〜覚醒〜
瞳を与えらリリーは、生まれて初めて見る、物の色や形、ティアの顔をまじまじと珍しそうに見ていた。
「ティアは私の予想以上に綺麗な顔をしてるのね」
リリーはティアの姿を見つめながらそう言う。
ティアは立っているリリーの周囲を周りながら、何やら空気中に文字を書いていた。
リリーのその言葉にティアは苦笑していた。
「リリー、今から貴女の封印を解きます。力が解き放たれる時、体に痛みが走ると思いますが耐えてください」
ティアの翡翠色の瞳が真剣な輝きを放ち、リリーを見つめていた。
「封印?」
リリーは封印と言う言葉に驚きの表情を見せる。リリー自身も自分に封印をかけられている事を知らなかったのである。
「説明は後です。今は急ぐので黙って、動かないで下さい……それではいきます!」
ティアなリリーの疑問の言葉を遮るようにそう強く言うと、リリーから少し離れて立ち、静かに手を合わせた。
「亡き主の意思により、汝の封印を解き、隠されし力を解き放つ!」
ティアの口から淡々と言葉が紡がれ、両手を大きく左右に開くと思い切り手を叩く。空気を揺らすような音が鳴り響いた。
リリーの足元から光が放たれる。それは徐々に広がりを見せ、光りはリリーの全身を包み込んだ。
ティアは額に汗しながら、唇を固く結び目を閉じている。
リリーを包んでいた光は静かに渦を巻き始め上へ上へと伸びていく、家の中は眩い光に満ち溢れ、弾ける様に飛び散ると、光はキラキラと輝く星のように降り注いだ。
そんな流星を思わせるような光の中に一人の艶やかな女性が裸体で立っていた。足元には引き千切られたようになったボロボロの服が落ちていて、顔から全身にかけ巻きつくように赤黒いアザがある事で、かろうじてそれがリリーだという事がわかる。
リリーは痛みがあるのか、両腕を体に巻きつけるようにし、苦痛に顔を歪めていた。
「……終りました……よ」
ティアはそう言い、溜息混じり額の汗を拭うと、体のバランスを崩し倒れそうになる。それを咄嗟にリリーが受け止めた。
「ティア、貴方、大丈夫?」
「すいません……少し疲れてしまいました……リリー、貴女は神使として覚醒したのです。力の解放は貴女次第です。良くも悪くも貴女の心次第、さあ生成りの装束を着て下さい。神使としての役目を果たすのです」
ティアはそう言うと、その場に膝を付き疲れ切った表情を見せた。
「ティア、大丈夫?」
「……私は大丈夫です。さあ急いで!結界を張り、中に入り込んだ妖魔をサン殿と一緒に……」
ティアは荒い息遣いの中でそう言った。リリーはティアの言葉に促がされるように、前々から主に聞いていた神使としての勤めを果たすべく、生成り色の装束を身につけ、ティアを心配するかのように、何度か振り返りながら外に飛び出して行った。
ティアは息絶えた主の傍らに座り、目の部分が血に染まっている主の顔を見つめる。
主を見つめるティアの顔は青白く、座っているのも辛そうに見えた。
「主様、これで私の役目も終りました……この21年の歳月、この身を守っていただき感謝しています。私を愛してくれてありがとうございました」
ティアは弱々しい声でそう言うと、主の頬を震える手で摩りながら、遺体に涙を落とした。すすり泣く声が空気に微かに触れ、悲しく響いていた。
サンの眼の前の黒々とした大男が、真紅の唇を歪ませ不敵な笑みを浮かべた、その刹那、大男の背中から飛び出すように黒い竜が何匹も飛び出し、長い首を伸ばすと周りの小さな藁葺き屋根の家をことごとく破壊する。
サンが一呼吸する間もない程の速さだった。
破壊された藁葺き屋根の家の中から、悲鳴と共に人々が恐怖から逃がれ外に走り出てくる。妖魔はその時を狙っていたのか、黒い竜は首をもたげると人々を狙い鋭い刃のごとく、心臓目掛けて飛び込んでいく。
サンは咄嗟に反動をつけ跳躍すると、竜の頭に向け一太刀浴びせる。竜の首からは黒い液体が迸り絶命する。
「ホホウ ソノタチハ タイマノタチカ……オモシロイ」
妖魔は人間の声とは違う、まるで金属音のような耳障りの悪い音を響かせ、言葉を紡ぐ。
サンは透かさず剣を構え、もう一度飛ぶと竜の頭に向け剣を振りかざした、その刹那、別の竜がサンに飛び込んでこようとしていた、サンは剣を振り下ろす瞬間、背後の竜に気付いたが、その時には遅かった。竜はサンの体に巻きつき始める。
「しまった!」
サンはそう舌打ちをし、持っていた剣を竜に体に突き立てる。だが黒い竜はサンの体を容赦なく締め付けていく。サンは苦悶の表情を浮かべていた。
「……雪?」
家の外を逃げている人々が一瞬足を止め空を見上げる。空から小さな白いものが落ちてきたのである。
皆が雪と勘違いしたのは、花びらであった。
サンを締め付けている竜の頭に花びらが落ちる。するとその刹那、竜はまるで乾燥しきってしまった泥人形のように脆く崩れ始めたのである。
サンは放り出されるように地面に落ちていくが、持ち前の見の軽さで、体を回転させ地面に膝を付き下りた。
妖魔の背後から伸びた竜達がことごとく崩れ落ちて行く。その光景にサンも街の住人達も驚きの表情を隠せなかった。
「サン殿、お待たせしました」
そう言って姿を現したのは、大人の女性に変貌したリリーであった。サンは眼の前に現れた女性がリリーだという事にすぐに気づく事ができなかった。
だが顔から首にかけての赤黒いアザを目にして、リリーである事を認識したのだが、自分の眼の前の現実を受け入れるに、しばしの時間を必要とした。
「妖魔! 結界は結びました。もう他の妖魔は入ってこられない。相手はお前だけだ!」
リリーは凛とした声で、妖魔に向かいそう叫んだ。
「フフフフフ……」
妖魔は不適に笑い出し、ゆっくりと身に纏っていたマントのようなものを開いた。するとそれは思ったよりも大きく、サンとリリーの眼の前に大きな闇の空間が出現したのだ。
「……闇の入り口」
リリーはそう呟き、唇を噛み締めると鋭い視線で妖魔を睨み、手を空に向け伸ばす。
「我、神の名において、光を呼び闇を封じ込めん!」
リリーがそう叫んだかと思うと、顔から首にかけてあった赤黒いアザが、まるで生き物のように動き出し、リリーの体を這うように剥がれたかと思うと、それはリリーの背中に翼として姿を変えた。
刹那、リリーの体が眩い光に包まれる。
サンをはじめ、街の住人達も目を開けていることが出来なかった。
「モウ、オソイ」
大男はそう言葉を口にすると、リリーの光りの腐食が男の体に到達する前に、大男の腹に開いた闇の入り口から、無数の雑魚と言うべき妖魔が飛び出してきた。何匹かはリリーの光に触れ息絶えたが、光の力が追いつかぬほどの数の妖魔が、街の住人達を襲いだしたのだった。