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      〜未来への遺言〜

 水色の街に滞在してから、三日が経とうとしていた。

 街を覆っていた封印は解かれ、小川の水も爽やかな音を立て流れていた。

 豊富な水に引き寄せられるように、動物や虫達も集まってきて、街はマヤが亡くなる前の姿に少しずつ戻ろうとしていた。

 あの洞窟に現れた文字を目にしてから、ティアは一人で行動し、常に何かを考えているようだった。

「なあシェル……シェルはティアが生まれた時に立ちあったんだよな?」

 サンはまきわりをしながら、すぐ近くで洗濯をしているシェルにそう話しかける。

 シェルは、サンの問いに、腰を伸ばしながら遠くを見つめていた。

「どんな感じだったんだ? あいつの事だから可愛かったんだろうな」

「そうじゃな。可愛いというか……神々しい感じじゃった。瞳の色が真紅であるにも関わらず、漂う雰囲気はまるで天使そのもじゃったな」

 シェルは嬉しそうにそう話をする。

「この街には、神使はティアの母親だけだったのか?」

「いや、わしを含め、もう一人いた」

「へえ、その人も街を出て行ったのか?」

 サンの問いに少しの間をおいて、シェルはゆっくりと口を開いた。

「……マヤ様が亡くなったあの日、その者も亡くなった。マヤ様とティア様を守るためにな」

「……そうか、悪い事聞いたな」

「いいや。そんな事はない……それはそうと、もうそろそろ昼じゃな。ティア様は何処までいかれたのじゃろうな」

「じゃあ、俺が迎えにいってくる。アクアに聞けばティアのいる場所がわかるだろう?」

 サンはそう言うと、近くを流れている小川の水面を覗き込んだ。

「アクア、アクア! ティアのいる場所を教えてくれ」

 サンの言葉に反応するように、水面からアクアの声が響いてくる。

「我が主は、川岸におられる」

 この街の中にいれば、アクアのわからない場所などなかった。水のある所にかならずアクアの存在があったからだ。

「そうか、またあそこにいるのか」

 サンはそう言うと、悲しく瞳を揺らして髪の毛を掻き揚げ、川岸へと向った。

 二十一年前、ティアが流された場所、そして母親であるマヤが亡くなった場所。

 ティアは殆どの時間をそこで過ごしている事が多かった。


 愛しい我が子、その小さな手をいつまでも握っていたかった。名前もつけずに手放す事を許しておくれ……。

 闇でもなく光でもない存在。この世に生を受けたその時から、この世を動かす鍵となる。

 ティアは川岸に残る、マヤの最後の言葉を聞いていた。

「……父に会いに行けと……そう言うのですか。あそこに書かれた事が全て本当なら、それに逆らう事は、自然の摂理から外れるという事になる」

 ティアはそう呟きながら、川の流れを見つめていた。

 優しく吹く風が、漆黒の髪の毛を揺らして通り過ぎて行く。

「お前の悪いところだな……全てを自分一人で背負おうする」

 背後から聞えてきたサンの声に、ティアは鼻で笑って顔を伏せる。

 サンはティアの横に腰を下ろした。

「この街に吹く風は、本当に気持ちがいいな。何の濁りも感じない」

 サンは真っ赤な髪の毛を風に揺らしながらそう言った。

「それは人間がいないからかもしれません」

 ティアは真っ直ぐ前を見つめると、左右の異なる瞳を凛と輝かせそう言った。

 サンはその言葉に、何か違和感を感じ、怪訝な表情でティアの顔を覗き込んだ。

「サン……神を信じますか?」

 ティアはサンの茶色の瞳を見つめてそう聞いた。

「唐突になんなんだ?」

「神は存在すると思いますか? 思いませんか?」

「神ね……実際には見たことねえし、会った事もない。そんな存在を信じれるか? って聞かれたら、答えはノーだろうな。ただ追い詰められた時には、自然と神頼みしてる自分がいるかもしれねえな」

 ティアは悲しい瞳を揺らして、川面を見つめる。

「もしも近いうちに、この世が破滅するとしたらどうしますか?」

 ティアの問いに、サンは挑発的な笑みを浮かべると口を開く。

「聞くだけ無駄だろ……お前はどんな答えが欲しいんだ? 俺からの答えなんて想像つくだろう」

 サンの言葉にティアはサンの瞳を見つめ柔らかく笑う。

「貴女なら……悪あがきしますよね?」

「リンが前に言ってただろう。人間なんてもがいて悪がきして生きてるって。俺もそう思うな。まあお前みたいに悩んで悩んで行動に出ないのも選択肢の一つだろうがな」

 サンの言葉にティアは優しく微笑み、サンの肩の寄りかかる。

「私が望んでいるのは一つだけです。貴女には生きていて欲しい。そしてできるなら私も隣で生きていたい。それだけです」

「お前さ。さっきからおかしいぞ。思ってる事があるなら、全部吐き出しちまえよ。俺じゃあ力不足かもしれえけど、こうやっていつでも手を握ってやる」

 サンはそう言って、朗らかに笑顔を浮かべる。

 そうサンとの旅も、手を繋ぐところから始まった。白い街を出る時、私の手を握って、サンは言ってくれた。こうやって手を握っても何も起こらない……あの言葉は本当に嬉しかった。

 私はあの頃から、サンに惹かれていたのかもしれませんね。

 ティアはそんな事を思い、一人でクスクスと思い出し笑いをしていた。

「ティア、今俺に聞いた事は、この間の洞窟の件と関係があるんだろう? 何なんだ言ってみろ」

 サンの言葉にティアは俯き少し何かを考えると、ゆっくりと顔を上げて言葉を紡ぎ出す。

「……神は存在しない。人間が信じ信仰する神は、己の中の弱さ。弱さは時として神の姿を歪め魔と姿を変える。人間が作り出す負の力を吸い込み、魔は膨れ上がり全てを呑み尽くす。魔の声を聞け、魔は教訓を述べる神なり」

 ティアは眉間をにしわを寄せ、唇を噛み締めると、目を伏せて頭に手を当てる。

 だが、言葉を止め様とはしなかった。

「戦、殺人、差別、迫害、人間が自ら選んだ末路。それはこの世に害になる人間が人間を排除し、削除する事によって消滅させる意図を持つ。煩悩の塊はいずれ強大な魔を呼び寄せ、この世の生命を滅ぼす。害なるものを創り直すには、この世を無にする必要がある」

 ティアはそういい終わると、ゆっくりと顔を上げる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ……俺にはいまいちわからないんだが、それは、神はいないって事だよな。それでもってなぜ魔が神なんだ?」

「神なんてもともと存在しない。人間の言う神とは人間達が作りだした虚像にすぎない。神を敬う事で、自分の弱さや罪から逃れようとする。それと同時に自己暗示のようなもので、自分に強さも与えてもくれる。結局は自分次第という事ですね」

「じゃあ、魔が神だって言うのは……」

「この世に蔓延る妖魔は、もともと人間の心の闇が作り出したもの。そんな負の力で妖魔は増えていく。現に人間の数は減っているのに、妖魔は増えている。表には見えない心の闇を形に表し見せてくれているのではないですか」

「そろそろ、自分達の愚かさに気付けって事か!? このままだと、最終的には人間界は消滅。この世は闇と化す」

「そう言う事ですね。無益な殺し合いをするのは人間だけでしょうから。自然界の大きな流れの中で、もうそろそろ人間は創り出す側じゃなく、破壊する側として判断されている。自然界に害をなすものとして、これも自然の摂理なのかもしれません」

 ティアは頭を抱えて深い溜息をついた。

「じゃあ、お前の母親が対話していたって言うのは……いったい」

 サンの問いに、ティアはサンの顔を見つめ、悲しく微笑んだ。

「自然界に息づく気を読んでいた、いわゆるアクアのような存在の言葉を、聞いていたんだと思います……そして己の中の闇、妖魔の存在とも、たぶん……母の何代も前の神使が、自分の中の闇を実体化していたとしたら……未来への遺言として」

ティアは口を噤む。胸のあたりがムカムカとして気持ちの悪さを感じていた。

「それが妖魔がこの世に姿を現した発端……まさか……」

「まさか……だといいですね」

 ティアは弱々しく微笑むと立ち上がって、サンに背を向けて歩き出し、足を止めた。

「帰りましょう。お腹もすきました」

 ティアはそう言うと、まばらな木漏れ日の中を歩いて行く。

 その心の闇を実体化した妖魔が存在するとして……もしかして……それがお前の父親だって……言うのか。

 嘘……だろう……。サンは息苦しさを感じていた。

 お前はまた、そんな重荷を全部自分一人で抱えるのか……なんだか、悲しすぎて胸くそが悪くなる。クソッタレ! いい加減にしろ!

 サンはその後姿を追いかけるようにティアに駆け寄ると、ティアの前へと回り込んで、両手でティアの両方の頬を挟み、思い切り輝いた歯を見せつけて笑顔を浮かべた。

 サンは自分でも無意識にそんな行動をしていた。ティアにも笑顔をわけてやりたかったのかもしれない。

 ティアは突然の事に目を見開いて驚いていた。

 サンは後ろ向きだった事もあって、石に躓き後ろに転ぶ。ティアもそれにつられて一緒に転んだ。サンの顔のすぐ傍にティアの顔があった。

 お互いの心臓の音が聞えてしまいそうだった。

「サン……」

 ティアはサンの唇へと自分の唇を近づける。サンは真っ赤な顔をして、固く目を閉じていた。

 ティアのクスクスとした笑い声が聞えて、サンは静かに目を開けた。

「サン、可愛いですね。でも止めておきましょう。ここでは見学者も多いですから」

 ティアの言葉の意味がサンにはわからなかった。見学者。サンとティアの姿以外に人間の姿は見えなかった。

 ティアはニッコリと笑うと立ち上がって、サンの手を引っ張り上げた。

「見学者って、どういう事だ?」

「この地に住みついてる、自然の声の正体ですよ」

「それって精霊ってやつか?」

 サンの言葉にティアは優しく微笑むと、サンの手を引いて歩き出した。

 ティアの心の中には、サンに話してない事があった。だがそれを話す事はできなかった。

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