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     〜記憶の背後〜

 眼の前にいきなりヴァン・ルビーの真紅に瞳が飛び込んできた。  

 クラマは掌に気を溜めると、ヴァン・ルビーに向けて光を放つ。ヴァン・ルビーはそれを微笑みながら跳躍してかわした。

「サン、受け取れ!」

 クラマはそう叫ぶと、サンに退魔の剣を投げる。サンはそれをしっかりと受け取ると、鞘から剣を抜き、ヴァン・ルビーに刃先を向け身構えた。

「ふん、黄色い街の神使か……お前ら、それだけの力を持っていながら、なぜ妖魔しか殺さない? 人間の中にだって妖魔以上に悪いヤツがいるだろう。平気で戦をして平気で人を殺す。それは罪ではなく、こうやって俺達が人を殺すのは罪……か」

 ヴァン・ルビーは冷やかな笑みでそう言い、クラマを見つめる。

「妖魔のクセに面白い事を言うな。確かにそれは言えてるな。俺も生きていて色々見てきたが、人間界にも生きる価値のない人間はいるかもしれない。だが一つだけ言える、俺の気に入ってるヤツに手出ししたヤツはそれが人間だろうが、妖魔だろうが関係ないんだよ。絶対に許さん!」

 クラマはそう言うとヴァン・ルビーに光を放つ。だが素早い動きでそれをかわし、ヴァン・ルビーは両手を広げる。すると周りの空気が揺れ始めた。

 いけない! ティアはそう直感し、サンの前に入り込むと膝を付く。

「クラマ様、結界を張って!」

 そう言ったか言い終わらないうちに、耳に聞えない周波数の巨大な音波がティア達全員を襲う。襲われる一歩前にティア達が光に包まれた。光と揺れる空気がぶつかり合い空間を揺らしていた。

 ヴァン・ルビーは微かに微笑むと、目をカッと見開き瞳を真紅に光らせる。巨大な音波が徐々に光を侵食しはじめる。

 クラマは顔を顰めながら両手を挙げ必死に結界を張っていた。ティアも片手を挙げ光の結界を張っていた。もう一方の手は傷ついた胸を押さえていた。血が指の間から滴り落ちている。

 サンは眼の前の二人を見て、自分が何もできない事に歯痒さを感じ唇を噛み締めていた。

 空気の揺れがどんどん近付いてくる。

「このままじゃやられてしまう……」

 ティアはそう口にすると、クラマの頭に自分の思念を飛ばす。

 クラマ様、ほんの少しの間、一人で結界をもたせる事ができますか? ティアからの思念を受け取り、クラマは頷いた。

 クラマはより一層精神を集中する。ティアは立ち上がると、両手を大きく開き思い切り手を叩いた。甲高い音が結界の中に響き渡ると光が小さく波打ち、音波を侵食していく。

 ティアは力強く何度も手を叩く。そのたびに激痛をともない床に血が飛び散っていた。

 自分の音波が侵食されていく様を見ながら、ヴァン・ルビーはなぜか愉快そうに笑っていた。

「我の中に宿りし力をもって、闇の力を打ち払う」

 ティアはそう呟き両手を開く、するとティアの体全体が光に包まれ、それはどんどん大きくなり結界の光を押し上げるように巨大になっていく。ヴァン・ルビーの放つ音波は見る見るうちに光りに呑み込まれていった。

 ヴァン・ルビーは皮肉っぽい笑みを浮かべると、音波ごと姿を消した。

 光が部屋全体を包んだ瞬間、光は弾けて一瞬で無くなってしまう。

「くっ……」

 クラマは額に汗を浮かべその場に膝を付く。 

 空間は静寂に包まれていた。その中でティアは苦しそうに傷口を押さえながら静かに立っていた。

「サン、あそこです!」

 ティアの合図を待っていたとばかりに、サンはティアが指差した方に剣を向け飛んだ。そこにはたった今まで姿が見えなかったヴァン・ルビーが姿を現した。自分に刃先が向ってくる瞬間、ヴァン・ルビーは穏やかな悲しい笑みを浮かべていた。

 サンの剣は、ヴァン・ルビーが自分の体を守ろうとした腕を捕らえ、深々と刺さっていた。生身の人間と同じように赤い血が流れていた。

「俺を殺したいか?」 

 ヴァン・ルビーは真紅の瞳を揺らしそう聞いた。サンは返答せずにヴァン・ルビーを睨んでいる。

「……そうか、そろそろこの長ったらしいくだらん人生にも飽きていた頃だ、お前になら殺されてやってもいいかな」

 ヴァン・ルビーはそう言うと、刺さっていた剣を無理矢理抜き、刃先を向けているサンの眼の前で両手を広げ、悲しい笑みを浮かべていた。

「さあ、俺を殺せ」

 ヴァン・ルビーはそう言って目を閉じた。サンは動けなかった。先程までの雰囲気とは全く違う隙だらけのヴァン・ルビーを目の前にして、思い出していた。

 あの日のあの時、誰に花を持って返ろうとしていたか……この眼の前のヴァン・ルビーにだった。サンはその事を思い出し、足が震えだした。

「サン?」

 クラマはサンの様子がおかしい事に気付き立ち上がる。ティアに意見を求めようとティアの方を見ると、ティアは悲しく微笑み首を横に振っていた。

 様子を見ろと言う事か。クラマはそのままサンとヴァン・ルビーの様子を見ていた。

「どうした……殺さないのか?」

「どうして殺せなんて言うんだ……お前は沢山の人間を殺して生きながらえてきた妖魔じゃねえか! それをそんな簡単な言葉でチャラにするんじゃねえよ!」

「そうか……殺しずらいか。じゃあ俺を殺さないと、あそこの翡翠色の瞳を殺す」

 ヴァン・ルビーはそう言うと、ティアに向けて人差し指を差すと、指の先で空気を揺らす。

 クラマが咄嗟にヴァン・ルビーに走り込もうとした瞬間、ティアの思念が頭に飛び込んで来る。手を出さないで下さい。ティアはそう言っていた。

 クラマは足を止める。ティアの威厳に満ちた雰囲気にこの俺がすっかり食われちまってる。まったくなんてヤツなんだよ。クラマはそう思いながら溜息をついた。 

 サンは剣の柄を力強く握り締めると、意を決してヴァン・ルビーの心臓目掛けて剣を差し込む。

「ギャアアアア」

 ヴァン・ルビーの絶叫が響き渡る。だがヴァン・ルビーの心臓を射抜いたのはサンの剣ではなく、白い血だらけになった女の手だった。

「やっぱり人間ってのはあまちゃんだな……ここにきてそんなに迷うなんて。じれったいから私が手を下してしまった」

 そう言って、ヴァン・ルビーの体から手を抜いて現れたのは、カランの洞窟にも現れた妖艶な雰囲気漂う女の妖魔だった。

 サン、ティア、クラマの三人は眼の前の妖魔の暗示なのか、顔から下を動かす事ができず、眼の前の光景をただい見ている事しかできなかったのだ。

「お前……B・ロージェ……なぜだ?」

 ヴァン・ルビーは胸の傷を押さえながら途切れ途切れにそう言った。

「いい質問だな。私はお前を愛してるからな、他の者に心奪われるのは許せない」

B・ロージェはそう言うと、ヴァン・ルビーの頬を優しく撫でる。

「くっ……」

「ああ、それと命のあるうちのいい事を教えてあげよう……あの日のあの時、人間にクロス達を襲わせたのは……私だ」

 B・ロージェはそう言うと真っ赤な唇をニヤリと歪ませ、手に持っていたナイフをヴァン・ルビーの胸に突き立てる。それは銀のナイフだった。

 声を上げる隙も無いほど素早い動きにヴァン・ルビーは一瞬目を見開くと、全てをやりつくしたような瞳をしてサンを見つめ優しい笑みを浮かべていた。

「愛していたよ。ヴァン・ルビー」

 B・ロージェはそう言うと、ヴァン・ルビーの唇に自分の唇を重ねる。

 ヴァン・ルビーの体は灰と化し消えていく。

 B・ロージェはサンたちの方を向くと氷のような瞳を輝かせて微笑を浮かべる。

「またお会いしましたね。今日の目的は貴方達ではないのでこれで退きますが、その真紅に変わる翡翠色の瞳、いずれ貰い受けに参ります。せいぜい長生きして下さい」

 B・ロージェはそい言うと、サン達に背中を向けて闇の渦へと消えていこうとする。

「お前! お前が、街の人達に俺の親を殺させたって、本当なのか!」

「そんな面白い事、嘘をつくわけがないだろう。私のヴァン・ルビーを奪った罰さ……女、私を殺したいと思うなら長生きする事だな」

 B・ロージェはそう言うと高らかに笑い、闇色の渦の中へと消えていった。

 後にはヴァン・ルビーの灰だけが悲しげに残っていた。

 三人の暗示が解け、サンはその場に膝を付く。

「今のは……いったい何だってんだよ」

 サンは声を絞り出すようにそう言い、握りこぶしを床に叩きつけた。

 親を殺した? あの妖魔は人間を使ってサンの親を殺したって事なのか……クラマはここで何があったのかはわからなかったが、サンにとってかなり精神的に衝撃的な事が起こっている事だけはわかった。

 ティアは力なく落ちるように床に膝を付く。

「ティア!」

 そう言って駆け寄ってきたのはマーラだった。マーラとササラは足手まといにならぬように椅子の陰にずっと隠れていたのである。

「マーラ、どこか痛い所はありませんか?」

「俺は大丈夫だよ。だけど、ごめん。俺、何の役にも立たなくて」

 マーラは揺れる瞳でそう言う。ティアは手を伸ばしマーラの頭を優しく撫でた。

「マーラがいてくれて心強かった。臆病な私が強くなれま……した」 

 ティアはそう言うと、静かに目を閉じ床に倒れ込んだ。

「ティア! 大丈夫か?」

 そう言ってクラマはティアに駆け寄り、抱き上げた。

「大丈夫です。クラマ様、悪いのですが少し眠りたいので、抱えていってもらってもいいでしょうか」

 ティアは目を閉じたままそう言うと、クラマは頷きティアを抱きかかえ立ち上がった。

 サンは力なく立ち上がると、何も言わずに一人部屋を出て行く。

 クラマ、ササラ、マーラの三人は、その後ろ姿を見ながら一定の距離を保ち歩いた。何かがあったはずだが、それを聞けるような雰囲気ではなかった。

 外に出るともうすっかり日が沈み星が顔を出していた。

 サンは立ち止まると、静かに夜空を見上げる。

 何もかもが歪んだ記憶だった。自分の中に残っている記憶の殆どが真実ではなかった。

 サンはそう心の中で呟き目を伏せ舌打ちをする。悔しさが込み上げて来て、爪の痕が残るほど力いっぱい手を握り締めていた。

 

 この街独特の気候にだけ見える、真っ赤な月が夜空に浮かんでいた。

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