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     〜奪還2〜

 薄暗い廊下が一瞬光で満たされ、光の中からティアとマーラが現れた。

「ここで間違いないか?」

 マーラの言葉にティアは眼の前の扉に手を当て頷いた。

 ティアは静かに扉を開ける。カーテンが締め切ってある部屋は薄暗く、部屋の中がよく見えなかった。

 ティアとマーラは足音をさせないように部屋の中に入る。かなり広い空間が広がっていた。

「ようこそ紅の城へ」

 低い地を這うような声に驚き、ティアとマーラは声のした方を向く。すると蝋燭に火が灯され、声の主が姿を現した。

 美しい銀色の髪に夜の闇を思わせる漆黒の瞳、スラリとした長身に黒い装束を身に纏い、蝋燭の灯の光の中に立っていた。

 生きていることを感じさせない冷やかな雰囲気を漂わせていた。

「探し人は見つかったかな?」

 そう言ったヴァン・ルビーをティアは淡々と見つめていた。マーラは興奮している様子で、すぐにでも飛び掛って行くのではないかと思うほどだった。

「ええ、見つかりました」

 ティアはそう言うと、ヴァン・ルビーの傍らで椅子に体重を預け、目を閉じて座っているサンを見つめる。

「まあ、慌てる事はない、せっかく来たんだそこにでも座ってくつろいで行くといい」

 ヴァン・ルビーはティア達の傍にあるソファーを指差してそう言い、意味ありげな笑みを浮かべる。

 マーラは我慢しきれずに床を蹴り跳躍するとヴァン・ルビー目掛けて突っ込んでいった。

 ヴァン・ルビーは口元を歪めニヤリと笑うと、掌をマーラに向ける。空気が揺らいだかと思うと、それはまるで波紋が広がるようにマーラに襲い掛かる。

 空気の塊をマーラはまともにくらい、跳ね返されるように後ろへと吹っ飛ばされた。

「マーラ!」

 ティアは叫びながらマーラの所へと走っていく。マーラは気を失っていた。

「悪い悪い、だけどその坊やが悪いんだ、非常識にも初対面で挨拶も無しで襲ってくるなんて。そう思わないか?」

 ヴァン・ルビーはそう言いながらティアの翡翠色の瞳を見つめた。

 ティアはヴァン・ルビーから目を逸らし何も言わずに、マーラを抱えるとソファーに寝かせる。そしてゆっくりと顔を上げると、その翡翠色の瞳を揺らしヴァン・ルビーを睨みつけた。

「とりあえず初顔合わせだし、自己紹介でもしようか。俺の名はヴァン・ルビー、闇の世界ではそれなりに名が通っている。由緒正しき吸血鬼ってところだな」

 ヴァン・ルビーはティアに微笑むと銀色の髪の毛を掻き揚げた。

 ティアが今まで遭遇したどの妖魔ともその雰囲気は異なっていた。気品に溢れ静かだが威圧的で隙を感じさない冷淡な雰囲気を持っていた。

 ティアは何も言わずにただヴァン・ルビーを睨んでいた。

「つまらねえな。俺はお前とはちゃんと話がしたかったのにな」

 ヴァン・ルビーはそう言うとサンの後ろへとまわる、ティアの表情を楽しむようにその白く細い手を伸ばしサンの頬に触った。

「私の用件はただ一つ、サンを返していただければそれでいいのです」

「それは駄目だね。これは俺のものだ」

 ヴァン・ルビーはそう言うと、瞳を赤く光らせた。一瞬にしてヴァン・ルビーの姿が消える。そう思った時にはティアの後ろにヴァン・ルビーの姿があった。

 ヴァン・ルビーはティアの漆黒の髪の毛を後ろから鷲掴みにし引っ張ると、鋭い爪で喉元を狙ってくる。

 ティアは寸前でそれを手で遮る、掌に爪が突き刺さっていた。ティアは痛みに歪む顔で、その爪をそのまま握り締めると、掌から気を放った。ヴァン・ルビーは咄嗟にティアの背中を思い切り蹴飛ばし、ティアの体を自分から突き離す。ティアの体は勢いよく床に転がった。

「へえ、なかなかやるじゃん。俺さ、その翡翠色の瞳欲しいんだよね」

 ヴァン・ルビーはそう言いながら、爪についたティアの血を舐めた。

 ティアはヴァン・ルビーから目を離さぬようにしながら、ゆっくりと立ち上がる。

「私の瞳も欲しい、サンも欲しい、随分贅沢ですね」

「ふん、お前の瞳なんて俺は興味ねえよ。闇の世界の絶対的な存在……あのクソジジイが欲しがってるだけさ、闇に住む者の悲しい性かな。クソジジイの言葉は絶対だからな」

 ヴァン・ルビーは肩をすくめながら鼻で笑う。

 闇の世界の絶対的存在とは何なのだろうか。ティアは一瞬その言葉が心に引っかかった。

「さあ、お遊びはこれくらいにして、本気でいくぜ!」

 ヴァン・ルビーはそう言い微笑むとまた姿を消す。ティアは瞳だけを動かし、ヴァン・ルビーの気配を掴み取ろうとしていた。何の音も無い静寂に包まれていた。

 上か!? ティアはそう瞬時に思い上を見上げる。ヴァン・ルビーの影はもう眼の前にあった。凄まじい力に押さえつけられるように、ティアの体は床に押し倒される。ヴァン・ルビーはティアを押さえつけながら楽しそうに笑っていた。

 ティアは痛みに顔を歪め、ヴァン・ルビーの真紅に光る瞳を見ていた。

「本当に美しい瞳だな……その瞳を貰う前にお前の血を頂こうかな」

 ヴァン・ルビーはそう言うと、鋭い爪を振りかざしティアの心臓目掛けて振り下ろした。

「うああああああ」

 ティアの絶叫が響き渡り、血飛沫を上げ水色の装束が血に染まる。

「へえ、寸前で急所をかわすとはね。意外に頑張り屋さんなんだ」

 ヴァン・ルビーの声が淡々と冷たく響く。ティアの透き通るような白い頬が血で汚れていた。


 誰だ!? ティアか? 俺の名前を呼ぶのは、サンはそう思いながら眼の前に見える光に向って歩みを進める。光はどんどん近づいてきて、サンの体を包むと弾ける様に消え失せた。

 サンはゆっくりと目を開く。ぼやけている光景の中で何が起こっているのかすぐには把握できなかった。

 ヴァン・ルビーの姿、そしてその下に血だらけで倒れているティアの姿が視界に入り込んできた。ぼやけたままの思考の中ではすぐに考えがまとまらない、だが本能と言うべきか、ティアのその姿を目にした時、心臓が高鳴りサンは咄嗟に床を蹴り、ヴァン・ルビーに向って飛ぶように走っていた。

 さすがのヴァン・ルビーもこのサンの行動は予想してなかったらしく、まともにサンの襲撃を受け吹っ飛んだ。

 サンはティアを抱き起こし、血の気のない顔を見て叫んだ。

「ティア! 死んでんじゃねえよ!」

 サンの声に反応するように、ティアはゆっくりと手を持ち上げるとサンの着ている装束に手をかけ弱々しく微笑んだ。

「勝手に……殺さないで下さいね、ゲホッ……だから言ってるでしょう……死にたくても死ねないって、ゲホッ!」

 ティアは咳をしながらそう弱々しく言った。 

「ヴァン・ルビー……許さねえぞ!」

 サンは怒りに揺れる瞳でヴァン・ルビーを睨む。ヴァン・ルビーはそんなサンを懐かしそうに見ていた。

「お前は母親に本当に似ているな……だがお前の母親はそういう目を妖魔に対して差別している人間に向けていたがな」

 ヴァン・ルビーの言葉にサンの心が揺れる。サンは脳裏に蘇る記憶を振り払うように首を横に振った。

 両親を街の人間に殺され、その人間をヴァン・ルビーが殺した。同じ人間である者が両親を殺した。その現実は幼かったサンにとっては受け入れがたい残酷な現実であったであろう。

 妖魔であるヴァン・ルビーという存在に罪を転嫁し憎む事で、心の苦痛からサンは逃げていたのかもしれない。

「そうかよ……だから何だってんだよ! 鬱陶しいな……何だかんだ言った所で死んだやつは帰ってこねえんだよ。お前が親の仇を討ったから、何だってんだよ。お前は今こうしてティアを殺そうとした。そして今までに数え切れないほどの人間を殺してきたんだろう。それは許される事じゃねえんだよ!」

 サンは激しい憤りを感じてた。自分自身の中に渦巻く葛藤に苛立っていた。だがサンの性格上、それを事細かに整理する事は難しい。ただ、眼の前のティアが血だらけで、その原因を作ったヴァン・ルビーが許せない。それだけだったのだ。

「……だよな……なら俺を殺してみろ!」

 ヴァン・ルビーはそう言ったと同時に床を強く蹴ると、サンとティアの所へ突っ込んでくる。サンはティアを抱きかかえたままだったために動きが取れなかった。

 サンは目を見開き突進してくる真紅の瞳を見ていた。クソッ! そう思った瞬間、ヴァン・ルビーが眩い光に弾かれるように後ろへと吹っ飛んだ。

 サンはすぐにティアの仕業だと気付き、ティアの顔を覗くと床に血で文字が書いてあった。

「簡易ですが、結界を張ったんです。すぐに消えてしまいます」

 ティアはそう言うと、ゆっくり上半身を起こし、サンから離れた。

 サンは辺りを見渡し、武器になりそうなものを探すが、見当たらず、舌打ちをする。

「サン、貴女は武器がないでしょう? クラマ様がもう少しで来るはずです。それまで私が時間を稼ぎますから、私の傍に寄らないで下さい」

 ティアはそう言うとよろめきながら立ち上がる。胸からは血が流れ落ち赤い絨毯に血のシミをつけていた。

「だけど、ティア!」

 サンの言葉に振り返ったティアの瞳は真紅に輝いていた。

 ヴァン・ルビーはそんな二人のやり取りを見ながら、爪についた血を舐め、姿を消した。

「何処に行きやがった!?」

 サンは辺りを見渡すが、気配を感じ取る事ができない。ティアは目を閉じ胸に手を当て静かに深呼吸する。するとティアの周りに落ちていた血が、上に吸い上げられるように血の雫となり宙に浮き出した。

 サンは眼の前の光景に驚きを隠せず、ティアから後ずさるように離れた。

 そこだ! ティアがそう思ったと同時に宙に浮いた血の雫は鋭い針と化し、右側の壁に飛んで行く。

 そこにはヴァン・ルビーの姿があった。ヴァン・ルビーは飛んできた真紅の針を咄嗟にかわすが、何本かは体をかすめ皮膚を切り裂いて飛んでいった。

「お前……なぜ俺の気配がわかった」

「私の中の血が、貴方についた私の血を探し当てたのですよ」

 ティアは血のような真紅の瞳でヴァン・ルビーを見つめてそう言った。

「その真紅の瞳……お前、俺達と同族の血が混じっているのか?……そうか、そうだったか……あのクソオヤジは……なるほどな」

 ヴァン・ルビーはそう自分で勝手に納得するとニヤリと笑い、ティアに向って歩いてくる。

 ティアは息切れをしながら咳をする。バランスを崩して倒れそうになるのを必死に足に力を入れ踏みとどまった。

「いくら力があるといっても、その傷じゃあ立っているのもやっとだろうに、ホント頑張り屋だね」

 そう言ったヴァン・ルビーの前にサンが走り込んで来て立ちはだかった。

「ふ〜ん、お前にとってこの青年はよっぽど大切な存在なんだ? 少し嫉妬するな」

 ヴァン・ルビーは興味深々な表情でサンを覗き込む。

「大切? んなことねえよ。 ただコイツは借金のかたに貰って来たんだ。こんな所で死なれちゃ大損害なんだよ!」 

「いいな、人間は可愛くて……俺も人間だったら良かったのに」

 ヴァン・ルビーは聞えないほどの小さな声でそう言う。サンとティアの耳にも微かだったがその声が届いていた。

 遠くの方から何かの音が聞える……廊下を走る足音だ。足音の正体は妖魔ではなく人間のものだとわかった。

 ヴァン・ルビーは目を伏せ鼻で笑うと、扉の方を振り向いた。

 その時だった、いきなり扉が開き、クラマとササラが姿を現したのだった。 

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