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       〜胸の刻印〜

洞窟のあらゆる場所から瓦礫が落ちて来る中に、ティアは一人静かに立っていた。

 カラン、貴方の最後の言葉は確かに聞きました。必ずこの街の住人の方々の命を守ります。

「サン、貴方がいれば心強いのですが……私の力が暴走しないように祈っていてください」

 そう呟いたティアは、はにかんだ笑みを浮かべ溜息を一つついた。

 ティアの周りの空気がゆっくりと動き始め、自分の心臓の部分に手を当てると、深く息を吸い込み、目を見開いた。するとティアの胸に赤黒く何かの紋章らしき刻印が現れた。

「我の中に宿る闇の契約において、この世の理を歪め、人々の魂を我が身の中へ封じ込める」

 ティアはそう言うと両手を広げ、目も眩むほどの光を放つ。蝋燭の炎が揺れたかと思うと、炎が光の小さな玉に変化し、一斉にティアの体に向って飛んできた。

 無数の光はティアの体に吸い込まれるように消えていく。それは一瞬の出来事だった。

 全ての光を体に吸い込むと、ティアの体から放たれていた眩い光は消えてしまっていた。

 痛みがあるのか、ティアは胸を押さえ冷や汗を掻きながら顔を歪め、その場に膝を落とし倒れそうになるのを、手をつき必死に体を支えた。

「くっ……あっ……」

 ティアの胸に刻まれた刻印は先ほどよりも色濃くなっているように見えた。

 洞窟はガラガラと激しい音をさせながら崩れ始めた。ティアのいる足場自体も亀裂が入りいつ崩れてもおかしくは無かった。

「……もう少しもってくれ」

 ティアは息も切れ切れにそう口にすると、手をついていた方の手の甲に指で文字を書く。

 すると掌から光が放たれ、それは一瞬にしてティアの体を包み込んだ、それと同時にティアの足場も崩れていく。

 洞窟の空間は崩壊しティアの体を包んだ光をも呑み込んでしまった。 


 サン、ササラ、マーラの三人は街のど真ん中にあるビルの前にいた。

 街はひっそりと静まり返っている。まるで街全体が眠りに付いているようだった。

「遅い……どうなってるんだ?」

 サンは怒りの持って行き場が見当たらず、思い切り地面を踏み鳴らす。

 ティアの事が心配で仕方がない気持ちは怒りとなって、その矛先はマーラに向う。

「お前がいきなり俺の手を握って引っ張るから……」

 そう言っている自分が情けなくて、言葉の途中で目を伏せ溜息をつくと、明けかけた空を見上げ白い月をただひたすら見つめていた。

「あ……れ……何だ!?」

 サンは空に無数の光が走るのを見つける。ササラもマーラも空を仰ぎその光りを見つめた。

 光は流れ星のように降り注ぎ、それぞれの家へと吸い込まれていく。

「これは、魂だわ。魂が本来あるべき場所に戻っていいくのよ」

 ササラの言葉に、マーラはビルの扉を開き勢いよく中に入る。そして壁に手を当てると、何かに気付いたようにビルを出ていきなり走り出した。

「サン、マーラが何かを見つけたみたい、きっとティアだと思う」

 ササラはサンにそう叫びながら走り出していた。

 サンもその声に反応して走り出す。街のど真ん中を走っている大きな通りを、街外れにある砂漠に向って三人は走っていた。 


 つい昨日まで砂嵐で一寸先も見えなかった砂漠が、穏やかな表情を見せ、白々と明けかけた柔らかい光が黄色の砂を金色に輝かせていた。

「この辺りでアイツの気を感じたんだ……」

 マーラは広い砂漠を神経を集中しながら見渡す。

「本当にティアの気だったのか?」

 サンはマーラにそう疑い深げに聞くと、マーラには珍しく不機嫌な顔もせず真顔で頷いた。サンはその顔に少し驚いていた。

「俺、アイツの持ってる気が気に入ったんだ。だから絶対に間違いない」

 ササラはそんなマーラを見て優しく微笑んでいた。

 黄色い砂を巻き上げながら、優しい風が微かに吹いていた。

 ……ここよ、……ここよ。

 サンの耳を通り過ぎた風がそう囁いたように感じた。サンは何かに誘われるようにして風が指し示す所へと歩みを進める。

 そして足に何かが当たる感覚に、サンは慌ててその場の砂を掻き出した。

 すると、ティアの顔が出てきたのだった。血の気のないその表情を見てサンの胸に痛みが走った。痛くて痛くて息苦しかった。

「ティア!」

 サンはそう叫びながら、必死に砂を掻き払う。ササラもマーラもサンの声に反応して走ってきた。

 三人は必死に砂の中からティアを掘り出した。月の光に照らされたティアの肌は青白く、胸には紋章らしき刻印の痣があった。

「何だよこれ」

 マーラがその痣に触る。すると体に電撃が走るような衝撃を受けその場に蹲った。

 マーラが触ってこんな反応を示すという事は、魔除けか何かの封印。ササラは心の中でそう呟いていたが、それは定かなものではなかった。

 サンはティアの体を優しく揺する。だが何の反応もしない。蒼白に染まる顔はまるで生きていないのではないかと錯覚するほどだった。

 サンは今度は強く体を揺する。だが何の反応も示さない。

「……か……やろう……」

 サンの言葉にならない叫びが涙となってティアの頬に落ちる。

「一緒に旅するんだろう! 起きろよ!」

「サン、きっと大丈夫よ。心臓は動いているもん、きっと大丈夫」

 ササラはサンの顔を覗き込みながらそう優しい笑みを浮かべて言った。

 だがサンの心は不安に襲われていた。遠い遠い昔の記憶に縛られた心が必死に不安と戦っていた。もう二度と大事なものを失いたくない。心がそう叫んでいた。

「マーラ大丈夫?」

 ササラに声をかけられたマーラは顔をあげ、痛みに顔を歪めなが無理矢理笑っていた。先ほどの衝撃はかなりものだったらしい。まだ体に痺れが残っているようだった。

「……ビックリした……ササラの言いたい事はわかってるよ。マリ様の所まで飛べばいいんだろう? 俺はソイツに触れないからサンが手を繋げ、そのかわり絶対に放すなよ」

 サンは涙で頬を濡らし、マーラを見つめて頷いた。

 マーラは一瞬サンの表情に心臓が高鳴るのを感じた。へ〜、意外に可愛いかも。そんな事を思いながら、ササラの手とサンの手をしっかりと握った。

 サンもティアのその細い手を握りしめた。

「じゃあ行くよ」

 マーラがそう言うと、四人の姿が光に包まれ一瞬してその場から消えて無くなってしまった。

 

 気付くとそこはマリの家だった。サンはティアと握っていた手を放すとティアの顔を覗き込む。マーラはさすがに疲れたのか大きく溜息をついていた。

 マリは眼の前に突然現れた、四人の姿に動じる事も無くゆっくりと揺り椅子から腰を上げると。床に横たわっているティアに近付いた。

「マリ様」

 ササラはそうマリに話し掛けようとしたが、いつもの雰囲気と少し違うことに気付き、口を噤んだ。

 マリはティアの傍らに膝を付くと、胸の刻印を優しく指で触る。

「これは……」

 マリには何か思いあたるふしがあるのか、切なく悲しい表情を浮かべると、ティアの頬に優しく触れる。

「なあ、ティアは助かるのよな? な!?」

 サンはマリの装束に掴みかかると、揺れる瞳でそう叫ぶ。

 サンの奥底の中に埋もれて自分でも気付いていない記憶の中で、なぜかティアを失う事に対しての深い恐怖を感じている自分が存在していた。

 その強い思念はマリの中にも流れ込み、サンのティアに対する気持ちの中に、遠き前世からの深い縁をマリは感じていた。

「大丈夫ですよ。今は精神的に疲れているので深い眠りに入っていますが、疲れが癒されれば気がつかれます」

 マリは眼の前で、瞳を揺らすサンという少女に不思議な魅力を感じていた。力強い激しさの中に情に溢れた澄んだ優しさを持ち合わせている。そして神々しいほどの気の強さに心奪われていた。

 初めてこの少女を目の当たりにした時は、そうまで思わなかったが、この眼の前の漆黒の髪の青年と一緒にいる事が要因なのか、今はその時の印象と全く違って見え、この二人の出会いに必然を感じていた。 

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