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     〜淀んだ赤〜

 青い街の中央には、伝説の石、人魚の涙で装飾された城が建っていた。

 白い壁に、深い青い色の石が埋め込まれ、太陽の光を受けると反射して、石を敷き詰めた路面に青い光の粒を映し出されていた。

 サンはその城の大きさと、青い光が織り成す幻想的な光に息を呑んでいた。

 アランは路面に映る青い光の粒を、足で踏みながら遊んでいる。サンはそんなアランを微笑みながら見ていた。

「きゃあああああ」

 青い光が降り注ぐ空気を揺らすように、女の悲鳴が響き渡る。

 サンは咄嗟に悲鳴の方を向く。すると一人の男がナイフを持ち、今にも悲鳴の主である女に襲いかかろうとしていた。

 男の瞳には生気を感じなかった。

「まただ……」

 周りに群がって来ていた人々から、小声でそんな言葉がいくつも聞えてくる。

「また夢が襲ってきたんだ」

 サンの隣に立っていた男が、声を震わせながらそんな言葉を吐き出した。

 サンは咄嗟に地面を蹴り男に向って走り出していた。サンの手が男に触れる瞬間、男はサンのその行動を待っていたとばかりに、ニヤリと笑みう浮かべたかと思うと、持っていたナイフで自分の首を力の限り掻っ切った。

 サンの体には男の血が飛び散り、顔も装束も血に染まり、男の体はサンの眼の前を通り過ぎるように、地面に倒れこんでいく。

 その場が血の海と化した。

「きゃあああああ」

 周りからは悲鳴が聞え、その場が一瞬にして恐怖に包まれる。

 サンに向って小さな足音が聞こえてくる。それはアランの足音だった。

 サンは足音のする方へと顔を向ける。アランの表情がサンに近付くにつれ卑しい笑みへと変わって行く。

 いったい、何だ!? サンの心の中にザワザワと嫌な風が吹き始める。

 アランは路面に広がったおびただしい血を手で触ると、狂気めいた表情を浮かべ血のついた手を叩くと静かに口を開く。 

「この血をもって、この場に血の惨劇が姿を現し、全てを覆いつくす」

 アランの言葉とともに、周りの景色が一変して、空気が淀み足元には真っ赤に染まる池が現れた。

 一瞬前までサンの足元にあった、男の遺体もアランの姿も何も無くなっていた。

 これは……幻術……真っ赤な幻に入る前のアランの姿に、自分が騙されていた事にサンは気付いた。

「ようこそ、我が夢の世界へ」

 どこからともなく聞えてくる声は、まさしくアランの声と同じものだった。だが口調はあの可愛らしさとはかけ離れていた。

 サンは真っ赤に淀む空間の中を静かに見渡すが、自分の他には何も見えなかった。

「さあ、お前の願っていた愛おしい存在が現れる」

 空間全体に響き渡るその声が聞えたかと思うと、いきなり足元の池から手が飛び出てきて、サンの足を掴む。 

 サンはつかまれた事に驚き、視線を下へと向けた。手はサンを池の中へと引きずり込もうとする。サンは必死にその手から逃れようともがいたが、人間の力を超えた力には勝てなかった。

 サンの体は池の中へと沈んでいく。心が急いていた。これが現実世界ではない事はサンにもわかっていた。だが感覚が幻を現実として錯覚させてしまう。

 もう少しでサンの頭が見えなくなってしまう。と思ったその時、白く華奢な手が伸びてきて、サンの手を握り締めると引っ張り上げる。

 ズルズルと纏わりつくような池の中から引き上げられたサンは、激しく咳き込んでいた。

「大丈夫? サン」

 優しく温かい声がサンの頭の上から聞こえてくる。サンはゆっくりと顔を上げる。するとそこには柔らかい笑みを浮かべるサンの母親の姿があった。

「……サン」

 母親は切なそうに瞳を揺らすと、サンを包み込むように優しく抱きしめた。

「……お母さん」

 サンはそう呟く。

 温かい体温を感じる、懐かしい母親の匂いも感じる。全てがあの時に失った感覚と同じで、切なくて悲しくて、そして腹立たしかった。

 ……だが、これは違う。今、俺の眼の前にあってはいけないもの。

 サンは静かに目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。今まで立ち込めていた霧が晴れていくように、頭の中が徐々にすっきりとしていく。

 サン……微かに頭の中に響く声。そうこの声はティアの声だ。これが現実、俺の持ってる現実だ。サンは心の中で強くそう思った。

「ふん……うざってえんだよ。お前の作り出す幻なんかに惑わされるかよ! 現実は俺自身、そして俺の中にある!」

 サンはそう叫び、茶色の瞳を大きく見開いた。一瞬にして眼の前の母親の姿は光の粒となり、散り散りに消えていく。

「へえ、こんな単純な手にはひっかからないか、でもこの僕が作り出した幻の中からは、そうう簡単には抜け出せないよ。永遠に夢の中を彷徨って、最終的には死が待っている」

 声は淡々と言葉を紡ぎ、愉快そうな笑い声とともに消えてしまった。

 サンは術や潜在能力を使えはしない。退魔の剣の所有者ではあるが、退魔の剣は形のある物、形の中に宿る物しか切れない。退魔の剣では幻術を消し去る事は無理であった。

「これは幻だ。視界に入っているものはすべて幻、触覚も幻、聴覚も嗅覚も味覚も同様だろうな。だが俺の見えない所で現実とつながってるはすだ。俺の足はこの鬱陶しい血のような池の中だが、現実では地面に足がついてるはずだ。いったいどうすれば」

 サンは舌打ちをしながら、何の音も風も感じない淀んだ空気の中で必死に考えていた。


 ティアは人の流れの中をすり抜けるように走る。

 あの女性は青い街の領主は人間ではないと言っていた。という事は、あの城の中には妖魔が巣食ってるという事になる。

 もしもそれがB・ロージェなら、サンを城に誘き寄せるに違いない。あの紅の城でサンに対してあれだけの挑発的な態度をとっていたのだから。

 ティアは前方にそびえたつ美しい城を見つめながら走っていた。

 風がティアの黒髪を揺らす。風と一緒になって、あの女性の所で感じた邪悪な気と同じ気を感じていた。

 城を目の前にしてティアの足が止まる。眼の前には人の群れ。そして強い邪悪な気を感じて視線を上へと上げる。そこには塀の上に小さな少年が座っていて、ティアの方を愉快そうに見つめていた。

 女性は夢魔は息子を装ってと言っていた。塀の上に座っている少年は、あの女性と同じように青い綺麗な瞳をしていた。

 ティアは人の群れの向こうにサンの気を感じ、中に入って行こうとする。すると塀の上に座っていた少年は軽やかに飛び、ストンと落ちるようにティアの眼の前に立ちふさがった。

 少年は不適な笑みを浮かべている。 

「僕の言う事を聞いてくれないと困るんだよね。我が主が、君を待ってるんだ。でも…君にはここで死んでもらう。だって、そんな綺麗な顔をしてるんだもん。その顔が苦痛に歪んで絶命する姿が楽しみだ。ああそうそう、僕の言う事聞かないとあの少女は勿論の事、ここにいる人間が全て死ぬ事になるよ」

 少年は青い瞳を輝かせて楽しそうに笑みを浮かべていた。

「私の存在が欲しいがためだけに、こんな大掛かりな事をしたんですか?」

 ふてぶてしい態度をとる夢魔に対して、ティアは鋭い視線を向けそう言った。

「まあこれでさ、退魔の剣の所有者がいなくなれば、それに越した事はないし、それに面白いじゃん。夢に左右されて一喜一憂する姿ってさ」

 夢魔は口元を歪めて、いやらしい笑みを浮かべる。人間の苦しむ姿に快感を憶えるようなその笑みにティアは不快感を露にした。

「いいね。その綺麗な顔が苦痛に歪む。そういう顔大好きだな」

 夢魔は悪びれた感じもなく、無邪気な子供のように声をたて笑っていた。

 ティアは翡翠色の瞳を凛と輝かせると口を開く。

「夢を解くには、夢その物を解く方法と、夢を操る者を葬る方法とがありますよね」

 ティアはしゃがみ込むと掌を地面に当てる。掌から眩い光が放たれると、光は地面の上を走り夢魔に向っていく。

 夢魔は軽々とそれをかわしながら上に飛び上がると、手を思い切り叩く。

 空間が振動し歪みが生じる。ティアは自分の体を光りで覆う、歪みは光に遮られ、空間は揺れ元の正常な状態に戻っていく。

「クソッ! 言う事と聞かないなら、ここのいるヤツ等ごと殺してやるよ!」

 夢魔はそう言うと、口笛を吹くように口を尖らせ、人間には聞えない周波数の音を響かせると、空気を激しく振動させる。

 城の外壁にそれは伝わり、白い壁に埋め込まれた青い石が一瞬にして粉砕し、それが地上にいる人々の頭上に刃となって降り注いでくる。

 ティアは目を閉じると、手を合わせた状態で上に手を伸ばし、一気に両手を広げる。手と手の間からは白色に輝く光が現れ、その光が一気に膨れ上がると城の周りにいた人々を包み込んでいく。

 粉砕して落ちてきた青い石は、白色の光りに触れると解けるように消えてなくなっていった。

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