〜蘇りし真実〜
太陽が西に傾き、姿を消そうとしていた。
橙色の光の中に大きな黒い影が羽ばたく姿が映っていた。影はゆっくりと下降すると地面に降り立った。
「ここからは歩きだな、ハナコと一緒じゃ目立ちすぎるからな」
クラマはそう言うとサンの剣を握り、ハナコから下りた。
ティアは体重の重さを感じさせずに地面に降り立つ。
マーラはティアに向って飛び降りてくる。いきなり自分の上に降りて来たマーラをティアの華奢な体は支えきれず、地面に尻餅を付き転んだ。しっかりとマーラの体はティアの上だった。
「……マーラ、悪いのですが、いきなりは止めてもらえますか?」
「チェッ、ティアって強いのか弱いのかわかんねえな」
マーラの言葉にティアは苦笑していた。
「そこでじゃれ合ってる暇はないぞ、もうすぐ日が沈む。吸血鬼が相手となると夜になったらこっちが不利になる。急ぐぞ!」
クラマはそう言うと走り出す。マーラもその後を飛ぶようについていく。
一人ティアだけはそのスピードについていけなかった。走る事が苦手だったのである。
小高い丘を越えると、赤い街が見えてきた、街並みの向こう側に蔦が絡みついた大きな城が見えていた。夕焼けの光のせいなのか蔦が真っ赤に染まり、まるで血のように見えた。
「まったく悪趣味な城だぜ」
クラマはそう口にすると舌打をした。
ティアが息を切らしながらクラマとマーラに遅れて姿を現すと、足を止め紅の城を見ていた。
「本当に血が纏わりついているように見えるな」
マーラの言葉にティアは苦笑し目を伏せる。
ティアは自分の掌を見つめ、思い出していた。
自分の手が人間の血に染まったあの日の事を。自分の中に闇の力が存在する事を知ってしまったあの日の事を。
「ティア!? ティア!」
マーラの声に気付き、ティアは記憶の中の残酷な思い出に入り込んでいた事に悲しい笑みを浮かべる。
「どうかしたのか?」
「いいえ、何でもありません」
クラマの瞳から逃れうようにティアは思い出を振り払い、目の前の赤い街へと歩みを進める。クラマとマーラは顔を見合わせ、不思議そうな表情を浮かべてティアの後に続いた。
街並みの密集してる様から賑わいのある街を想像していたが、それは見事に裏切られた。
「……おかしいな」
「はい、おかしいですね」
「何が?」
クラマとティアが眉間に皺を寄せ言葉を紡ぐ中で、マーラだけが無邪気な顔をしていた。
「人っこ一人歩いちゃいない。この街の雰囲気といい、街の中に容易に入れた事といい、罠かもしれない」
「かもしれませんね。ですが前に進まなければ、サンとササラを見つけ出す事すらできなのですから、簡単に街に入れた事には感謝しましょう」
ティアはそう言い、皮肉っぽい笑みを浮かべた。そんなティアを見てクラマは鼻で笑った。
「マーラは俺から離れるなよ。じゃあ行こうか」
「はい」
クラマとティアは神経を張り巡らしながら前に進む。マーラだけが緊張感を感じさせず、スキップしながら二人の後をついていったのだった。
「翡翠色の瞳……探す手間がはぶけた。楽しみだな、そう思うだろう?」
ヴァン・ルビーは椅子に座り頬杖を付きながら、目の前の鏡を覗き、椅子に座っているサンに問いかけ、指を鳴らした。
すると椅子に座らされているサンの瞳に生気が戻り、サンはヴァン・ルビーの方を睨みつけ、立ちあがろうとした、だが体は動かなかった。
「魅力的な目だね。俺の大好きな怒りと憎しみの混ざった目、そんな挑戦的な目を持つ女は久しぶりだな。どうだ、俺の女にならないか?」
ヴァン・ルビーはそう言うと、サンに近付き、サンの顔に自分の顔を近づける。
サンはそんなヴァン・ルビーに不快感を感じ、近づいてくる顔に唾を吐きかけた。
ヴァン・ルビーは動きを止め、目を伏せると口元を歪ませ笑みを浮かべる。
「……お前、俺を怒らせるな」
ヴァン・ルビーはゆっくりと顔を上げる、すると銀色の髪の毛は波打ち、瞳は真紅に光り、口からは鋭い牙が見えていた。
サンの脳裏に衝撃が走る。この顔を知っていた。
今まで見ないようにしてきた記憶の中にある顔、自分の親を死に追いやる原因をつくった顔。
サンの心の中で恐怖と怒りが混じり合い、体が動かないにもかかわらず、自分自身の中で震えを感じていた。
「……ノ……ヤロウ……ヴァン・ルビー!」
サンは真っ赤な髪の毛を炎のように揺らし、怒りに満ちた瞳で、無理矢理に体を動かそうとした。だが動こうとすれば体に気が遠くなるほどの激痛が走る。
「俺の名前を知っているのか? ほお。これはこれは、前に何処かで会っていたか……あまりにも沢山の人間の血を流してきているんでな、いちいち憶えていない……が、その赤い髪……思い出したぞ。」
ヴァン・ルビーはそう言いならがサンから離れると、愉快そうに笑みを浮かべて、サンを見つめた。
「お前、あのクロスの娘だったか……なるほど、その気の強さはあの女譲りだな……巡り合わせってやつかな」
ヴァン・ルビーはまるで自分を笑うように悲しい笑みを浮かべていた。
「てんめえ……そこを……動く……なよ……」
サンはそう言い、顔を歪めながら身をよじり無理矢理暗示を解こうとする。ヴァン・ルビーはそんなサンを楽しそうに見ていた。
「くっ……う……ああああああ」
サンの叫び声が部屋の中に響き渡り、何か音にならない音が弾けたような気がした。サンは床に転がるように膝を付く。体中に激痛が走り、すぐには立ち上がれなかった。
「よく出来ました。暗示を自力で解くとは尊敬に値するな」
ヴァン・ルビーは笑みを浮かべそう言うと、拍手をしていた。
サンは荒い息遣いを整えながら、ゆっくりと立ち上がると、威圧的な怒りに満ちた瞳でヴァン・ルビーを睨みつけた。
ヴァン・ルビーは、口の端を上げニヤリと笑っていた。
「そうか、クロスの娘か、どおりでこの俺が惹かれる訳だ」
この何百年と生きてきたくだらない時間の中で、俺が唯一本気で愛した人間の女だったからな。
ヴァン・ルビーはそう思いながら、サンの瞳にサンの母親であるクロスを重ねていた。
「お前は、この俺が両親を殺したと思っているのか?」
ヴァン・ルビーのその言葉に、サンは燃え上がるような怒りの表情を浮かべ、瞳を見開きヴァン・ルビーを睨み付けた。
「可愛い顔をしてそんなに睨むな。俺は何もしてねえよ。人間達が勝手な思い込みでやった事だ」
ヴァン・ルビーはそう言うと、サンを見つめながら冷やかな笑みを浮かべる。
サンは考えるよりも先に体が動いていた。ヴァン・ルビーに向って飛ぶように突進すると拳を握り締め頬に向けて一撃を放つ。
ヴァン・ルビーは何の抵抗もせずにそれを受け、衝撃の反動で横を向くと、ニヤリと口を歪ませた。
唇には血が滲んでいた。それを手で拭い、指に付いた自分の血を舐めたのだった。
寒気が走るほどの冷たい瞳をしていた。
「……お前の両親は俺にとても良くしてくれた……だがあの街にいた神使は愚かにもそれだけを理由に異端だと……馬鹿な人間どもめが」
ヴァン・ルビーはそう吐き捨てるように言う。
サンは自分の記憶をいつの間にか歪めてしまっていた。それは自分の心を守るためにいた仕方のない事だったのかもしれない。
サンの中で見ないようにしていた記憶が鮮明に蘇ってくる。
あの日、花を摘んで帰ってきて、目に飛び込んできた光景は、銀色の髪の毛に真紅の瞳、そして鋭い牙で街の住人を襲うヴァン・ルビーの姿だった。
……いや、違う、そうじゃない。
自分の両親は何の迷いも無く傷ついた吸血鬼を助けた。それは異端とされ、街の住人から疎まれていた……そう、そして両親に直接手をくだしたは、神使を崇拝していた人間達の方だった。ヴァン・ルビーは自分の両親を殺した人間達を襲い殺した。
サンは見ないようしていた記憶に触れ、心に激しい痛みが走り、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
ヴァン・ルビーはサンに近付き、膝を付くと、人差し指をサンの額に当てる。するとサンは静かに目を閉じ眠るように床にゆっくりと倒れた。
クロス、この子は俺の前で怒る事はあっても、お前みたいには笑ってくれないだろうな……
ヴァン・ルビーは心の中でそう呟き、悲しく微笑んでいた。