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     〜自分のため〜

 サンは眼の前の料理の殆どを一人で食べてしまった。やけ食いといった感じだろうか。

 ソファーの背もたれに深く腰を下ろし、サンは天井を見上げる。天井は高く、蔦が何処から入り込んできたのか、手を長く伸ばすように天井にも絡み付いていた。

「さて、俺はそろそろ行こうかな」

「本当にティアさんをおいて行くんですか?」

「寝る時くらい安心したいからな。お前達の仲間が木に変えられたのなら、木の上で寝た方がよっぽど安心だろう? 安心しな、ティアは借金のかたに貰い受けた、そう簡単に死なれちゃあ困る。もっと俺の役にたってくれないとな」

 サンはそう言うと、立ち上がりライアンに背中を向けて扉へと歩いていく。

 扉の所には、左右に少年が一人づつ立ち、サンを見つめていた。

「あの……長の許しが無ければここを通す事はできないのです」

 少年達は、自分達の意図とは違う事を言わなければいけない現実に、歯痒さを感じているようだった。

 サンは少年達の言葉を無視するように扉に手をかける。刹那、ピリッとした指先に感触が走ったと思うと、火花が散り強い衝撃にサンの体は飛ばされ、床に転がる。体が痺れていた。

「クソッ……結界かよ」

 サンは舌打ちをして、ゆっくりと立ち上がり、退魔の剣を鞘から抜き、構えると一気に扉に走り込んで行く。

 剣の刃先は突き刺さりもせず、また弾かれサンは後ずさる。

「怪我をしては大変ですよ」

 サンの背後から、妖艶なローズの声が聞こえてきた。サンはゆっくりと後ろを振り返ると、ソファーの所にローズが笑みを浮かべ立っていた。

「行くのですか? 森に夜が訪れるのは早いですよ。どうぞお気をつけて」

 ローズはそう言うと、思い切り手を叩く。甲高い音が広間の壁に反響して響いていた。すると勢いよく扉が開いた。

 サンは剣を鞘に収め、鼻で笑うと無言で屋敷を出ていった。サンが出たと同時に扉がまた勢いよく閉まり、まるで人を拒絶するように閉ざされていた。

 俺には用がないって事か。サンはそんな事を思いながら草が生えた道を歩いて、暗くなりつつある緑の中に消えていってしまった。 

 

 夜ではないはずなのに、緑に覆われているせいなのか、もう外は暗くなったいた。

 ティアは明かりも点けていない部屋の窓際に腰をおろし、静かに外を見ていた。微かな外の明るさにシルエットだけが映っていた。

 ティアは悲しい表情を浮かべ、揺れる木々達を見つめていた。もしかしたら、ティアには木々の声が聞こえているのかもしれない。

 幼い頃は、知りたくもない気持ち、聞きたくもない声をよく聞いた。自分の意識とは別に勝手にティアの頭に流れ込んできて常に色々な声が響いていた。それはティアにとって苦痛の何物でもなく、自分でコントロールができるようになるまでは、必要以外はあまり外に出ないようにしていた。


 ドアをノックする音が聞える。

「どうぞ」

 ティアは髪の毛を揺らしドアの方を振り向くと静かにそう言い、ドアの向こうから現れるであろう人物に対して警戒心を露にしていた。

 ドアが開き、そこに立っていたのはティアの予想通り、ローズであった。ローズは無表情のまま部屋に入ってきてティアに近付いて行く。

 ティアは何も言わずにそれを静かに受け入れていた。ローズはティアのすぐ眼の前まで歩いて来ると、手を伸ばしティアの漆黒の髪の毛を手に取り触った。ティアは揺れる瞳でローズを見つめている。

「ねえ、ティア、なぜ私からリリーを取ってしまったの?」

 ローズは静かで冷やかな声でそう聞く。答えを求めているふうではなかった。ティアはそんなローズを静かに見つめる。

「リリーは私の命だったわ。なのに貴方と白い街の神使であるノースは私からリリーを取り上げた……そう約束だった。十八になったら引き渡す約束……」

 ローズはティアの髪の毛を力の限り握り締め、悔しさを露にした表情でティアの顔を見つめていた。

「約束?……ううん、約束なんかしてない。そうよ、あの日、貴方に私の心を見られさえしなければ、私はリリーと一緒にいられた」

 ローズはティアの髪の毛を握っていない方の左手を出すとその紫色の手を見つめていた。

 身勝手な言い分であった。ただローズの中ではおそらくそれが真実として記憶されているに違いない。自分の弱い精神を守るために。

「とても熱かったわ……今でもその熱さが私を苦しめる。貴方にその苦しみがわかる? 貴方にも是非その熱さを感じてもらいたいわ」

 ローズはそう言うと、ティアの髪の毛を力強く引っ張り、自分の方に引き寄せるとティアを抱きしめた。ティアは何の抵抗も無く、それを受け入れ静かに目を閉じゆっくりと言葉を紡ぐ。

「貴方は悲しい人だ……リリーを虐待していたのは、自分を痛めつけるためですか? 自分が産んだ子が背負ってしまった異質な運命と、そんな子を産んでしまった自分に対しての怒り、悲しみ。こんなにもリリーの事を愛しているのに。愛する手段を間違えてしまったのですね」

 ティアのその言葉にローズは目を見開き、ティアの体を跳ねつける様に自分から放す。ティアの瞳は深い影を落として揺れていた。

「な!? その目、あの時も同じ目で私を見て……お前、また私の心を見たな!?」

 ローズは後ずさりながらそうティアに叫んだ。

「今はもう、あの時の私とは違います。ローズさん、貴女の時間はあの時から時間が止まってしまっているのですね……」

「何を言っている」 

「ここへ来て不思議に思っていたんです。此処にはあの時のリリーと同じ年頃の少年しかいない。同じ年頃の少女ではリリーを思い出してしまう。だが自分の中のリリーの思い出を遠ざける事もまた辛かった。だから同じ年頃の少年を傍に置く事で、心のバランスを無理矢理とっていたのでしょう?」

 ティアの揺れる翡翠色の瞳にローズは恐怖を感じていた、あの時と同じ、全てを見透かしていしまう瞳。ローズの中の恐怖は膨れ上がり、ティアに対しての殺意へと変わっていく。

「……私のこの手と同じようにしてやる」

 ローズはそう微かに呟くと、ティアに向って走りこ込んで行き、懐に入るとそのままティアの体を床に押し倒した。

「今の私には力がある……お前など取るに足らない!」

 ローズの瞳は殺気に満ちていた。

 ティアはただ無言でそんなローズの憎悪に満ちた瞳を見つめていた。

 二人の心のぶつかり合いを感じているのか、木々が微かにざわついていた。


 微かに風が吹き、木々の葉同士がこすれあう音が聞えていた。

 まだ寝るには早い時間ではあったが、サンは静かに目を閉じ、木の上に幹を背もたれにしながら体重を預けていた。

 木々のざわめきが、人々の囁き声のように感じる。

「ああ、うざってえな……眠れやしない」

 サンはそう言うと、目を開け自分の真上に広がる一面の緑を見ていた。

「ったく、何だってんだよ」

 サンは自分の心の中がざわめいていた。

 嫌な予感がしてならなかったのだ。サンが鬱陶しく感じていたのは、木々達の囁きではなく、自分の心の中のざわめきだったのかもしれない。

 サンは顔を伏せため息をつく。あの馬鹿……自分の罪悪感のために俺まで振り回しやがって、この世で信用できるのは自分だけだ。人のため? そんな事うざってえだけだ。全ては自分のため、俺は自分のためだけに動く……サンはそう心の中で呟くとゆっくりと顔を上げた。その瞳は意志の強さを感じ、まっすぐローズの屋敷を見ていた。

 刹那、強い風がサンに吹き付けた。サンは短めの髪の毛を手で押さえ風をやり過ごす。通り過ぎていく風に微かに声を聞いたような気がした。

 ティアの叫び声……サンはそう思ったと同時に木から飛び降り地面を蹴って走り出す。風のように緑の中を疾走した。

 これが俺が出した結論ってやつだ。自分がそうしたくてティアの所に走ってる。まったく俺はアイツの何なんだ? そんな自分の姿に滑稽さを感じてサンは笑みを浮かべていた。

 木々達が激しく揺れていた。

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