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     〜欲と愛情〜 

 緑に包まれた屋敷の一室から、青白い光りが外に漏れ線を描いた。木々がその光に怯えるように先程までざわついていたのが嘘のように静まり返っていた。

 緑の中を走るサンもその静けさに不気味さを感じ、胸騒ぎがより一層強くサンの心を覆っていた。

 サンは屋敷を前に立ち止まると、青白い光が漏れている部屋の窓に近付く。部屋の中から自分の姿が見えないように、体制を低くして、窓の下で身を屈めていた。それはまさしくティアに用意されたという部屋だった。

「うああああ!」

 いつも物静かなティアの声とは思えない程の絶叫が部屋の中から聞えてくる。

 何かあったな! サンはそう思うよりも先に行動していた。鞘から剣を抜き、跳躍すると窓目掛けて剣を振り落とす。結界が張ってあるのか、火花が散り簡単には窓を破壊できない。

 そんなサンの目に、青い炎に包まれ床の上に蹲るティアの姿が映る。

 それを目にした時、サンは自分の中で何かが弾ける様な、そんな感覚を感じた。

「でやあああああ」

 サンは大声と共に、今自分が感じている強い気持ちを剣に込める。剣はその意思に答えるかのように光を発し、一気にガラスを砕けさせた。

 サンは転がるように部屋の中に入ると、素早い動きでベッドの布団をティアにかぶせ布団を叩きながら炎を消す。

「こんな炎にやられるお前じゃないだろう!? なぜ力を使わないんだ、死ぬつもりか」

 サンはそう言うと、炎が消えた事を確認しながらティアにかぶせていた布団をゆっくりとめくる。ティアはその場に膝を付き顔を苦痛に歪めていた。

 装束の所々が燃えてしまい肌が露になっていた。あの美しい漆黒の髪の毛も熱で縮れてしまっていた。

「邪魔が入ってしまったようですね」

 ローズの言葉にサンは床に置いてあった剣を握り締めると、咄嗟に立ち上がり剣を構え飛び出すようにローズに走っていく。

 サンの剣はローズの頭上を狙い振り落とされる。それをローズは寸前でかわす。サンはすぐさま構え、今度は剣を横に振る。ローズは跳躍してそれをかわしてしまう。サンの太刀さばきが遅いのではなく、ローズの動きが速すぎるのである。それは人間業ではなく、確実に妖魔の力を持っている事を証明していた。

 サンは思い切り床を蹴り、跳躍すると降りて来るローズに向って剣を振るう。さすがに空中では剣をかわす事が叶わず、サンの剣はローズの脇腹をかすめて通り過ぎる。

 ローズは痛みに顔を歪め、床に思い切り落ちると、わき腹に手を当て蹲った。そんなローズ目掛けて、サンは何の躊躇も無く空中から落ちるように剣を振るう。刹那、サンの視界に横から影が入り込んできて、ローズの前に立ちはだかった。

 サンはその影まで数センチという所で刃先を止める。

 そこにはティアが、弱々しく今にも倒れそうな状態で両手を広げ立っていた。

「お前、何してる! 誰を庇ってやがる! いいかげんにしろ!」

 サンは火傷だらけのティアに向って、激しく怒鳴り散らし、左手でティアの頬を引っ叩く。ティアは悲しい目をして横を向いていた。だがその場を動こうとはしなかった。

「偽善者ぶるのもいい加減にしろ! お前はローズのために死んでやるのか? いいかげんにしないとお前ごとぶった切るぞ!」

 サンがそう言い終わるか終らないうちに、ティアの背後にローズの影が揺れた。サンは咄嗟にティアの横に自分の体を体当たりさせ、ティアの体を吹っ飛ばす。その刹那、ローズの左手が研ぎ澄まされた剣に変わり、サンの肩を肉をえぐりながら貫いた。

「くっ……」 

 鮮血がサンの頬に飛んだ。

 サンは顔を歪めながら、咄嗟に間合いを広く取り、剣を右手だけで握り構えた。肩の傷はかなり深いらしく、床には腕を伝って血が落ちていた

「サン!」

 ティアは床に転がりながらそう叫んだ。

 ローズはニヤリと笑みを浮かべ、ほんの少し後ろに体重をかけると、一気に踏み切りサンに突進していく。そこへティアが床を蹴り飛ぶように、ローズに体当たりする。ローズの体は横に吹っ飛び床に転がった。

「貴女の相手は私です。サンは関係ない。私が生きていてはリリーは貴女の物にならないのでしょう?」

 ティアは立ち上がりなら、ローズに向かって静かな口調でそう言った。

「リリーは私の物……だから私の手元にあるのが当然なのよ。なのにそれを取り上げるなんて、許せない。あんたさえいなければ、殺してやる!」

 ローズはそう言いながら立ち上がり、人間の中の理性を感じさせない。欲と愛情を履き違えてしまった姿がそこにはあった。

 ローズは大きく腕を振り上げた。振り上げた左手は青い炎に包まれている。サンはその一瞬の隙をつき、剣を小さめに構えると、唇を噛み締め手首に向って剣を振るう。目に見えぬ程の太刀さばきであった。

 ローズの左手首に光り走ったかと思うと、手首は空を飛び、おびただしい血が噴出した。

「ぎゃああああ」

 ローズは手首を押さえ、床の上を転がる。ティアは自分の装束を引き千切ると、ローズの所へ走って行き、痛みにのた打ち回るローズの体を羽交い絞めにすると、引き千切った布をきつく腕に巻き付け止血をする。

「サン、ローズさんの体を掴んで下さい」

「お前、再生するする気か? いいかげんにしろよ!」

「いいから早く!」

 ティアは珍しく激しい口調でそう言うと、サンの顔を睨み付けた。

 サンはティアのその激しさに圧倒された。普段穏やかなだけに、その威圧感には有無を言わせない雰囲気を持っていた。

「……ったく」

 サンは溜息混じりにローズに近付くと、体をがっちりを押さえる。ティアは切断された手首の部分に手をかざす。掌が光に包まれ、本来手があるべき場所に光りを当てる。

「さっき、飛ばした手をくっつけた方が早いだろう」

 サンの言葉に、ティアは何も言わずにただ精神を集中していた。ティアには話ができるほどの余裕が無かったのである。炎に包まれ体は火傷だらけ、体力をかなり消耗していた。

 ローズは痛みに冷や汗をかきながら、苦痛に顔を歪め唇を噛み締めていた。

 床を何かが叩く音が聞えた。サンは音の方に顔を向ける。刹那、サンの剣によって落とされた手首がいきなりティア目掛けて飛んできた。まるでそれ自体が一つの生き物のように。

 サンはローズの体を掴んでいたためにすぐに動く事ができなかった。

 ティアは自分の顔に向かってくる手を見つめ、目を見開く。一瞬にしてティアの瞳が真紅に染まり、それと同時に紫の手は粉々に砕け、消えてしまった。

 ティアは目を伏せ、息切れをしながら苦痛に顔をゆがめる。

 ローズの手が腕と同じ色で再生される。ティアの掌を覆っていた光が静かにティアの体に戻るように消えていった。

「終りました」

 ティアはそう言うと、床に手をつき苦しそうに息切れしながら必死に意識を保とうとしていた。

「大丈夫か?」

 サンの言葉にティアは床を見つめたまま言葉を紡ぐ。

「……あまり大丈夫ではありません。サン、後はまかせて大丈夫ですか?」

「はあ? 後って何が?」

「……冗談ですよ。怪我人をこきつかうわけにいきませんから」

 ティアはそう言うと、大きく深呼吸をして疲れきった表情を浮かべながらも立ち上がった。視線はバラの飾りをあしらっている天井を向いていた。

 サンもティアの視線につられ天井を見上げる。その時、ティアの「後はまかせて大丈夫ですか?」と聞かれた意味を把握した。

 天井に黒いしみが現れる。そこから絵の具がねじる出されるように、妖魔が現れ、空中で一回転すると床に音をさせずに飛び降りた。

 サンは傍らに置いてあった剣の柄を掴む。左手にはもう力が入らなかった。

 妖魔の姿は真紅の髪の毛に真紅の瞳を持つ、幼さの残る少年であった。

「ああ、汚くするなって言ったのに、こんなに薄汚しやがって」

 眼の前の妖魔は、ティアの姿を見ながらそう言うと、わざとらしく腰に手をあて、目を伏せて溜息をつくようにそう言った。

 そしてゆっくりと顔を上げると、その瞳はそれはそれは楽しそうに微笑み、ティアを見つめていた。

「ローズさんを操っていたのは、貴方ですか」

「操る? おかしな事を言わないでくれよ。この女は自分の中の闇に染まっただけ。自分から力を求め、妖魔のこの俺と契約をかわしたんだ。それを俺のせいにされちゃあ困るな。人間てのは強欲な生き物だね」

「それは貴方達妖魔も同じ事なのでは?」

 ティアの言葉に妖魔は愉快そうに笑うと、真紅の瞳を輝かせティアを睨む。

「欲? まあ人間界で言う動物的な欲はあるかもね。特に食欲。人間の憎悪や恐怖、悲しみそんな感情は妖魔にとっては大好物。だがそれは下級なものだけだ。俺達みたいに位が上だと人間……いや神に近いかな」

 妖魔の言葉にティアは怪訝な表情を浮かべる。サンは剣を握り締め立ち上がろうとしたが、目眩がして立ち上がれなかった。

 目の前の妖魔は妖魔らしくなかった。まるでティアとの会話を楽しむように、人なつっこい表情を浮かべて話す様は、人間そのものだった。 

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