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     〜百合の香り〜 

「私に何をした?」

 ローズが気がつきゆっくりと立ち上がる。すると自分の左手を見て、目を見開き驚愕の表情を浮かべた。装束には血がついていたが、左手は他の皮膚と同じ色をして繋ぎ目もわからない程、綺麗に再生してあったのだった。ローズは自分の置かれている状況を把握したのか、体が小刻みに震えていた。

「これは、ティア、お前がやったのか? 私の手を元に戻したと言うのか?」

 ローズの言葉にティアはローズの方を振り向こうとした。だが体力が限界に達していたのか、バランスを崩し崩れるように床に膝を付く。

 眼の前がぐるぐると回り、それを無理矢理に堪えているせいなのか、吐き気を感じ気持ちが悪かった。

「なぜだ、なぜ再生なんかした」

 ローズは震える声でそう叫び、ティアに近付いて行く。サンは床を這うように動き、ティアとローズの間に入り、ティアを庇うように剣をローズに向け構えた。

「……さあ……なぜでしょう。ただ助けたかった。それだけです」

 ティアは片手で胸を押さえそう言う。

「なぜ……私はお前を殺そうとした。いや、今だってお前がいなくなればいいと思っている……なのに、なぜ」

「……貴女の体から百合の香りがしたから」

 ティアのその言葉に、ローズは瞳を震わせ後ずさりする、震える瞳は今にも零れそうな程、涙を湛えていた。

「ああ、もうつまんねえな。その人情劇場……ローズ、ほらその眼の前のヤツ、殺せよ」

 妖魔はローズを睨みながらそう言うと、サンを指差していた。ローズはその言葉に後ずさりながら首を横に振る。

「おいおい、俺はお前に力を与えてやっただろう? 契約違反をすればどうなるか、わかったうえで首を横に振っているのか?」

 妖魔は真紅の髪の毛を掻き揚げると、ニヤリと口元を歪ませて笑みを浮かべた。 

 刹那、ティアが掌で思い切り床を叩いた。すると床をまるで蛇が這うように閃光が走り妖魔に向かっていく。

 閃光は床にひびを入れ、一瞬して妖魔の足場を崩すように床が落ちていく。妖魔は鼻で笑うと軽く跳躍した、軽く跳躍しただけで天井まで飛び、天井に足を突くと、思い切り蹴り、ティアに向って真っ逆さまに落ちるように突進してくる。

 サンはティアの体を押すように突き飛ばす、サンも床を転がり、寸前で妖魔の攻撃をかわす。

 ティアは眼の前のサンの肩の傷に触る。サンは一瞬痛みに顔を歪めた。ティアの掌が光り、抉り取られた部分が光に包まれる。

 ティアは額に汗を浮かべ、胸の気持ちの悪さを必死に逃すように息をする。力を使えばそれだけ体力とともに精神力を消耗する。ただでさえ立ってるのもやっとの状況下であるにも関わらず、血管だけでも修復できればとそうティアは思っていた。

 妖魔はその姿を目にすると、地面を蹴り、ティアとサンに向ってくる。

「サン、逃げて!」

 ティアの言葉にサンは反射的に体が動き。左側へと身をかわす。だがティアには瞬時に動くだけの体力が残ってはいなかった。

 妖魔に首を掴まれ、そのまま床に押し倒されてしまった。

 ティアは苦しさに顔を歪め、妖魔の手に自分の手をかけ、必死に外そうとするが、妖魔の力に敵う筈も無かった。

「ティア!」

 サンはそう叫びながら立ち上がり、妖魔に向かって走った。

 ティアの意識が薄れていく……刹那、目の前に何かの映像が映った。否、それは目に映ったというよりは、頭の中で再生された映像を認識したと言った方が近いのかもしれない。

 ティアがそう思った瞬間、妖魔も何かに気付いたような表情を浮かべると、ティアの首から手を放し、離れるように後ろに飛んだ。

 サンは妖魔のその行動を怪訝な表情で見つめ、ティアを抱き起こした。ティアは苦しそうに激しく咳き込んでいた。

「……くっ」

 ティアは頭を押さえる。たった今自分の中に映像として見えたものを必死に整理していた。

 妖魔はティアを見つめ、呆然とした様子で立っていた。

「お前……あの時の、まさか……あれはもう気の遠くなるような何百年も昔の話だ……お前が生きてるはずがない……輪廻転生?……そうか、生まれ変わったって事なのか、運命なんて信じちゃいない俺だが、今回はそれを少し信じちまいそうだ」

 妖魔はそう言いながら、失笑していた。

「……リッパー……ダーク・リッパー」

 ティアは頭の中の小さな何かを絞り出すように、微かな声でそう名前を呟いた。

 その名前を耳にした妖魔は、ティアを見つめて人間ぽい優しい笑みを浮かべていた。

「何なんだ、それは」

 サンは抱きかかえていたティアの顔を覗き込みながら、不思議そうにそう言う。

「……俺の名前だ。確かお前の昔の名前は、シャイニンだったな。気が向いたらまた会いに来てやる」

 妖魔はそう言うと、一瞬にして黒い影と化し、空気の中に消えて姿を消してしまった。

「いったい、どういう事なんだよ」

 ティアが妖魔の名前を呟き、妖魔はそれを聞いて優しい笑みを浮かべて消えてしまった、この状況を把握する事ができず、サンは少し苛立っているようだった。

「昔の話です」

 ティアはサンから離れる様に、上半身を起こすと、ローズの方を向き静かに見つめた。

 ローズは頬を涙に濡らし、ティアの真紅の瞳を震えながら見ていた。

 サンはティアの言った「昔の話」と言う言葉に納得できず、ティアにその真相を問いただそうと口を開きかけた時、ガラスの割れる音が部屋に響き渡った。

「いけません!」

 ティアの叫ぶ声と同時にサンはローズの方を見る。ローズは窓ガラスの破片を握り締め、自分の左手に刺そうとしていた。

 サンは考えるよりも先に走り出していた。ローズの右手に手を伸ばし、ガラスの破片ごと握り締めると床の上に押し倒し押さえつける。

「ちっくしょう! 何なんだよお前は! せっかくティアが助けた命、勝手に捨てんじゃあねえよ、あったまくるな!」

 サンはそう叫びながらローズの顔を睨みつける。

「助けて等と頼んではいない」

 ローズは涙に揺れる瞳でそう言った。その瞳は世の中への絶望、憎悪と深い悲しみの中でしか生きて来れなかった自分への失望を感じさせた。

 死を望む瞳をしていた。

「面倒くせえな! 誰もかれも、簡単に死ぬなんて思ってるんじゃねえよ。自分の命は自分の物なんて、命を物と同じように扱うんじゃねえ! 一度なくしたら代わりはきかねえ。逃げてんじゃねえよ……俺にとってはあんたはただの賞金首でも、ティアにとっては違うらしいからな。お前が死んだら悲しむヤツが少なくともいるって事忘れるんじゃねえ」

 サンはそう言うと、目を伏せゆっくりとティアの方を振り返り、顔を上げティアの瞳を真っ直ぐに見つめる。

「ティア、お前もだぞ。誰かのために死ぬなんて許さねえからな!」

 サンの言葉がティアの心に突き刺さる。激しい物言いの中に、サンの悲しい過去を感じさせる。眼の前で両親を失ったサンのその言葉には、他の者には出しえない重さと優しさを感じた。

「はい」

 ティアはそう言うと、火傷だらけの顔で優しい笑顔を浮かべてサンを見ていた。

 ローズの手を掴んでいるサンの手からは、血が流れ出ていた、ガラスの破片を思い切り握り締めてしまったために切ってしまったのだった。

「あんた、リリーの事、私の物って言ったよな? 子供は親の所有物じゃない。自分の意思と命をもって行動する。親の思い通りになる方がよっぽど不気味だ。って今のあんたに言っても、わかってもらえないかもしれないけどな」

 サンの言葉に、ローズは目を逸らし横を向きながら泣いていた。

 サンはローズからそっと手を放し、立ち上がるとティアに近づいていく。

「ティア、立てるか?」

 サンの言葉にティアは弱々しく笑う。その表情から立ち上がれない事を悟ったサンはティアの腕を引っ張り挙げて、体重を預かるとティアを背負うようにしながら歩き、ベッドの上に寝かせる。

 ティアはベッドに体を沈め、外を見ていた。木々の緑が揺れていた。ティアは静かに微笑みながら言葉を口にする。

「……リッパー、ありがとう」

 サンはティアの口からもれた微かな言葉に、ガラスが割れた窓の外を見ると、そこには不思議な光景が広がっていた。

 いつの間にか空には月が出ていた。

 屋敷を囲んでいた。木々達が、本来あるべき姿の人間に戻っていく。

「父さん!」

 そう叫ぶ、ライアンの声がしたかと思うと、屋敷の中にいた少年達が出てきて、家族とそれぞれ抱き合っていた。

 ローズはゆっくりと立ち上がると、その光景を目にしながらただ泣いていた。自分でもなぜ涙が出るのかわからなかった。

 今までティアに対して抱いていた怒りも、今流している涙も、全てが自分自身へ向けられているものだと、ローズが気付くには今しばらくの時間が必要かもしれない。

 月明かりに浮かぶローズの姿が、本来あるべき姿へと変わっていた。美しさの余韻を残しつつ、適度な老いを感じさせていた。 

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