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     〜記憶〜 

 家の中には相変わらず温かい光が差し込んで来ていた。

 マリの背中越しには、いつもマリが座っている揺り椅子にユリカが顔を伏せ座っていた。

 座っているその姿は生気を感じさせず、生きながらにして死んでいるようなそんな雰囲気を漂わせていた。

「いつから、こんな状態なんですか?」

 ティアは悲しい今にも壊れそうな瞳で、ユリカの見つめゆっくりと近付いて行く。

「あの日から、俺がユリカを見つけた時には、もう……」

 クラマは切なそうにユリカを見つめ、目を伏せた。

 カランが闇に落ちたあの日、蝋燭の魂の灯は街中に散らばった。もちろんユリカの魂もその中にあっただろう。ただユリカの中でのカランの存在は自分と匹敵するほどの大きさを締めていた。そのために自分自身さえも失ってしまったのかもしれない。

 ティアはユリカの眼の前に膝を付き、瞳を覗き込んだ。

 クラマはそんな二人の姿を壁に体重を預けながら見つめていた。

 マリは少し離れた場所で、これから起こるであろう事を予想しながら悲しい瞳で立っていた。

 ティアはユリカの手に優しく触れる。するとユリカの表情が微かに動いたような気がした。

「……私のせいですね。私のした事は偽善……でしかなったのかもしれない。貴女にとっては傷ついてもなお、記憶に残しておきたかった存在だったのですね」

 ティアはそう言うと静かに目を閉じた。刹那、ユリカの体がいきなりティアに倒れ掛かるように椅子から崩れ落ちてくる、ティアはまともにユリカの体重を受け、そのまま床に仰向けに倒れた。

 ユリカは生気の感じない瞳でティアを見つめ、ティアの首に手をかけると、全体重をかけて首を締め付けてきた。

「ユリカ!」

 クラマはユリカの行動を止め様と走り出そうとしたが、ティアはそれを遮るように右手を挙げ、まるでそれ以上近付くなと言わんばかりの雰囲気を漂わせた。

 クラマはそれ以上動く事ができなかった。翡翠色の瞳の優しい光の中に自らの意思を曲げぬ強い意思を感じたのだった。

 ティアの中にユリカの悲しみと深い後悔の念が流れ込んでくる。それは凄まじい痛みとなってティアの心を締め付けていた。

 ティアは顔を歪めながら、ゆっくりとユリカの額に右の人差し指をあて目を閉じた。

 

 ……ユリカ……ユリカ……愛していたよ。これからもずっと傍にいる。お前の心の中で生きているよ。だからもう悲しむ事はないのだよ。幸せにおなり……

 ユリカの頭の中でカランの声が響いていた。ティアの首を締め付けていた手が止まり、微かに震えていた。

 最後の最後にティアの中に残したカランの思念だった。

 ティアは自分の頬に何かが落ちてくるのを感じて目を開ける、するとユリカの瞳から大粒の涙が零れ落ちてきていた。ユリカはティアの首から手を離すと悲鳴にも近い声で泣き出した。

 ユリカの心の叫び声が、クラマにもマリにも聞えていた。

 ティアは起き上がり手を伸ばしてユリカを包むように抱きしめる。クラマはその姿を目にして昔の記憶の中に眠っていた女性を思い出していた。

「ティア、お前の親は健在なのか?」 

 そんな質問をクラマは口にしていた。口にした本人自体も自分の無意識的な言葉に驚いてた。

 ティアは突然の質問に驚き、伏せ目がちに悲しい影を感じさせる瞳をしていた。

「なぜ、そんな事を?」

「い、いや、すまん、つまらん事を聞いてしまったようだ。気にしないでくれ」

 クラマは頭を掻きながらそう言った。そんなクラマを見て、マリは静かに微笑むと空間を見つめ、遠い目をしていた。

 ティアと同じ色の瞳を持つ女性をクラマは知っていた。神々と対話できる能力を持ち、神使の中でも最高位の血族の末裔であった。

 ティアの胸に現れた紋章は、その血族の紋章であり、それを目にしたクラマは否応無しに心の奥底に眠っていた記憶を呼び起こされ、心に負った古傷が疼きだしていたのだった。

 いつのまにかユリカはティアの胸の中で静かに寝息をたてていた。ティアはユリカを抱き上げると、揺り椅子に座らせる。ユリカは何かを吹っ切ったような清々しい寝顔を浮かべ、椅子にもたれかかり体重を預けていた。


 軋む音をさせ、扉がいきなり開くと、そこに一人の人間が倒れこんできた。

 クセのある黒髪に、灰色の装束、それはまぎれもなくマーラの姿だった。肩からは血が流れ痛々しい姿であった。

「……どうしたんだ?」

 クラマはマーラの姿にただ事ではない事を感じとり、マーラを抱きかかえ、静かに床に寝かせた。

 マーラは息苦しそうな息遣いの中で言葉を紡ぐ。 

「……大変なんだ……サンと……ササラが……紅の騎士に」

 やっとの思いでそこまで話すと、マーラは痛みに顔を顰めた。肩の傷はかなり深く、出血量も多かった。

 ティアはマーラの傷口を静かに触る。掌から温かい光りが現れると、傷が徐々に塞がっていき元通りに再生していくのだった。

「ティア、お前、人体再生能力も使えるのか?……ますます似ているな」

 クラマの言葉の最後はティアの耳に入ることはなかった。

「紅の騎士とは何です?」

「赤い街を一手の牛耳ってる城主の通り名だ。本当の正体は俺にもわからん」

「……神使狩り……聞いた事があります。赤い街には一人の神使もいない、城主の力の元に軍事組織による妖魔排除、そして神使を何千年も昔の魔女狩りのように行っている……と」 

「……だから神使としての気質を持ってるササラを狙ったのでしょう」

 マリはマーラの傍らに膝を付きながら、優しくマーラの頬を触った。

「それならなぜマーラは……」

 そこまで言って、ティアは胸に痛みが走るのを感じ、胸を手で押さえる。今は消えている胸に刻まれた刻印が疼いてた。

 マーラは言っていた「俺と同じ匂いがする」、その言葉の意味するものとは、自分の中に眠っている闇に属する力。

 マーラもまた私と同じく闇に属する力を持つ存在なのだろうか。ティアはそう思いマーラの顔を見る。

「ティア、お察しの通りです。この子は闇の力を持っている。だから連れ去られずに済んだ。この子達は人間と妖魔の間に出来た子なのです。本来光と闇の力の二つを持ち合わせ生まれてくるはずが、双子に生まれてしまった。この子達の母親は妖魔に殺されました。殺したのはこの子達の父親ですよ」

 マリのその言葉にティアは吐き気をもよおすくらいの衝撃を受ける。

「ですが、この子達はそんな与えられた運命に負けたりしません。運命は自分で切り開くものなのですから」

 マリはティアの瞳を見つめそう言い、優しい笑みを浮かべていた。温かさがティアの心に浸透していく。この言葉は自分自身に対しても言われている。ティアはそんな気がしていた。

「クラマ様、赤い街まではどのくらいで行けます?」

 ティアはマーラの顔を優しい温かい表情で見つめ、ゆっくりとドアの向こうに鋭い視線を向けそう聞いた。

「マーラがこの調子じゃ空間を飛べない、とすると俺の飼ってる鳥で空でも飛んで行くとするか……半日もあれば着くだろう」

 クラマはそう言うと立ち上がる。

「……俺も連れてけ!」

 マーラはクラマの足元を握り締めてそう言った。

「傷は塞がりましたが、出血量はどうにもならないのですよ。いくら闇の力を持っているとはいっても、今は休んでいた方がいいです」

「いやだよ……俺、ササラを守れなかった。関係のないサンまで連れ去られた。お願いだから連れて行け」

 マーラは自分の顔を覗き込んでいるティアの顔を見つめて懇願する。

 お願いなのか命令なのかよくわからない言葉に、ティアは苦笑していた。

「しかたがねえな、足手まといにだけはなるなよ。絶対に俺の言う事を聞けよ!」

 クラマはマーラに強い口調でそう言うと、ため息混じりに微笑んでいた。

 マーラは弱々しく笑うと、貧血でクラクラする体を無理矢理起こそうとする。するとクラマの手が伸びてきて、マーラを持ち上げると背中に軽々と背負った。

 ティアとマリはその光景に顔を見合わせ、お互いに微笑んでいた。

「マリ様、それではユリカさんをお願いします」

「ご迷惑をおかけすると思いますが、マーラとササラをよろしくお願いいたします」

 マリは太陽のような温かい笑みでティアを見つめ頭を下げると、ティアは大きく頷いた。

 ティア、クラマ、マーラの三人は外の光の中に姿を消す。

 その後姿をマリは、遠い記憶を手繰り寄せるように見つめていた。

 マヤ……あの子は……貴女に似ている。これも巡り合わせなのでしょうかね。

 マリは心の中でそう呟いていた。

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