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灰色の街 〜姿無き街〜

「可愛そうにね……みんなにいじめられたのかい? でも大丈夫だよ。もうすぐ此処にお前の守り人が来る。お前と同じ真っ赤な髪の毛に茶色の瞳を持った者だ」

 漆黒の長い髪の毛に隠され、女の表情を伺い知る事は難しかったが、言葉が漏れてくる真っ赤な唇がとても印象的だった。

 女の眼の前の少年は、紫色の瞳を輝かせ希望に満ちた表情を浮かべていた。

「ただね、守り人はお前の者にはなれない。なぜなら一緒にいる男が、放そうとしないからさ。本当目障りで邪魔な存在だよね。お前も……そう思うだろう?」

 少年はキラキラ輝く瞳で大きく頷き、口を開こうとする。女は少年の唇に人差し指を当て遮り、真っ赤な口を歪め笑みを浮かべていた。

「お前の言葉は、とても大事なものなんだよ。だから。その守り人を守る時にだけ使うんだ。わかったね」

 女は少年の頬を優しく撫でると、真っ赤な口を歪ませ微笑んだ。

 風が吹き、漆黒の長い髪の毛が揺れ、顔が露になる。右側の顔上部に無表情な仮面をつけていた。それはまるで欠けた物を無理矢理埋めているように見えた。

  

 水色の街を出て、そろそろ一週間が経とうとしている。

 なのに街らしき場所が見えてこない。視界に入るのは熱を発する大地、遠くに噴煙を噴き上げている黒い山、所々に転がる動物の骸。人間の遺体がない事だけが救いだった。

 ただ確実に灰色の街に近づいてる事だけは、サンとティアにはわかっていた。

 足を進めるにつれ、肌を刺す様な痛みを感じる程の熱を持った風が吹いてくる。 

 そのたびに、息苦しさを感じ、前を向く事ができなかった。

「しっかし、むかつく程の暑さだな。水の気配がしなくなってから、妖魔の邪魔が入るようになったし、いったい此処まで来るのに妖魔を何体倒したんだ?」

 サンは額に吹き出る汗を拭い、溜息をつきながら足を進める。

「さあ、かなりの数の邪魔が入りましたからね。このままでは、街に着く前に、干からびて死んでしまうかもしれません」

 そんな本気とも冗談ともとれないような、ティアの言葉にサンは苦笑いを浮かべていた。

「あっ!……」

 ティアは何かに躓き転ぶ。足元を見るとそれは鉄でできた物体の角の部分だった。

「ティア、おめえはとろいな。大丈夫か?」

「サン、ここに何かあります」

 ティアの言葉にサンは頭を掻きながら近付いてきて、その鉄の角を見つけると、上を覆っている土を払うように掘ってみた。

 すると鉄でできた蓋が現れる。

「これは、どう見ても地下への入り口だよな?」

「のようですね」

 サンは角に手を掛けて無理矢理上に引き上げるように開け様としたが、簡単に開けられはしなかった。

 その時だ、サンとティアの背後から、足音が聞えてくる。一人じゃない、何人もの足音だった。

 サンとティアは咄嗟に振り向くと、荒野の向こう側から小さな少年が走ってくる。そしてその後を追うように妖魔が走ってきていた。

 サンは鞘から剣を抜きながら咄嗟に走り出す。少年とすれ違ったと同時に軽く跳躍して、妖魔たちの頭上を捉え、一気に妖魔の頭一つを叩き切る、真っ黒い血が飛び散った。

 あと残りは四体。どれもこれも名前を持たない、人間の言葉も話せない雑魚妖魔だった。

 サン目掛けて、妖魔達が一気に襲い掛かってくる。サンは妖魔の爪をかわし、胴に一撃、真っ二つに胴体は割れ黒い血がサンの装束を汚す。

「ああ、シェルに貰った新しい装束だったのに、この恨みは大きいな!」

 そう言って、次に襲ってきた二体の目の前を飛ぶと妖魔の後ろに入り、剣を横に振る。光が妖魔の項に走ったかと思うと、二つ首が飛んだ。

 残るは一体。妖魔の爪がすぐ眼の前に迫っていた、サンは咄嗟に剣でその爪を弾こうとした、だが、妖魔はいとも簡単に剣を握り締めてしまった。

 剣を引き抜こうとしたが、びくともしない。どうやらこの妖魔だけは他の妖魔と格が違うらしい。

 妖魔はニヤリと笑みを浮かべると、機械のような音をさせて笑い声をたてる。

 サンはそんな妖魔を蔑んだ目で見ながら鼻で笑った。

「俺の武器が剣だけだと思うなよ!」

 サンはそう言うと、柄から手を放し、少し跳躍すると妖魔の顎に蹴りを入れる、妖魔の体は後ろへと飛ぶ、それと同時に妖魔の手から剣が放れた。

 サンはその剣を手に取ると、風のような速さで妖魔の胸に剣を付き立てた。

 妖魔は絶叫とともに煙のように消えていく。地面の上には黒い石が五つ落ちていた。

「お疲れ様です。サン」

 ティアがサンに近づいてきてそう声をかけた。 

「少しお前も手伝えよ」

「こんな妖魔相手になら、サンは負けないでしょう」

「はいはい、わかってるよ。こんな嫌な空気が立ち込めてる中で力を使ったら、どんな反応が起こるかわからないって言うだろう?」

 サンの言葉に、ティアは少し悲しそうに微笑んでいた。

 封印が解けてしまった今、ティアの力がどれほどのものなのか、ティア自身がそれに怖れを感じ、使う事を躊躇っていたのだった。  

 妖魔に襲われそうになっていた少年が、二人に近付くとサンとティアの間に入り込み、サンの顔を見上げるように見つめていた。瞳が紫色の輝いていた。

 サンはそんな少年を訝しげに見つめ、膝を付いて目線を同じにする。

 少年はサンの髪の毛に手を伸ばすと。真っ赤な髪の毛を指で摘みながら、嬉しそうな表情を浮かべていた。

 サンは自分の髪の毛を無言で触る少年に、違和感を感じて、少年の手を掴んだ。

「お前、何者だ? 迷子か?」

 サンの言葉に少年は無言で首を振る。

「サン、この子、話せないのではないですか?」

 ティアの言葉に、少年は静かに頷いた。

「そうか……悪かったな。で、お前の家は何処だ?」

 サンが少年の頭を撫でながら優しく言うと、少年はニッコリと笑って立ち上がり、鉄の蓋を指差した。

 どうやら、鉄の蓋の下が住まいになってるらしい。

 少年は鉄の蓋に駆け寄ると、周り土をほろうように除ける。すると取っ手らしきものが現れた。

 少年が取っ手を握り引っ張ると、蓋はいとも簡単に開いたのだった。

 少年はニッコリと笑い、サンを見つめる。その人なつっこい笑顔に、サンも笑みを零していた。

 入り口から地下に向かって階段が続いていた。

 少年の後を追うように、サンとティアも階段を下りていく。

 階段を下まで降りると壁にまた取っ手があり、少年がそれを引っ張ると蓋が閉まった。

 蓋が閉まったと同時に、壁に備え付けられた蝋燭に火が灯り、柔らかい光が足元を照らしていた。

 薄暗い廊下を少年の後を追いながら、サンとティアは付いて行く。

「スペル! 何処に行ってたんだ?」

 前の方から、白い髪に赤い瞳の男が興奮した感じで声を掛けて来る。白い髪ではあったが年齢は三十才くらいだろうか。

 その赤い瞳に、サンとティアは咄嗟に身構えた。

 男はスペルと呼んだ少年の腕を掴むと、思い切り引っ張り上げ、頬を引っ叩いた。

 そのいきなりの行動に、サンもティアも驚く。サンは憤りを感じたのか、男の腕を掴んで大きな声を上げた。

「てめえ! 理由も聞かずに子供に手を上げるなんざ、許せねえ! 何考えてるんだよ!」

 サンの言葉に、男は赤い瞳を輝かせて、サンの方を睨み付けた。

「あんた等、よそもんだろう? この街の事に口出しすんじゃねえよ」

 男はそう言うと、サンの手を払い、スペルの体を引きずるように連れて行く。サンはそんな男に何も言わずに、行かせる程気は長くなかった。

 サンは男に向って走ると、男の手を掴み力を入れる。鍛えたその握力は、並みの男には負けなかった。

 男は痛みのあまり、スペルの手を放さざるをえなかった。スペルはその場に尻餅をつく。

 男は怒りが頂点に達したのか、いきなりサンの首筋を掴むと壁に押し当てた。体重の軽いサンはそのまま空中へと持ち上げられてしまう。

「手を放しなさい!」

 静かな口調の中に威圧感を漂わせながら、ティアの声が響き渡る。

 ティアは人差し指を、男のこめかみに当てていた。

 男はティアの美しい顔を見て、鼻で笑った。

「そんな華奢な体で何をしようって言うだ? あんたには夜のお供が合ってるぜ!」

 男のそんな卑劣な言葉にもティアは顔色一つ変えなかった。

「おやめなさい! ジェド」

 地を這うような低い静かな声が響いた。声の主は白髪に豊かな髭をたくわえた老人だった。

「ジェド、その手を放しなさい。私はそなたの事を思って言ってるのじゃぞ」

 老人に促がされ、ジェドと呼ばれた男は渋々手を放した。サンは咳き込みながらジェドを睨みつけていた。

 スペルはサンの傍らで震えながら、サンの着ている装束を握り締めていた。

「旅のお方とお見受けするが、ご無礼をお許し下さい。私は灰色の街の神使をしているクロードと申す者、なぜ、このような地を訪れたのですか。この地は呪われし地、地上を歩いてこられたのならわかるはず」  

 クロードの口調には、よそ者を寄せ付けない雰囲気を感じた。

 何か知られたくない事でもあるのか? ティアは心の中で密かにそう思っていた。

「その少年をどうするつもりだったのです?」

 ティアのその質問に、クロードはほんの少し眉を動かす。ティアはそれを見逃さなかった。

「このような地です。外に出ては危険なのに、その子はいつも言う事を聞かない。それでついつい強く叱ってしまったのでしょう。なあ、ジェド」

 クロードの言葉にジェドは頷いた。

「さあ、スペルおいで」

 クロードの言葉に、スペルはより一層サンに体をくっつけ離れようとしなかった。

「よほど怖い目に遭わされたのだな。可愛そうに。ジェドにはちゃんと後で言っておくからな」

 クロードはそう言って、柔らかく笑ってスペルを見つめた。

「こんな所で話もなんですから、どうぞ私達の街をご案内します」

 クロードの言葉に、サンとティアは顔を見合わせ、静かに頷くとサンは立ち上がった。

 スペルは相変わらず、サンの装束を握り締めて放そうとしなかった。この様子からもスペルに対して、何かをしようとしていた事は確かだとサンは思っていた。

 サンはスペルの手を握り締めるとスペルに優しく微笑む。スペルもサンの顔を見上げて微笑んでいた。

 クロード達は薄暗い廊下を奥へと進んでいく。

 サンとティアもそれに続き、歩いていった。   

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