする……お母さん、貴方は残酷な方ですね。生まれながらして、予言に基づき、そのためだけに私は生かされている。もし私が闇だけの存在になったら……」

 ティアは冷たい地面の上で、静かに目を閉じる。ここでこうしていたら、いずれ私は餓死するのでしょうね。それもいいかもしれない。

 私は、やはりひねくれ者ですね。運命を変えるために予言としての死ではなく、自らの死を選ぶ……ちょっとそんな決められたレールを曲げたい心境になりますね。

 そんな事をしたら、サンは悲しい顔をするでしょうね。

 ティアはそんな事を考えながら、目を閉じたまま口元だけ歪ませ、悲しい笑みを浮かべる

「運命を変えたいなら、生きることを選べ……いずれ無くなる命だとわかっていても、悪あがきして最後の最後まで諦めずに生きろ!」

 サンならこう言うんでしょうね。

 ティアは静かに目を開けると、真っ白い空に向けて手を伸ばす。

 貴女の横で貴女と共に生きていたい。そんなに特別な願いだとは思わないのですが、今の私にはかなり不可能に近い願い……かもしれませんね。

 ティアは心の中でそう呟くと、淋しそうに目を伏せ、上半身を起こして溜息をつく。

「自分から突き放しておいて、心の底では一緒にいたいと望んでいる……馬鹿ですね」

 ティアはそう呟くと、ゆっくり立ち上がった。

「とりあえず、悪あがきってやつをしてみますよ」

 ティアはそう言って体についた土を払うと、皮肉っぽい笑みを浮かべ、また歩き出した。

 続く荒野の地面と真っ白い空の境目が、ティアの姿を飲み込もうと、待ち受けているように見えた。


 人間を拒絶するかのように横たわる、黒の渓谷はすぐそこまで迫っていた。

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