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     〜前世の記憶〜         

「眠ってる間にすっかり、外の景色が変わってしまいましたね」

 ティアは窓際に腰をかけて、そう呟きながら、朝日を浴びて生き生きとしている緑を眺めていた。

 微かに優しい笑みを浮かべる様は、さながら天使を想像させる。

「森が喜びに満ちていますね。よかった」

 ティアはそう言うと、焼けて縮れてしまった髪の毛を触りながら、苦笑した。

 ノックの音が聞える。

「どうぞ」

 ティアの柔らか声に反応してドアが開く。そこにはサンが立っていた。真っ赤な髪の毛を揺らしながら、ゆっくりと近付いてくるサンをティアは見つめて微笑んでいた。

 サンはその微笑みに鼓動が高鳴るのを感じていた。日差しを受けて窓際に座るティアのその姿は温かく柔らかいどこか淋しげな光りのようだった。

「三日ぶりだな。しかしよく寝るな、お前は」

 サンの言葉にティアは楽しそうに微笑むと、自分の隣へとサンを招く。サンは一瞬立ち止まりためらいを見せたが、鼻の頭をかいて照れながらティアの横へと座った。

「サン、目が覚めたらリッパーの事を話すと約束したでしょう」

「ああ」

 サンはそう返事しながらも、真相を聞くのが少し怖いような気がしていた。ティアの中の隠された真実は深くて底が見えない。だから余計に知りたいと思う気持ちはあるが、自分の持ってる世界を超越したものだとしたら、自分はどうそれを受け取るのだろうか……

 そう考えるとティアの顔をまともに見ることができなかった。

 ティアは外の緑に目をやり、静かに言葉を紡ぎ出す。

「幼い頃はそうでもなかったのですが、成長するにつれて、自分が生きてきた記憶とは別の記憶を感じるようになりました。それはいつも断片的に頭の中に浮かぶんです。たぶん前世の記憶」

「前世って、今ある自分が生まれる前、昔どこかで違う人間、あるいは動物として存在していたってヤツか?」

 サンの言葉にティアは頷き、また言葉を紡ぎ出す。

「そうです。リリーが前世は私の妹だっただとか、戦に巻き込まれて子供の頃に亡くなっただとか、色々です……ですがリッパーの事はあの時まで思い出す事はなかった」

「リリーがお前の妹だったのか?……あ! そう言えばリリーが前に、お前の事、弟と言った後、兄って言い換えてた。あれはリリーも前世の記憶があるって事なのか?」

「リリーは私と知り合ってから、夢でよく見るようになったそうですよ。神使の中には他人の前世を見る能力を持っている人もいますから、珍しい事じゃありません」

「それで、リッパーとはどういう関係なんだよ」

 サンの問いにティアは、少し苦笑する。あまり言いたくない事なのかもしれない。そんな雰囲気を感じさせていた。

「……もうどのくらい昔かわかりません。リッパーの言葉だと何百年も昔ですね。私、リッパーと一緒に暮らしていたんです。リッパーはあまり昔と姿が変わってませんでしたね。」

「あの妖魔と一緒に暮らしていただと!?」

「一年位一緒にいましたね。妖魔のくせに人なつっこくて、まるで人間みたいで、私もそのうち妖魔だと意識しなくなっていた」

 ティアはそう言うと懐かしそうに遠く見つめていた。目の前のティアがまるで別人のようにサンには見えていた。

「な、なんで、妖魔なんかと一緒に住むようなったんだよ」

「木陰で昼寝をしていたら、木の上から落ちてきたんです。愚かな人間が悪魔を召喚したんです。その巻き沿いをくって迷い込んできた。まだ子供でしたよ。あの当時生まれてから十年位だと言ってましたね」

「悪魔って何だ?」

「その当時は悪魔だと……世界のどの辺に住んでいたのか思い出せませんが、妖魔ではなく悪魔と呼んでいました」

「それで、なぜあの妖魔はティアの事を思い出して、さっさと退散した。しかも木に変えたヤツ等を元通りしていった。どういう事だ」

「恩返し……でしょうか。たぶん」

「妖魔が恩返しだって? まさか……そんな、お前、妖魔に恩を売るような事をしたのか?」

 サンはテイアに顔を近づけて、ティアの顔を覗き込みながら激しく言った。

「恩を売るというのとはちょっと違います」

 ティアはそう言うと一瞬口を噤んで、自分の額に手を当てる。微かに震えているような気がした。サンにはその震えの理由がわからなかった。

「だうした?」

 サンはティアの様子がおかしい事に気付き、ティアの顔を覗き込みながら心配そうにそう言う。

「……大丈夫です。あの時の痛みを思い出しただけですから」

 震える声でティアはそう言い、ゆっくりと口を開いた。

「撃たれたんです。額を……」

「撃たれたって……何だよそれ、お前が死んだってのか? なぜだ?」

「リッパーを逃がしたからです。私は教会で神父様のお手伝いをしていました。神父様は心を闇に取り付かれていた。悪魔を召喚して何をしようとしたのか、私にはわかりませんが、召喚に失敗し、迷い込んだのがリッパーでした。これも後になって死ぬ間際に知った事です」

「妖魔を匿ったのか?」

「そうです。まだ子供で自力で闇に帰る事もできない、特に悪さをするわけでもなかった。だから匿いました。そしてあの日、やっと闇に返す方法を見つけて実行しようとした。でも見つかってしまったんです。私にはあの子を闇に返す事が精一杯でした」

「それでお前はアイツを助けるために撃たれたっていうのか。それが本当なら、お前は今と前世と全然変わってねえな。進歩してねえ……それに恩返しったって、この何百年とアイツは生きてきていて、その間に人間を何人殺してるか……」

 サンは冷やかにそう言葉を発し、ティアの翡翠色の瞳を覗き込む。ティアはサンの顔を見つめて悲しく微笑み、静かに窓の外に目をやると風に揺れる緑を見ていた。

「……ったく。偽善者ぶってまた命落としたら、俺が承知しないぞ」

「……サン」

 ティアがサンの頬を優しく触り笑顔で名前を呟く。サンの中で一気に心臓の音が跳ね上がる。思わず力が抜けてしまい、心臓がもの凄い早いリズムを刻んで動いていた。


 ドアをノックする音がし、ゆっくりとドアが開いた。

「ティアさん、起きてますか?」

 そう言って入ってきたのはライアンだった。ライアンの視界に、朝の光を背にティアとサンが窓際に腰を下ろし向かい合い見つめ合っている姿が目に入る。

「お邪魔でしたかね」

 ライアンはそう言って、照れたように顔を赤らめると、部屋を出ようとする。

 サンがその姿に何かを感じたか、慌てたようにティアから離れた。

「ラ、ライアン、ち、違うからな。勘違いをするな!」

 サンのその言葉にライアンは部屋を出て行こうとした足と止め、振り返るとその表情は明らかに希望に満ちた表情をしていた。

 このライアンという少年、意外にも単純な人間らしい。

 ティアはサンがなぜあんなに慌てているのか、ライアンの態度の理由も把握できず、不思議そうな表情を浮かべていた。

「ティアさん、体調はどうです? もし良ければ、緑の街の領主と神使である僕の父に会っていただきたいのですが」 

 ライアンはそう言ってティアに近付くと、意味ありげにティアに笑いかけた。

「会うのはかまいませんが……どうかしたんですか?」

 ティアは、ライアンの表情の意味を把握できずにそう聞いた。

「ティアさん、正々堂々戦いましょうね。恋敵として」

 ライアンはそう言うと、ニッコリと笑いティアの部屋を出て行く。ティアは意味がわからずキョトンとした表情でライアンの後ろ姿を見つめていた。

「恋敵……どういう事でしょう?」

 ティアはそう呟いて、サンの方を見るが、サンはティアに背中を向け顔を見せないようにしていた。それもそのはずである。顔が真っ赤でティアに見せられるわけが無かったのである。

「恋敵……恋敵……恋敵」

 ティアはそう呟きながら、サンの後姿を見て、あの泉でのサンの後姿を思い出す。ティアはライアンの言った「恋敵」と言う言葉の意味をやっと把握していた。

 そして、ティアは柔らかな表情を浮かべると、サンの後姿を優しい瞳で見つめていた。

 まるでそれは緑の中を吹き抜ける風のように爽やかで、木漏れ日を思わせるような温かさを漂わせていた。

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