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       〜生贄〜

 薄暗い廊下から枝分かれしてまた廊下が続き、その先々に居住スペースとなる部屋がいくつもあった。さながら蟻の巣を想像させる。

 クロードとジェドの後について歩くサンとティアを、物珍しそうにそこを住まいとしている住人達が見ていた。

 その殆どが白い髪に赤い瞳をしていた。

 真っ赤な髪の毛に紫の瞳、スペルは異端視されていたに違いない。

 クロードに案内されて通された部屋には大きな机があり、椅子が並んでいた。

 壁にはランプが幾つも並び、廊下に比べるとかなり明るい空間になっていた。

 空間の中に、ティアと同じくらいの年頃の女性が立っていて、その女性はティアを見ると優しく微笑んでいた。

 ティアもそれに答えるように微笑んだ。

「さあ、どうぞお掛けになってください」

 クロードの言葉に促がされて、サンとティアは椅子に腰をかける。

 スペルはサンの手を放そうとはしない。

「スペル、ご迷惑ですよ。手を放しなさい」

「ああ、気にしなくていい、このままでも話はできるから」

 クロードの言葉にサンはそう言って、スペルの手を強く握り締めた。スペルの表情は幾分か柔らいだような気がした。

「灰色の街とは地下にあるのですか?」

 ティアは椅子に座るなり、静かに話し出した。

「はい。もう地下に住むようになって、何十年になるでしょうか。地上はあのように熱を発する大地と、噴煙を上げる山があり、住めるような場所ではありません」

 クロードは溜息をつきながら淡々と話す。

 熱を発する大地と噴煙を噴き上げる山。原因は地下にありそうなものだが、これにも何かの力が作用しているのかもしれない。

 先程この部屋に立っていた女性が、飲み物を運んできて机に並べていく。

「木の実で作ったジュースです。お口汚しですが、どうぞ」

「ありがとうございます」

 ティアは女性に優しく微笑んだ。

「貴方様には、かなり強い力があるとお見受けしますが、どこかの街の神使殿ですか?」

 クロードはティアの左右の色が異なる瞳を見つめてそう聞いてきた。

「私はティアと申します。神使なんかではありません。父の消息を探しながら旅をしています」

 ティアはそう言うと、眼の前に置かれていたジュースを口にする。

「そちらの方は?」

 クロードはサンを見てそう聞く。

「俺は賞金稼ぎをしている。名前はサンだ」 

 サンも眼の前の飲み物に手を掛ける。その時だった、いきなりスペルが机にぶつかりながら、走って部屋を出て行ってしまう。

 ジュースの入ったコップが机の上に転がり、濃い紫色の液体が机に広がって、床へと落ちていた。

「スペルは俺が追いかける。ティアはここにいろ!」

 サンはそういい残し部屋を出て行った。

「まったくあの子は……ユーラ、此処を拭いておくれ」

 クロードに言われ、ユーラといわれた女性は机の上と床を拭く、ティアは何かそこに違和感を感じていた。それが何かはわからなかった。

 ユーラは拭き終わる一礼して静かに部屋から出て行った。

「クロード様、ここの街の方は白い髪の毛に赤い瞳の方が多いのですね」

「ああ、わしのように地上に住んでいた記憶のある者はそうではないのだが、生まれた時にもうこの地下での生活を余儀なくされた者は、色素が抜け落ち、そうなってしまうのです」

「でも、スペルは違いますね。真っ赤な髪の毛に紫の瞳です」

 ティアの言葉にクロードが机の上に置いてあった手を握り締める。

「ティア殿、黙ってこの街から出て行ってくれないだろうか」

 クロードはティアの瞳を突き刺すように睨みつける。ティアの心に嫌な予感が走った。

「スペルをどうするつもりです?」

 ティアはクロードの瞳を見つめると、やや冷たさの感じる声でそう聞いた。

「あの子の真っ赤な髪の毛は、怒りの色、山の神の怒りを静める贄になる存在。毒をもって毒を制す。あの子を差し出せば、きっと大地の怒りは納まるはず」

 クロードの言葉を聞き、ティアは心臓が高鳴るのを感じた。

「神などいない!」

 ティアは勢いよく椅子から立ち上がる。刹那、視界の中で周りのランプの光がぐるっと回る。立っていられなくなり、床に膝と手を付いた。

 ティアの鼓動が速くなっていき、体中の血管が脈打ってるようだった。ムカムカと胸の辺りがむかつき吐き気をもよおす。

 ティアは咄嗟に口に手を当てる。

「……薬……を入れま……した……ね」

 ティアはそう言いながら、崩れ落ちるように床に倒れこんだ。

 意識が朦朧としている中で、自分に近づいてくるクロードの足が見えた。

「スペルは我々の最後の望みなのです」

 クロードの声が、遠くの方で聞こえていた。

 馬鹿な事を……ティアは言葉にならなかったがそう呟き、意識が暗闇の中へと溶けていった。

 

「ちょっと待て!」

 サンはそう言って、スペルの腕を掴んだ。振り返ったスペルの表情は怯えに満ちていた。

「いきなり、どうしたんだ?」

 サンのその問いに、スペルはサンの手を引っ張ると、廊下を奥へ奥へと入って行く。

 突き当たりに小さな部屋があって、中にはベッドが一つと、机と椅子が置いてあった。

「ここがスペルの部屋なのか?」

 サンの言葉に、スペルは口に人差し指を当てて、静かにするようにサンに促がすと、ベッドの下の狭い空間へと入って行く。

 サンはベッドの下を覗き込んだ。スペルはベッドの下の壁のレンガに手をかけると、じりじりとレンガをずらして引っ張り出す。

 レンガが一個外れる。スペルは次から次にレンガを外していく。人一人が通れるくらいの穴が空いた。壁の向こう側には薄暗い空間が広がっていた。どうやら隠し部屋のようだ。

 スペルはその中に体をすべりこませると、サンにも手招きをした。

 サンは仕方が無く、自分もベッドの下へと入り、壁の向こう側の空間へと入ってく。

 そこには、小さいがスペルとサンの二人くらいなら隠れられるような、部屋が存在していた。

 スペルはレンガを急いで戻し、蝋燭に火をつける。

「おい、どういう事だよ」

 サンの問いに、スペルは奥の隅においてあった紙と鉛筆を手に取り、なにやら書き始めた。

 スペルは書き終わると、サンの手元にそれを差し出す。

 書かれた文字を見て、サンは驚愕の表情を浮かべた。

「あのコップには薬が入っていたって?」

 サンの言葉にスペルは大きく頷く。

「じゃあ、ティアは今頃、こんな所に隠れてる場合じゃない」

 サンはそう言うと、スペルが戻したレンガを取ろうと後ろを振り向いた。

 スペルは急いで、入り口のレンガを塞ぐように体で遮る。

「なぜだ!? いい加減にしろ!」

 サンはできるだけ小さな声で、スペルに強く言う。

 スペルは首を横に思いきり振った。紫色の瞳が悲しく揺れていた。

「出て行けば、僕は殺される。この街のためとかって言って、生贄にされるんだ」

 スペルの口から言葉が漏れて来る。その叫びは泣き声にも聞えた。サンはその姿に驚いていた。

「お前、話せるのか? 俺達に嘘をついたのか?」

「だって、お姉ちゃん、僕の守り人なんだよ。だから僕と一緒じゃなきゃ駄目なんだ」

 スペルの言葉に、サンは困惑していた。言っている事の意味を把握できなかった。

「何だ? 守り人って? そんな事、誰が言いやがった!?」

「黒髪の綺麗な神様。僕のお話を聞いてくれて、僕の事を可愛そうだって言ってくれた」

 何なんだ、その神様って。ここは神様を崇拝してる土地柄なのか? 俺にはまったく意味がわかんねえ! スペルの言葉にサンは苛立ちを露にして、髪の毛を掻き毟る。

「そこをどけ」

「嫌だ」

「……そこをどけって言ってんだろうが!」

 サンは真っ赤な髪の毛を揺らし、声を張り上げスペルに怒鳴る。スペルは紫色の瞳を輝かせると、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

「やっぱり神様の言うとおりだ。あの男の人がいるから、僕の者になってくれないんだ……あの人、僕嫌いだ、大ッ嫌いだ!」

 スペルはそう激しく言って、サンに飛び掛る。サンはスペルの勢いに押され後ろに倒れた。

 サンの眼の前には紫の瞳があった。

「お姉ちゃんがあの人の所に行くなら、僕、あの人を殺すよ」

 スペルは何の感情も感じさせない声でそう言う。

「何……だと?」

「僕の言葉は特別なんだ、言う時に強く念を込めると本当になっちゃうんだ……だからむやみに言葉を口にしちゃいけないって、神様に言われたんだ。今、僕、あの人の事、嫌いって強く思いながら言葉にしちゃったから、どうなったかな?」

 スペルはサンの顔を見ながら嬉しそうに微笑んでいた。まるで子供が一番欲しい物を手に入れた時のような顔だった。

 スペルの言った事は本当だろうか? 子供はその場限りの嘘をよくつくものだ。

 だがサンにはスペルの言葉が嘘には聞えなかった。

 体の芯の方からじんわりと恐怖がこみ上げてくる。ティアの事が心配だった。だが、へたに動く事もできない。

「生まれた時から生贄にされるのは決まっていた。だから諦めてたんだけど、神様がきて同じ真っ赤な髪の毛と茶色の瞳の人が、僕を助けてくれるって教えてくれた。それってお姉ちゃんの事だよね」 

 スペルはそう言って、サンの胸に頬を寄せ抱きついた。 

 サンは言葉を発する事ができなかった。

 スペルの言葉を信用するなら、スペルを怒らせる事は、ティアの死を意味する。

 サンは凄まじい苛立ちに襲われていた。それを無理矢理抑えるように、深呼吸をする。

 サンの胸に縋るように身を寄せるスペルを、サンは茶色の瞳で見つめていた。

 俺と同じ真っ赤な髪の毛……ここでは珍しい色だよな、サンはそう心の中で呟き溜息をつく。

 この街でのスペルの存在は、異端視されていたであろう事は予想がつく。

 それを考えると、目の前の真っ赤な髪の毛の少年が不憫でもあった。

 スペルに俺が守り人だと吹き込んだ、黒髪の神様の存在……いったい何なんだ?

 サンの心に強く引っかかっていた。

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