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      〜決意〜

 薄暗い洞窟の空間に、蝋燭の明かりがユラユラと揺れていた。

 シェルは、聖域を守るためにこの洞窟に住んでいた。聖域から奥まった所に、広い空間があり、そこには机と椅子、そしてベッドまでもが置いてあった。

「父に会いに行こうと思うのです」

 それは夕飯時に、ティアがいきなり口にした言葉だった。

 サンはティアの顔を見ながら、昼間の話を思い出していた。

 この世に神など存在しない事。そして妖魔は人間の心の闇が姿になったもので、その発端は、神使が自分の心の闇を実体化した事に始まるであろう事。

 そして、ティアは何も言わなかったが、たぶんその発端となった妖魔が、ティアの父親であろう事。

「ティア様、この街を出て行かれるのですか? 昼間、帰られてから聞いた話が本当なら、確かにこの世は破滅へと向っているのでしょう。それはアクアの見解とも一致します。ですが……父親に会うなどと……そんな……」

 シェルはティアの顔を心配そうに見つめながらそう呟いた。

「シェル、心配をかけてすみません。ですがこのまま私がこの街にいても、事は解決の方向へは向わない。それならいちかばちか、賭けをしてみるのもいいではなかと思うのです」

「ふん……誰の影響かの。誰かさんと言う事がそっくりじゃわい」

 ティアの言葉にシェルは不機嫌そうにそう言うと、サンの方を睨んだ。 

 サンはシェルから目を逸らし、鼻の頭を掻いていた。

「ティア様のお父上がどんな方なのか、どこに住んでいるのかも、わしにもわかりません。むろんアクアも知らないのです。危険すぎはしませんか?」

 シェルの言葉に、ティアは一瞬目を伏せ、ゆっくりと顔を上げると口を開いた。

「母の言葉を信じたいと思います。あの石の壁に書かれていた文字、この世の真実の他に、私へのメッセージが書かれていました……この世にどんな思いが渦巻こうとも、我が愛した者への思いは真実なり。我が子よ、愛されし存在としてこの世に生を受けた者。この腕に抱かん」

 ティアはそう言うと、シェルを見つめて優しく微笑み、言葉を続ける。

「母は父を愛していた。そして私の事も愛してくれていた。母が愛した妖魔とはどんな者なのか……会ってみたいのです。シェル、私の母は見る目がないと思いますか?」

 ティアの柔らかい表情から紡ぎだされる言葉に、シェルは少し気まずそうにしながら、口を開いた。

「……いえ、そんな事は……マヤ様のお言葉はわしも信用しています」

 シェルの声は小さかった。

 ティアの勝ちだな。サンは密かに心の中でそう思っていた。

「ティア、いつ発つんだ?」

「早い方がいいでしょう。明日にでも」

 ティアは瞳を凛と輝かせてそう言った。

 ティアは焦っていた。どうも嫌な予感が止まらず、何かわからない不吉な事がすぐ近くまで近付いてきてるような気がしていた。


 夜の闇に月が輝き、冷たい風が吹いていた。

「本当にこの街に吹く風は、清々しい……自然界に害をなす人間がいないから……いつの頃からそんな風になってしまったのでしょう」

 ティアは外を歩きながら、風に靡く髪の毛を手で押さえ、悲しい瞳で月を眺めていた。

「ティア、何してるんだ?」

 サンの声にティアは振り向き、優しく微笑むその姿は、月から降りて来た妖精のようだった。

「気持ちのいい風が吹いていたので、ちょっと散歩です」 

 ティアはそう言いながら月を見上げる。サンは、なんとなく悲しい雰囲気を感じていた。何かを隠してるんじゃないか? と咄嗟にサンは思い、口を開いた。

「ティア、何か隠してないか?」

 サンの言葉に、ティアは微笑む。だが、後ろに回されていた手は、固く握られていた。

「何も隠してないですよ……さあ、冷えてきましたね。明日は早いですし、今日はもう休みましょうか」

 ティアがそう言って洞窟に戻ろうとするのを、サンはティアの腕を掴み止める。

「ティア、一人で何でも抱えるのやめろ。何のために俺がいるんだよ。俺は確かにお前に比べたら非力かもしれない。能力なんてないし……だけど話して欲しいんだ」

 ティアの腕を掴んだサンの手は震えていた。

 ティアは顔を伏せると、サンに見えないように悲しい笑みを浮かべていた。

「本当に何も隠してませんから。ああ、そう言えば、隠してる事が一つ」

「何だ? 言ってみろ!」

「後悔しませんか?」

「しないって」

 サンの言葉にティアはサンを手招きする。サンはティアに近付いていった。

「大きい声では言えないので、耳を貸してください」

 ティアの神妙な顔にサンはドキドキしながら、ティアの唇に耳を近づける。

 ティアの眼の前に、可愛らしく桃色に染まる耳と頬があった。ティアはそんなサンの横顔を愛おしそうに見つめると微笑む。そしてサンの耳に優しく口づけをしたかと思うと、サンの体を抱きしめた。

「ティア!! いい加減にしろ!」

 サンはそう言って、ティアの体を突き飛ばすと、拳を握り締めてティアに襲い掛かる。

 ティアは前と比べても格段に動きが速くなっていた。サンの俊敏な拳を簡単にかわしていく。これも封印が解けたせいなのだろうか。

「だから言ったじゃないですか。後悔しませんかって」

「てんめえ! 心配した俺が馬鹿だったよ、ったく」

 サンはそう言いながら、肩を落とし俯いた。

「サン……そんなに落ち込まなくても……すみません。無神経でした」

 ティアはそう言いながら、サンに近付いてく。

 サンはその瞬間を待っていた。いきなりサンの平手がティアの頬に飛んで、甲高い音を響かせた。ティアは唖然とした表情を浮かべ、頬を手で押さえていた。

 サンは可愛らしい頬を膨らませながら、ティアに背中を向けると洞窟へと戻っていく。

 ティアはそんなサンの後姿を、揺れる瞳で見つめていた。

「貴女の隣にいるという約束……守れないかもしれません」

 ティアはそうサンの背中に向けて呟いた。  

 

 夜が明け、太陽に日差しが手足を伸ばし、大地の隅々まで掴んで行く。

「何なんだ、これは!?」

 サンは外に出て驚愕の表情を浮かべる。聖域が灰色に染まっていた。

「アクア……アクア!?」

 一面、灰色の中にアクアが横たわるように倒れているのが、ティアの視界に入る。

 ティアとサンはアクアに駆け寄っていった。

 アクアは力なく今にも消えそうな呼吸をしていた。

「これは火山灰じゃな……水が火山灰で覆われてしまったために、アクアの呼吸が薄くなってしまった。このままではアクアが死んでしまう」

 シェルは眉間にしわを寄せながら、火山灰に覆われた水をすくいあげそう言った。

 ティアは昨日感じた嫌な予感が当たってしまった事に舌打ちをする。

「アクア、今助けますからね」

 ティアはそう言って立ち上がると、聖域の池の前に立つ。

「生を消し去る灰よ、生を生む花びらとなり、風の助けを持って、大地に振りそそげ」

 ティアがそう言葉を紡ぐと、水面が光り輝き、風が渦を巻き吹き上がる。灰は全て花びらと化し空へと舞い上がっていった。

 ティアは軽く跳躍すると、洞窟の上に開いている穴から飛び出し、空中で止まる。

 両手を広げると、掌から光が現れ、その光の塊を空中へと投げる。投げられた光は風にぶつかり破裂し、まるで金粉が風に巻かれて飛ぶようだった。

 金粉と化した光は風に運ばれ、街中へと広がっていく、大地に降りそそいだ金粉は、灰を全て花びらと化していった。

 水色の街は、一面桃色の花びらで覆いつくされた。  

 ティアは静かに聖域へと下りてくる。

 サンはその姿を驚きながら見つめていた。前のティアならこんな大規模な力を使えば、両方の目が真紅に変わり、力の使いすぎで倒れていたに違いない。

 だが今のティアは違っていた。左右の瞳の色は異なるまま輝き、優しい笑顔を湛えてサンが抱きかかえているアクアの方へと近付いてくる。

 あの弱々しいティアの姿は無かった。

 サンは心の中で理由のわからない淋しさを感じていた。

 ティアはアクアの傍らに膝を付くと、アクアの体に手をかざす。掌を覆うように光が現れ、それは徐々に大きくなりアクアの体を包み込んだ。

 アクアの抱えているサンにもその温かさが伝わってきていた。

 光はゆっくりとティアの掌に戻っていく。

「アクア、大丈夫ですか?」

 ティアの声にアクアは静かに目を開き、微笑んだ。

「いったい、これはどういう事なのでしょうか」

「灰色の街で悪しき気が膨れ上がっている。大地から火が吹き、水は枯れはて、命が消えていってしまっている。我の種族である水の妖精達も命を落としている」

「……灰色の街」

 サンとティアは声を合わせるように一緒にそう呟いた。

 二人がお互いに顔を見合わせると、静かに頷き立ち上がった。

「シェル、アクア、私達は父の存在を探しながら、灰色の街へと向います。もしかしたら灰色の街で手がかりが見つかるかもしれない……この街と母の意思の守護を頼みます」

 ティアの言葉に、シェルとアクアはひざまずき、頭をたれる。

「承知しました」

 二人はそう言って、ティアを見つめた。

 ティアを包んでいる雰囲気が威厳に満ち、サンはそんなティアを見ながら、自分との距離が遠くなったような気がしていた。

「サン、それでは行きましょうか」

「ああ、そうだな」

 サンとティアはそう言うと、シェルとアクアに背を向けて歩き出す。洞窟の暗闇に二人の姿が消えると思った瞬間、ティアが足を止め、振り返りシェルの元へと走っていった。

 ティアはシェルに何か渡していた。そしてアクアには耳打ちをする。

 それが何を意味するのか、この時のサンにはわからなかった。


 二人の影は暗闇へと消えて行く。

 それを確認して、シェルはティアから預かった木製の鳩に、人差し指と中指の二本を当て念を込める。すると木製の鳩が本物の鳩と化し、空高く羽ばたいていった。

「では我も行ってくる」

 アクアはそう言い残すと、軽やかに池へと飛び込み姿を消した。

 水面には波紋が大きく広がっていた。


 サンとティアはまばらな木漏れ日の下を歩いていく。

 乱雑に生えた茂みの向こうからは、小川の清々しい音が聞えていた。  

神様っているんでしょうか?

私は困った時だけついついお願いしてしまいますが。

当然、神様を信仰していらっしゃる方も世の中には沢山いるわけですから

人それぞれ、信じるものの形は違うものなのかもしれませんね。



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