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     〜太陽の存在〜

 ティアはサンの後姿に近付くと優しく肩に手を置いた。その肩はローズとの戦いで傷ついた方の肩であった。サンはティアが何をやろうとしているか気付き振り返る。

「これも約束でしたよね。まだ痛みが残っているでしょう? 私のために傷つけてしまってすみません。とんだ借金のかたですね」

 ティアはそう言うと、悲しみの揺れる笑みを浮かべて、サンの肩に優しく手をかけ、掌から光を発すると肩をその光で包み込んだ

「なあ、なぜローズを庇ったんだ?」

 サンはティアの翡翠色の瞳を見つめながらそう聞く。サンにはわからなかった。なぜ、ローズのなるがままに炎に包まれ、それでもなおローズの手首を再生したのか。もしもあのまま手首を再生しなければ失血死していたに違いない。

「百合の香りがしたんです。リリーは花が好きでした。その中でも特に百合の花が好きだったんです。ローズさんもたぶん百合の花を育てていたんだと思うんですよ」

「リリーの代わりにか?」

「はい……私は母親というものを知りません。ですからリリーから母親の存在を消したくなかった……サン、貴女は私の事を偽善者だと言いましたが、私のは偽善でも何でもなくただの身勝手なのですよ。前にも言いましたが、私は意外にわがままですから」

 ティアはそう言って金色の睫毛を伏せると、サンの肩から手を外した。

「さあ、終りましたよ。どうです?」

 ティアの言葉にサンは肩を回してみる。もう痛みも感じず肩も軽かった。

「こっちも治しましょうね」

 ティアはそう言うと、包帯の巻かれていた手を掴み優しく掌に触れる。温かい光が掌を包んでいた。

「ティア、その身勝手で命を落とすのは止めてくれ。命は一つしかないんだ、お前がいくら人体再生能力があるといっても、所詮は人間だって事を忘れるなよ」

 サンは伏せられた金色の睫毛に向ってそう言うと、微かに瞳を震わせていた。ティアの存在を失う事が、自分にとって何を意味するのか、はっきりとはわからなかったが、ただ漠然と自分の体の一部を切り取られるような、そんな痛みを感じていた。

 サンの掌を包んでいた光が、ティアの掌に戻るように消えていく。

 ティアはサンの手を静かに放すと、顔を上げ翡翠色の瞳を揺らしサンの顔を見つめた。

「サン、私はそう簡単に死にませんよ。まだまだ貴女と一緒に旅を続けたいですから。ですから貴女も命を大事にして下さい。私は貴女を失いたくはありませんから」

 ティアはそう言いながら、サンの茶色の瞳を真っ直ぐに見つめるとサンの真っ赤髪の毛をクシャクシャと撫でる。

「ガキ扱いするんじゃねえ!」

 サンは自分の気持ちを隠すように反抗してそう強く言う。ティアはそんなサンを見つめ楽しそうに微笑んでいた。

「サン、貴女はまるで太陽のようですね。強くて激しくて、でも温かくて優しい。私は貴女の傍らにいてとても心地がいいのですよ」

 ティアの邪気のない天使の様な微笑みに、サンは自分が女を捨てた事をほんの少し後悔し、苦笑する。

「やめ、やめ、じんましんが出ちまう」

 サンはそう言うと、頭の上にあるティアの手を払い除け、わざとらしく腕を組んで口を尖らせ横を向いた。そんなサンの気持ちを知ってか知らずか、ティアはクスクス笑いながらサンを見ていた。


 緑の街はその殆どの建物が何年も放置されていた事もあり、崩れかかっている物が多かった。だが、街の住人たちが力を合わせる事で復興する事ができるであろう。

 領主はこの街を助けてくれたサンとティアに心ばかりの持て成しと、お礼にと少しばかりだが礼金をくれた。サンはその礼金を表面上は遠慮していたが、心の中では密かにほくそ笑んでいた。

 所詮、サンは賞金稼ぎである。

 ティアは炎で縮れてしまった髪の毛を、肩の辺まで切ってしまった。サンはそれを悲しい顔で見つめていたが、ティアは優しく微笑んで「髪の毛はまた延びてきますから」と言い清々しい表情を浮かべていた。

 ティアの漆黒の髪の毛をが地面に落ちた時、サンの心に微かな痛みが走っていた。 

 サンの心の中に形の無い不安が微かに過ぎっていたのかもしれない。 


 サンとティアは緑に覆われた森を後ににして、縦横無尽に雑草が伸び放題の街の中を抜け、緑の街の外れまで来ていた。もうそこには緑の清々しさは無かった。

 ライアンが見送るといって一緒についてきていた。

「サンさん、また来てください。その時までに立派な神使になって、サンさんに相応しい男になっていますから」

 ライアンのその言葉にサンは深いため息をついた。微かに苦笑いをしていた。

 そんなライアンにティアは近付くと、ライアンの耳に自分の唇を近付け、心地のいい声で耳打ちをする。

「ライアン、恋敵、受けて立ちますよ。正々堂々ですよね」

 ティアはそう言うと、ライアンの耳から離れて、顔を覗き込むように優しく微笑んだ。

 ライアンもまたティアのその言葉に満面の笑顔を浮かべ親指を立てる。サンだけがこの状況の真意がわからずに不思議そうに首をかしげていた。

「それでは、街の人達によろしく」

「お二人もお気をつけて」

 サンは手を振り、ティアは頭を軽くさげ、ライアンに背を向けると次の街へと歩き出した。

 ライアンは二人の姿が見えなくなるまで、手を振っていた。

 サンとティアの二人は燦々と太陽の照る砂漠の中に姿を消していく。

 もう緑の恩恵を受ける事は無いだろう。

 この世界からは緑の殆どが消えうせていた。緑は枯れ果てその殆どが砂漠と化しつつあったのだから。

 これが人間達が長い年月の中でもたらした、負の遺産であった。

 だがそれでも人間達は、生きる事に意味を見出し必死に生きながらえてきたのである。

 もしかしたら、それは自然の摂理に逆らう事なのかもしれない……。


「なあティア、ちょっと気になってたんだけど」

「なんです?」

「前世でリッパーとかって妖魔と一緒だった時、お前って男だったのか?」

 サンの突然の問いに、ティアは驚いて足を止め、サンの顔を見つめてクスクスと笑い始めた。

「な、何だよ」

 サンはそう言いながら、少し怒ったような表情を浮かべる。

「あの時は、女でしたよ」

 ティアはサンの表情を興味津々といった感じで覗き込んでいた。サンは少し顔が熱くなるのを感じて顔を伏せる。

「そ、そうか……」

「それがどうかしましたか?」

「いや、お前なら女でも綺麗だろうなって、ちょっと思っただけだ」 

 サンは顔を伏せたままの状態でそう言うと歩き出す。

「サン、それって褒め言葉じゃないですよね。男に向ってその言葉はないんじゃないですか」

 ティアはそう言いながらサンの後を追っていく。そんなやり取りをティアは楽しんでいた。サンと一緒にいる時は知らず知らずのうちに、飾らずにいる自分が存在する事に気付き、それが嬉しかったのだった。


 砂を運ぶように風が微かに吹いていく。砂の上には二人の足跡が続いていた。 

愛情の形を間違えると、それは相手を傷つけてしまう。

愛情って、何だろう?

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