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       〜戦闘〜

 サンは山道を駆け上りながら必死に嫌な予感を振り払っていた。

 今の今まで戦っていた妖魔達。雑魚だとしても弱すぎる。

 サンはその理由に確信を持っていた。

 たぶん、それはティアの仕業だと思う。この山のてっぺんにある物に、俺を巻き込まないようにするためにやったに違いない。

 それだけ危険の度合いが大きい事を意味する。あの馬鹿、また一人で背負いやがって! サンはそう心の中で呟きながら舌打ちをする。

 山頂から冷ややかな風が吹いてくる。あれだけ熱気に包まれていた空気がこんなに冷えているという事は、ティアはこの山に住み着く妖魔に勝ったという事なのだろうか。

 だが次の瞬間、その期待は脆くも崩れ去る。

 サンの眼の前に現れた光景は、一面凍り付いた地面に鮮やかな赤が広がっていた。そこから上に目線を移動すると、そこにはあの漆黒に包まれたB・ロージェの姿があった。

 そして、その腕の中には蒼白な顔色で目を閉じ、血だらけになっているティアの姿があったのだ。

 サンは息を呑む。鼓動は激しく高鳴り、心臓が壊れてしまいそうだった。

 B・ロージェはサンの姿を視界に捉えると、真っ赤な唇を歪ませニヤリと笑う。

「クロスの娘……いい表情だな。そんな表情を見るとゾクゾクと私の中の血が騒ぎ出す。そんなにこの男が愛おしいか?」

 B・ロージェはそう言うとサンの顔を真っ直ぐに見つめ微笑んだ。

 サンは何も言わずにただB・ロージェを睨んでいた。

 怒りや憎しみなどというような感情とは違っていた。ただ眼の前のティアをあの手から救い出したい。それだけだった。

「ティアを返せ」

 サンは淡々と冷たい口調でそう言った。 

「ほう……ならばこの男の命とお前の命を交換するというのはどうだ?」

 何のメリットも無い条件だった。その条件を呑んだとしても、おそらくティアの命の保障などゼロに等しいだろうから。

「では、先にティアを放してもらおうか。力で比べてもお前の方が上なのだから、そのくらいのハンディはあってもいいだろう?」

 サンはB・ロージェを睨みつけながらそう言う。一つの賭けだった。具体的に何かの策があるわけだはなかった。ティアさえB・ロージェの手から放れれば、そこに何か打開策が見えるかもしれない。そんな何の根拠も無いサンの勘だった。

「よかろう」

 B・ロージェはプライドの高い妖魔である。自分の力に自信を持っているのであろう。サンの要求を易々と受け入れた。

 ティアを凍り付いた地面に置くと、B・ロージェはゆっくりと立ち上がりサンに近づいてくる。

 もの凄い殺気を漂わせていた。ちょっとでも動けばそれが隙となって、致命傷となる。 

 サンは指先さえ動かせないでいた。

 B・ロージェはサンの眼の前まで来る。剣を抜くなら今しか無い。

「剣を抜くか? さあ抜いてみろ」

 B・ロージェは愉快そうに笑みを浮かべてそう言う。この挑発は同時に脅しでもあるのだろう。

 もし剣を抜かずに戦うのだとしたらどうしらいい? 力技で敵うはずもない。

 サンは何も考え付かない自分の不甲斐なさを情けなく思っていた。

 冷たい風が吹く中で少しの間、嫌な沈黙が漂っていた。

「そうか、お前から来ないのなら、私からいくぞ」

 B・ロージェは右手を振り上げる、サンは一瞬、そこに隙を見つけ、B・ロージェの右側に入り込む。だがサンのその行動は読まれていた。

 右に入ったサンの横腹に左手から伸びてきた鋭い爪が突き刺さる。

 かろうじて急所は外したが、かなりの深手だった。サンは痛みに歪む顔でB・ロージェを睨みつける。

「お前は可愛いな。まだそんな元気があるのか」

 サンはB・ロージェのそんな言葉に唇を噛み締めると、刺さっている爪を動かないように握り締め、左の拳でB・ロージェの頬を殴りつける。

 B・ロージェの真っ赤な唇に血が滲んでいた。サンの顔の左側に黒い影が入り込む。

「きゃああああ」

 サンの悲鳴が響き渡った。

 B・ロージェの右手の爪がサンの左肩を射抜いていた。鮮血が凍り付いた地面に真っ赤な点となって落ちる。

 B・ロージェはそのままサンの体を持ち上げるように宙に浮かした。

 もう終わりか……いいや、違う。最後まであきらめるな! 絶対に俺も死なないし、ティアも助ける。サンは強くその言葉を心に刻む。

 サンは痛みで朦朧とする中で必死に抵抗をした。

 背筋を少し後ろへ反らせ、反動をつけてB・ロージェの失ってしまった右側上部の顔目掛けて勢いよく頭付きをくらわす。

 B・ロージェはその激しい痛みに後ろへと倒れる。サンの横腹と肩にはまだB・ロージェの爪が刺さっていた。倒れた衝撃でサンの体にもかなりの痛みが走りぬける。

 刹那、サンの気持ちに答えるように、退魔の剣が鳴き声を上げる。その音にB・ロージェはピクリと反応する。次の瞬間、一段と大きく退魔の剣が鳴く。

「ぎゃああああ」 

 B・ロージェは悲鳴を上げ、サンに突き刺していた爪を抜くと、耳を押さえて地面を転げまわる。

 退魔の剣の鳴き声は、B・ロージェにとって殺人的な要素を持っているらしい。

 サンはふらつきながらも立ち上がると、柄に手を掛ける。その時だった、B・ロージェが自分の耳をその鋭い爪で抉り取ってしまったのだ。

 サンは眼の前の光景に、不快感と同時に驚きを覚える。

 B・ロージェは狂気に満ちた瞳でサンを見つめて笑っていた。

 サンの心の中にほんの一瞬、恐怖という感覚が通り過ぎる。B・ロージェはその一瞬を見逃さなかった。疾風の如くB・ロージェはサン目掛けて飛んでくる。

 その速さは人間の力では到底敵う速さではなった。サンは目を瞑り身構える。

 刹那、何かが空気の間を風を切り走り抜ける音がした。

「な……に!?」

 B・ロージェのその微かな声に、サンは目を開け目の前の光景を見つめる。

 凍り付いた地面を割って、真っ赤な蔓が伸びてきて、B・ロージェの手足の自由を奪い、体に巻きついていた。

「くっ! あいつの力をみくびっておったわ……」

 B・ロージェは悔しそうに唇を噛み締めていた。

「サン、止めを!」

 B・ロージェの後ろ側からティアの声が響いた。サンは考えるよりも早く、剣を抜き軽く跳躍してB・ロージェ目掛けて飛ぶと、一気に首に一太刀あびせる。

 B・ロージェの首は不気味は笑みを浮かべたまま飛んでいき、地面に転がる。

 巻きついてた真っ赤な蔓は、一瞬にして弾け真っ赤な雫となり飛び散る。それはティアの血液であった。

 首から上を失ったB・ロージェの体は、地面に倒れ黒い砂と化し消えていく。

 ティアはその場に座り込むと、胸に手を当て弱々しくサンを見て悲しい表情を浮かべていた。

 空気を微かに震わせるように、B・ロージェの不気味な笑い声が響き渡る、体から首を切り離してもなお生きていられるとは、すごい生命力である。

 サンはB・ロージェの首に近付き、剣を突きつける。

 サンの歩いた地面には血が点となり落ちていた。

「親の敵討ちができてうれしいか?」

 B・ロージェはサンの顔を皮肉っぽく見上げるとそう言った。

 だがサンの心の中にはもうあの時のような憎悪は無かった。親を殺された過去のしがらみよりも、ティアと過ごした時間の方が色濃く、心に残っていたのだから。

「なぜティアの翡翠色の瞳を執拗に狙う」

「それを聞いてどうするのだ?」

「お前はティアの真紅の瞳を見て、あの方に似ていると言った事があったよな? あの方とは誰だ?」

 サンの言葉にB・ロージェは不愉快そうに笑みを零すと、口を噤んで目を閉じてしまう。

「勝手に死ぬんじゃねえよ。さっさと言いやがれ」

 サンはそう言うと、B・ロージェの髪の毛を鷲掴みにして持ち上げる。

 B・ロージェは皮肉っぽい笑みを浮かべると静かに口を開いた。

「そんなに気になるのなら、自分達の目で確かめるのだな。あの方は闇の街にいる。到底人間など入り込める世界ではないがな」

 B・ロージェはそう言い皮肉めいた笑みを浮かべた。首の辺りからパラパラと黒い砂と化し、空気の中に溶け込むようにB・ロージェは消えていく。

 不気味なほどに美しく強い妖魔であった。 

 氷の上に漆黒の石が落ちる。サンはそれを拾い見つめていた。

「つっ……」

 いきなり痛みが体を襲いサンはその場に膝を付く、緊張が緩んだせいなのだろう。痛みはサンの体をまるで電流が流れるように襲い体の自由を奪っていく。

 サンはゆっくりと冷たい地面の上に倒れ込んでしまった。

「サン!!」

 サンは意識が薄れていく中で、ティアの声を微かに聞いたような気がしたが、すぐに闇に襲われ何もわからなくなってしまった。

 ティアはゆっくりと立ち上がる、ふらつき視界が狭くなる中で必死に意識を保っていた。

 出血はもう殆ど止まっていたが、失血量はかなりの量だった。

 ティアはやっとの思いでサンの所まで辿り着くと、傍らに膝を付き横たわるサンの姿を見つめて、壊れそうなガラスのように瞳を震わせる。

「まったく無茶な事を……でも助かりましたよ」

 ティアはそう言うと、サンの横腹に手をかざす。

 とりあえず、自分の意識が保てる間に、できるだけの治療をしなければ。ティアはそう思い、サンの横腹の怪我に光を当てた。徐々に傷口が塞がり治っていく。

 視界が狭くなるのを首を振り必死で逃す。

 まずい、このままだと二人ともここで倒れてしまう。ティアはそう思い、咄嗟にクロードに思念を飛ばした。

「申し訳ありません、ジェドと一緒に迎えに来てもらえますか」

 この距離感でうまく思念が辿り着くか心配はあったが、とりあえずやるだけの事はやった。

 ティアはサンの体から手を離し、疲れきった顔で深い溜息をつくと、そのまま視界は闇に閉ざされ、ティアの体は後ろへと引力に引き込まれるように倒れていってしまった。

 

 クロードの頭の中にはティアの飛んできた思念が言葉となって響いていた。

 早速クロードはジェドを連れ山へと向ったのだった。 


 噴煙で星など見えなかった空に、微かにできた合間から月の光が差し込んでいた。

 凍り付いた地面は光を受けて、キラキラと銀色に輝いていた。

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