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       〜守る者〜

 美しい音はティアの耳にも届いていた。

「何の音でしょう……」

 ティアはそう呟きながら、心の中に何か懐かしさに似た物を感じていた。

 ティアは塔のてっぺんに立っていた。

 屋根が崩れてしまっているために、風が吹きすさび、漆黒の髪の毛が縦横無尽に暴れていた。

 この塔からは街が一望できた。

 洞窟らしき場所はないかと、周りを見渡す。

 眼下に広がる景色、崩れてしまった建物の残骸、雑草が緑の海のようにも見えた。そして、街の中を走り回っている凍り付いてしまっている小川。

「これは……」

 ティアは口を手で押さえ、驚愕の表情を浮かべる。

 視界にはいったもの、それは強大な封印紋だった。街中に広がる小川で封印紋が作られているらしかった。

 この街を覆っている氷は、街全体を封印するものだったのだ。

 ティアの心臓が激しく鼓動する。自分でもなぜこれが封印紋だとわかったのかが、わからなかった。書かれている文字も見た事のない文字、大きく描かれた円の中に組み込まれた形も、見た事のないものだった。

 ティアは何かに気付くように、後ろを振り向く。そこには虹色の光りが輝き、まるで空に向う柱のように見えた。

 あそこか!? 虹色の光を発した場所にサンがいる。そう確信したティアは、そう思ったと同時に走り出していた。

 今、自分が目にした光景も気にはなったが、それよりもサンの事で頭が一杯だった。

 ティアは虹色の柱に向って瓦礫の中へと姿を消した。


「ここの水は真実を映し出す。もしもそなたが、本当の悪しき心の持ち主なら、今頃この世から消えうせているであろう」

 老婆はそう言うと、サンの心を見透かすような視線で見つめる。

 池の水は、小さな波紋を幾つもつくり、波紋同士が重なりあうと、美しい音を奏でた。

「美しい音よのう、こんな美しい音は久しぶりに聞く」

 老婆は何かを懐かしむように、遠い目をしてそう呟いた。

「いったい、お前は何者なんだ」

 サンの言葉に、老婆は柔らかい表情を浮かべるとゆっくりと口を開いた。

「わしの名は、シェル。この聖域を守る者……そなたを試させてもらった。その退魔の剣は所有者をそなたと認めているようだ。ご無礼をお許しを」

 老婆はそう言うと、サンに頭を下げる。

 サンは剣を鞘に収めると、炎のような髪の毛が揺れる。

「俺の名はサン、賞金稼ぎをしている。それで、此処はいったい何なんだ?」

 サンは頭上から降り注ぐ日差しに目を向けてそう言った。

「ここは、本来、人間が入り込んではいけない場所。だが、マヤ様亡き後、空気が悲しみに震え、豊かであった水は凍りつき、全ての生命が途絶えてしまった今、それもただの戯言……そなた、この紋章に心当たりがあるようじゃったが」

 シェルのその言葉に、サンは壁にある紋章を触る。

 サンはティアの事を話すかどうか、迷っていた。まだシェルの事を信用しきれていなかったからだ。

 あえて、ティアの事には触れず、話の方向を変えていく。

「マヤ様ってのは、金色の髪の毛に翡翠色の瞳としてたって?」

 サンの言葉に、シェルは少し驚いたような表情浮かべが、徐々に懐かしさを楽しむような表情に変わり、言葉を紡いでいく

「その通りじゃ。あの方は、この世の何よりも美しく、優しい心の持ち主であった」

 シェルは悔しそうな表情を浮かべると顔を伏せ、拳を握り締めていた。

「ここに住んでた人間達は?」

「この街が氷に覆われてしまった後、マヤ様の呪いだの、妖魔の怒りだのと言って、皆、街から出ていきおった」 

 シェルの握り締めた拳が微かに震えている。

「この街にいるのは、シェル、あんただけなのか?」

「いいや、もう一人、待ち人が来るのをわしと一緒に待っている」

「もう一人? 何処にいる」

 サンのその問いに、シェルは一度サンの顔を見つめ、目を逸らすと鼻で笑う。

「それは、お前に教える必要のない事、その待ち人がくれば必然的にわかる事じゃ」

 シェルはそう言いながら、洞窟の上から降り注ぐ光を見つめていた。

 サンはシェルのその皮肉めいた態度に、少し怒りを覚え、聞いてはいけない事を聞いてしまう。

「そのマヤ様とかって神使と妖魔が、まじわりをかわしたと言うのは本当か?」

 サンのその言葉に、シェルの顔色が途端に変わる。

 シェルは殺気の満ちた瞳でサンを睨みつけると、威圧的な雰囲気を漂わせながら、言葉を紡ぐ。

「そなた、言葉に気をつける事じゃな……退魔の剣の所有者じゃなければ、首が飛んでいるぞ」

 その言葉は脅しには聞えなかった。

「もう一度聞く。そなたはこの紋章に心あたりがあるのか?」

 シェルは鋭い視線でそう聞いてくる。言わなければ何が起こるかわからないような、威圧感を感じた。

 サンは唇を噛み締めた。


 ティアは先程、虹色の光が見えた場所に来ていた。そこには二メートルくらいの穴がポッカリト口を開いていた。

「確か、ここからでしたよね」

 ティアはそう呟くと中を覗き込む。

 驚いた。下にあったのは美しい水を湛えた池だった。水は太陽の光を受けてキラキラと輝き、美しい音を奏でていた。

「先程の音はここからでしたか」

 ティアはそう呟き、この光景の不思議さに首を傾げる。

 街の中の水は凍り付いていた言うのに、ここの水は活き活きとしていた。

 そして見つける。水の底に薄っすらと見えるもの……

 ティアの心臓が激しく高鳴る。それと同時に胸の刻印に痛みが走り、咄嗟に胸を押さえた。

 水底に見えたもの。それはティアの胸に刻まれた刻印と同じもの。

 池全体がその紋章を象っていた。

 痛みは治まらず増していく。ティアは苦痛に表情を浮かべる。

「くっ……つう……はあ……はあ……」

 ティアは痛みに耐え切れなくなり、バランスを崩す。まるで引き寄せられるかのように、ティアの体は、池の中へと落ちていった。


 サンは何かの気配を感じ、差し込んでくる日差しの方に目を向ける

 何かが落下する音とともに凄まじい水飛沫が上がる。

 サンは剣に手をかけ身構えた。シェルも鋭い視線を水面に向ける。

 水面に影が映る。浮かび上がってきたのは、漆黒の髪の毛……ティアの姿だった。

「ティア!?」

 サンはティアに向って走り出すと、池の中へ水飛沫を上げながら入って行く。

 ティアは力なくサンに微笑むと、眉間にしわを寄せ顔を歪め、倒れるように水の中へまた沈んでいく。

「ティ、ティア!!」

 サンは急いで、ティアの体を支え抱きかかえながら、岸に向って歩いてくる。

 ティアは胸を押さえ、苦痛に顔を歪ませていた。青白い顔に漆黒の髪の毛が張り付いていた。余計に体調の悪さを際立たせていた。

 サンはティアを、地面の上にそっと寝かせる。 

 ティアは胸を手で押さえ、必死に痛みを耐えているようだった。

「……マ……ヤ様」

 シェルはまるで、幻でも見るような表情で、ティアに近付いてくる。

 そして、ティアの顔を覗き込むと、小刻みに手を震わせ、顔を覆うようにして、その場に泣き崩れてしまった。

 先程、シェルが言っていた「待ち人」それが誰の事なのか、サンはわかったような気がした。

 ティアの苦しみ様に。サンの中にはこのまま死んでしまうのではないか? という不安と恐怖が漂い、心に痛みを走らせていた。

「ティア!」

 サンはティアを抱き上げ、頬を優しく撫でる。サンは今にも泣きそうな表情を浮かべていた。

 ティアの顔色は蒼白で氷のように冷たかった。

 無意識だった。サンは何の考えも無く、ティアの懐に手を入れ、刻印のある部分を優しく撫でる。昔、母が自分にそうしてくれたように。

 ティアの胸を撫でるサンの手は熱を感じていた。刻印が熱を持っていた。

 もう誰一人、俺の大切な者を奪わないでくれ。

 サンは心の底からそう願った。

 刹那、退魔の剣が鳴く。それは神秘的な音だった。音は池の周りの岩に反響して、水に波紋を作る。

「……待っていたぞ」 

 どこからともなく声が響き渡る。

 水面の真ん中に渦ができ、その中から一つの影が現れる。

 それはまるでクリスタルでできている人形のように美しかった。日差しを受け体が虹色の輝いていた。姿形は女性だった。

 サンは眼の前に現れたその影を見つめる。その幻想的な姿に言葉を失った。 

 透明な女性が現れてすぐに、ティアの様子に変化が見られた。息づかいが穏やかになり、苦痛に歪んでいた表情も、落ち着いていった。頬には少し赤みが戻ってきてた。

 サンはその姿に安心し、ティアを優しく抱きしめた。

「よくぞ出て参った。待ちかねたぞ」

 シェルはゆっくりと立ち上がると、涙顔でその透明な女性に近付いて行く。   

 これから何が起こると言うのか、サンは固唾を呑んでその様子を見守っていた。

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